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燼灰願わくば。

作者: 稀有

解釈はあなたに委ねられます

人と人の間をかき分けて進む。その中をポツンと立ち止まってみると、それは虚しい孤独となり私を襲ってくる。そんな孤独が私の思考を侵して、脳が腐蝕する程に真っ黒な気持ちの牙城を築き上げる。

「普通の人はそんなことしない。」私も、その他大勢の日本人も「普通」「常識」なんていうつまらない言葉に囚われ洗脳されて生きている。そんな普通からはみ出た私は、存在していてはいけないのか、時折そう思う。きっと私の背中には十字架が重くのしかかっている。ゆっくりとゆっくりと潰されていくような日々が息苦しい。時刻は8時に変わっていた。しとしとと雨の降り注ぐ湿った朝だった。雨の音を心地よく感じた私は、そっと窓を開けてみた。上から下に大量に降り注ぐ雨。ふと下を見ると、あいつらが歩いているのが遠目にわかった。憎たらしかった。いっそのこと、ここから飛び降りて、彼女らもろごと潰してしまいたい。そう思った。ここは十階建てマンションの最上階。落ちようと思えば命はないだろう。命は大事にしなさい。なんのために?私にはそれが分からなかった。

遅刻寸前に家を出て、鍵をかけ、エレベーターで一階まで降りる。さっきあいつらが歩いた道を進むのだ。そう思うと不快でたまらなかった。高校に着いて、靴箱を開ける。薄汚れた赤色のシューズを履き、教室へと進む。教室に入るといつも通りの学校が私を待っていた。「え、今日も普通に登校してんだけど笑引くわ〜」そんな言葉を浴びせられながら私はひっそりと傷だらけの机にカバンを下ろす。人々の嘲笑が私の胸を抉る。「ニコニコ笑ってんのまじキモい。」私には理解ができなかった。ひたすら暴言、暴力を繰り返す社会のゴミどものことも、それに対して笑うことしかできない自分自身のことも。本当はやめてって大声で泣き叫びたかった。本当は、暴れて全員ぶん殴ってやりたかった。でも、私は哀れみの目を向けられたくない。だから私は強いふりをする。自分の自尊心のみが勝手に独り歩きし、彷徨い続ける。哀れみの目を向ける奴らもいる。だけど、私は負け犬なんかじゃない。私はまだ負けてないのに、なんでそんな風に同情の目で私を見てくるの?そこら中に蔓延った気持ち悪い空気を吸った私は思わず吐き気を催す。でも、大丈夫。私はいい子なんだから。今日も負けないように、ニコニコ笑わなきゃ。心はとっくに限界を迎えていた。でも、私はもうどうすればいいかさえも分からなかった。授業の用意をする。教科書の上の罵詈雑言は、固く重い鎖のように私の心に絡みついた。黒々とした文字の一つ一つが私を見つめていた。

「転校生を紹介する。」朝のホームルームの後にそんな突拍子もない事を先生が言い出した。紅葉の葉が落ちるこの季節に転校生など珍しい。その少女は、長髪で、とても目が大きく少し歪な笑みを浮かべる怪しげで妖艶な少女だった。彼女は自分のことを、『宮下 雪』と名乗った。彼女は私の斜め後ろの席だった。彼女は細長い足を組み、つまらなさそうに窓の外を眺めていた。チャイムがなる。先生が誰も聞いていない授業を黒板に向かって唱え続けている間私はふと、机の隅に、死にかけの蚊を見つけた。そう言えばさっきの前の席のやつがパチンと手を叩いていたな、と思いつつ私はその今にも死にそうな飛べない蚊を見つめていた。授業なんかどうでもよかった。私は潰され飛べなくなった蚊と、今の自分を重ねてしまった。そしたら、魅入られたように私はその蚊から目を離せなくなってしまった。私は虫が嫌いだ。だから気持ち悪かった。今にも潰してしまいたい。でもダメだった。私は見つめたまま動けなくなっていた。ふいに先生が大声を上げ、私の金縛りはとけた。黒板に目を向け視線を蚊に戻すと、蚊はもう死んでいた。私はそんな蚊を見るとさっきまで動けなかった自分が嘘のように感じた。少し嫌な気分になった。私はその蚊をボールペンでグリグリ潰した。一限目が終わろうとしていた。私はノートをしまおうとノートに手を伸ばすと、蚊がノートの上で死んでいた。まるで仲間を潰した私を恨むかのように感じた。気味が悪くて私はその蚊を払い除けた。「あれ?そっちの蚊は潰さないんだ。」ドキッとした。そんなことを呟いたのはいつの間にかこちらを向いて、ニタニタと笑ってる雪だった。

