この花火を忘れない。
8月14日山形の花火大会。
一葉と哲平は、本屋の駐車場で待ち合わせをした。浴衣を持参し、どこかで着替えてから向かう予定。
朝、駐車場に現れた哲平は、やっぱり、不機嫌だった。別な所に車を停めた、一葉を、面倒臭そうに誘導し、助手席に一葉を乗せると、車を走らせた。
「俺、朝飯は、ヨーグルトしか、食べてないの」
ようやく、県外を出ると、哲平は、話し出した。
「だと、思って。」
一葉は、哲平の好きなパンを差し出した。
「おぉ!気がきく!」
いつもの哲平だった。哲平の好きなメロンパン。食いしん坊で、よく食べる。試食は、よくし、一葉は、それを、恥ずかしがった。そういや、ヨーグルトの蓋や、アイスの蓋も、よく舐めていたっけ。
哲平は、ご機嫌で、ドラマの話や自分の理想とする女性の話をした。勿論、仕事の話は、しなかった。
「俺は、やっぱ、ああいう子がいいな」
ドラマの女性をさしていう。それに、自分は、入ってないのだ。時々、哲平は、意地悪を言う。
途中、ワイナリーによって、一葉は、哲平に、ワインをプレゼントした。
「いいの?」
哲平は、あまりお酒は、飲まないが、このワインは、好きなようだ。
「運転してくれた、お礼」
一葉は、それを言うと、ちょっとトイレとばかり、席を外した。トイレに行ってから、哲平は、何処かと、見渡してみると、休憩所のベンチに腰掛けていた。声をかけようかと後ろから近ずくと、哲平は、メールを見ている処だった。
「哲平?」
声は、かけられなかった。メールを見ている哲平の顔が、切ない表情だったのだ。遠目に、何らか、ハートマークも見える。女性からである事は、間違いなっかた。たぶん、それは、今から、思うと、元彼女からの、メールであっただろう・・・。
「あなたの痕跡が強くて・・・・」
車を走らせた哲平が、つぶやいた。
「痕跡って?」
一葉が、聞くと・・・。
「いや・・・」
哲平は、黙り込んだ。山形市内に着くと、2人は、買い物しながら、時間をつぶし、食事をした。駄菓子屋にも行って、ふざけながら時間をつぶした。
「もしかしたら、バスの時間に間に合わないかも!」
2人とも、買い物に夢中で、花火のバスの時間に間に合わなくなるのに、気がつかなっかた。あわてて、一葉は、ショッピングセンターの乳児室で浴衣に着替え、哲平は、駐車場で着替えた。
「へー。似合うじゃん」
哲平は、一葉の浴衣姿を見て、満足そうだった。一葉も、嬉しかった。ちょっと、暑い日だったが、哲平に喜んでもらうと、我慢して、着たかいが、あった。
「・・・・でね。俺達、今、向かっているんだけど」
哲平は、友達に場所確認の携帯をかけていた。もう、時間は、せまっている。バス乗り場まで、急いだが、最終バスには、間に合わず、コンビニで聞いた公園に、車を、とめて、1時間ばかり歩く事になった。
「えー!歩くのー?」
一葉は、歩きずらそうに、哲平に文句をいった。
「まあ、まあ」
なだめすかし、哲平は、虫よけスプレーをした。この夏、哲平は、運悪く、虫に刺されて、悪化し、腫れがなかなか、ひかなっかた。その為、念入りに虫除けするのだ。
「でも、歩くの、暗くて、怖いよ」
花火大会の会場で見たいという哲平に従って、会場まで、歩くのだが、道中は、暗闇で何も見えなかった。気味が悪いので、一葉は、哲平にくっついた。1時間歩くのは、浴衣の一葉には、大変な事である。それでも、哲平とじゃれあいながら、歩くとそんなに、苦にならなっかた。8月だというのに、山形の夜風は、冷たかった。2人は、シートをひくと、並んで、夜空に向かった。打ち上げられる花火が、綺麗だった。