その夜塾に向かう途中、私の脳裏にこびりついた彼女の笑っている姿を思い返していた。あいつらは休み時間になるとさっそく彼女の元に行き、私の方を見て一言二言話すとまたにこやかに会話を始めた。きっと私と関わることに対してやめておけと釘を指したのだろう。きっと彼女は狡猾だから郷の掟を破ることなどしない。だからもう美少女転校生の彼女といじめられているはみ出し者の私とは一切関わることはなく、私と彼女の最初で最後の会話になるのだ。住む世界が違う。それは周知の事実であり、そんな彼女と私にとってそれが至極当然の自然の摂理なのだろう。

塾に着いて早々テストが返却された。相変わらずの残念な成績を見て思わず大きなため息をつく。私は一体何処で道を踏み間違えたのだろうか。中学生の頃は、県でも数える程の秀才、神童なんて謳われていたのに、それを妬んだ一部の底辺層が、よってたかっていじめて、私を不登校に追い込んだ。勉強も手につかず、ただベッドの中で震える毎日を過ごしていた私は凡人、いやついにそこら辺にいるような馬鹿にまで成り下がったのだ。私は唖然とした。これまで積み重ねてきた努力が一瞬でひっくり返った。たった一、二年だった。私は十何年も一人で頑張ってきたのに、何も努力せず、ただ授業を聞き、少し人並み以上に頑張った奴らを追い越された。私には勉強が全てだったというのに。その勉強でさえもはや凡人。ただただアイデンティティがほしかった。劣等感、れっとうかん、レットウカン。だから私は過去に縋っているのと同時に過去が許せない。悔しかった。おかしい。不公平だ。なんで苦しんでいる奴らは報われないのだろうか。そんな思考に囚われて思わず先生が証明問題を書き連ねたホワイトボードから目をそらす。私は目を向けた先の壁に小さな穴を見つけた。こんな穴あったっけ?そんなことを考えながらも授業に意識を戻す。先生の声がキンキンと響いて耳が痛くなりそうだ。綺麗にならんだノートの罫線と睨み合いをしながらも授業が終盤になって、ふと壁を見ると穴は消えていた。私は目を擦った。だが穴はない。狐につままれたような気持ちで、よく目を凝らして周囲を見た。私は全てを理解した。私が穴だと思っていたものは黒い大きな蠅だったのである。私を欺いた蝿はさぞ楽しかっただろう。私は潰した虫を思い出し、虫の恨みをかったきがして吐き気がした。

見え方によって、見えるものはかわる。良くも悪くも見える。私は全てが悪く見えてしまうだけ。悪いもの全てに貪り食われているだけ。ただ、それだけ。夜の暗黙が私を包み込む。電車に乗って綺麗な夜景を見るのが嫌いだった。私だけ取り残されているような気持ちになるから。あんなもの、幻想でしかなくて、近づいたらただひたすらに虫のよった汚い街灯の群れになってしまうから。電車に乗ってトンネルに入るのが嫌いだった。暗闇の中に反射した私の顔が映って、私が私じゃない気がして、気色悪い世界が私を取り巻くから。

私は全部何かのせいにしているのに、それに何一つ気が付かない。貪り食われ、包み込まれ、漬け込まれ・・・いや、違う。違う違う。火のない所に煙は立たない。そうだ。発火原因は私なんだ。私は放火魔なんだ。炎のドレスを纏った私は、踊りに踊って踊り死ぬ。残るはただの灰ばかり。

なにか特定のものに絶望しているんじゃない。この世の中に私は絶望している。自分自身に絶望している。きっと自分の悪いところを世の中に投影しているだけなんだ。防衛規制の塊。私の見ている世界は人より数倍醜く見える。あぁ、一度でいいから美しい世界を生きてみたかった。幸せな世界を生きてみたかった。この世の中の幸せは気づきからくるものだと思う。私はこれ以上何に気付けばいいのだろうか。物事の悪い面ばかりを見つけてしまう私は何者のにもなりきれないはぐれ者なのだろうか。

私は、音楽が好きだった。音楽だけが調和のとれたメロディーを奏で、私を包み込み、私の悪い考えを和らげてくれるから。

絵画が好きだった。色彩豊かなデザインで私の全てを肯定して、私の悪い考えを和らげてくれるから。

小説が好きだった。自分では見ることのできない美しい世界に生きていると思わせてくれて、私の悪い考えを和らげてくれるから。

何かに没頭できる時は悪いことを考えなくてよかった。それでも私の頭は考えることを強要し続ける。現実逃避を繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して頭を空っぽにする。私は常に叫んでいる。もう何も考えたくない。人に気を使い、笑顔を振り撒き、どんなに嫌われようと嫌いだろうと、必死に生きる。ふいに息が詰まる。呼吸ができない。海底に沈んでいくように。息をしようともがく。むせびかえる。視界が歪む。いつからこうなったんだろう。ただひたすらに保身を考え、壁を作り、自分の肩を抱く。私はきっと隅にいたいだけだった。私のような人間はそれ以上なにも望んではだめだったんだ。昔から隅にいるのが好きだった。人からは見つかりにくく背後には誰もいない安心感、それは自分の保身が大好きな私にはもってこいの場所だった。その隅だけは自分のものになったようで好きだった。そこでは自分の世界が広がる気がした。私だけの世界から抜け出したくない。ひたすらに願った。見るもの全てが大嫌い。見るもの全てが私を否定してくる。肯定して。肯定して。ただそれだけ。ただそれだけで私は満たされるのに。

だけど、矛盾の多い私自身がそれを許してはくれない。結局最後まで残ったたった一つは歪んだ自尊心だけだった。

私が私に訴えかける。ねぇ、何を望んでいるの?無駄だよ。道化師は嗤われるのが仕事。君が認められることなどないんだよ。身の程を弁えることを知らない奴は、滅びていくだけなんだよ。君はもう手遅れだね。ゆっくり笑いながら私が私のことを指差していた。そうか。私はもうここまできてしまったのだ。一筋の涙が仮面の下をつたった。

永遠にして一瞬のような私の思考回路の露呈を綴ったこの回顧録もそろそろ終わり。私は冷たく私の頬を撫でる風と共に脱ぎ捨てた靴のそばに笑顔の張り付いた仮面を置く。あぁ、やっとほんとの自分だ。空気が美味しい。胸いっぱいに息を吸い込む。この世界は私には向いていなかったようだ。私にとってこの色褪せた世界は苦痛に満ちていた。けれど世界は色褪せてなお美しい。醜くて美しいこの世界は矛盾している。もう一度深く息を吸い込むと、満月を背に向き直る。強い風が吹いた。身を任せて眩しすぎる夜景に飛び込む。足が離れてフワッと体が宙に浮いた。真っ暗な空が離れていく。体が地面につくその刹那、私は初めて声を上げて笑った。実に愉快だった。


現在高校に入ったばかりの青二歳ではありますが、人生で初めて小説を書いてみました。こんな未熟者の小説に目を通して頂き誠にありがとうございます。これからも人々の印象に残るような表現、語彙を磨いてまいりたいと思います。執筆活動とても楽しませていただきました。

感想たくさんお待ちしております。参考にさせて頂きたいです。

最後にもう一度読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蚊を自分と照らし合わせて気持ち悪いと憎悪しているにも関わらず、歪みきった自尊心だけが残っているころや、自分を肯定してほしいところに人の醜さと美しさを感じた。又、最後の4行や蚊を潰した話は特…
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