・・・来年、哲平は、別の人と花火を見るんだろう。自分もおそらく・・・。
2度とない時間を2人で共有している。この花火を、見ただけでも、幸せと感じよう。一葉は、思った。5月の最初の別れがなかったら、2人は、大曲の花火大会に行って、いただろう。2人で、どこにでも、行き、もう、引き返せないところまで行っていたかもしれない。一葉の、家庭は崩壊し、職場は、おわれ、将来のある哲平は、傷つけられるであろう。だから、別れなければならない。周りに、気づかれないうちに・・・。2度とない時間は、花火のようだった。2度と同じ形には、ならない。哲平の隣にいられるのも、あと、僅かだろう。そうおもうと、切ない花火。山形の花火。この浴衣も哲平に見せたくて、思い切って、買った物だ。あと、いつ着るかは、わからない。花火は、2時間程で、終わり。2人は、帰らなくては、ならなくなった。明日、哲平も一葉も仕事である。
「このまま、朝まで居ちゃおうか?」
「うん。そうする」
ふざけて、哲平は言った。
「また、旅行行きたい。
「軽井沢!」
「えーっ。この間、行ったじゃん」
「行きたいの」
また、旅行の話をした。もう少し、ゆっくり、したい。が、そういう訳にも、いくまい。2人は、大人しく、帰る事にした。高速をつかっても、帰宅は、深夜になった。
「16日は、空いてる?」
哲平は、帰宅すると、すぐ、聞いた。海に泳ぎに行こうというのだ。
「俺さ、すぐ仕事終えて来るから」
午前中で、仕事を終え、海に泳ぎに行き、その後、本宮の花火大会に行こうというのだ。彼と一緒に、居ると本当に、忙しい。
「いいよ。お昼は、何か考える」
「うん。期待してる」
哲平にまた、逢える。一葉は、嬉しかった。帰宅してからも、哲平から、メールが届いてた。
・・・一緒に居られるだけで、大満足だな・・・
一葉も同じ気持ちだった。この、メールの言葉があったから、哲平の愛を信じ、しばらく、傷つく事になるのだが・・・。
海に行く日、一葉は、待ち合わせ時間より、少し早めに着いてしまったが、思いの他、はやっかったのは、哲平だった。仕事を丁度に終え、かなりのスピードで来たのだろう。想像がつく。
「おまたせ」
哲平は、無邪気な笑顔で、乗り込んできた。荷物の入れ替えが、面倒くさいという事で、一葉の車で、海に向かう事になった。2度目の一葉の運転である。
「えー!緊張するよ」
運転する一葉を横目に、哲平は、いい気なものである。助手席で寛ぎ、運転する一葉に、イタズラしていた。山形の夜は、一葉が、哲平にイタズラをし、高速で危ないんだからとか、哲平に、叱られたばかりである。
1時間ばかりで、海につき、2人は、着替えた。哲平は、買ったばかりのボディボードを持ち、海に飛び込んでいった。まぶしい思いで、一葉は、見送った。
「一葉は、すごいよな」
「何が?」
ビキニの一葉の目線を合せないように、哲平は、つぶやいた。
「年齢を感じさせない」
「ちょっと!」
一葉は、哲平につかみかかった。
・・・おばさんなんて、思った事ないよ・・・
以前に哲平は、一葉に言った。2人でいると、年齢なんて、気にした事なかった。2人で、じゃれあい、哲平は、男として、一葉の面倒をみた。
「ご飯にしよう」
哲平は、一葉の作ってきたサンドイッチをほうばり、このまま、向かう本宮の花火大会の計画をした。山道を行きたがったが、運転をする一葉は、嫌がった。
「だって、こわいんだもん」
「へー。一葉は、こわがりなんだ」
哲平は、嬉しそうだった。海で、一泳ぎした後、急いで、本宮に向かい、2人は、前々日の、山形とは、比べ物にならないくらいの、素朴な花火大会を見た。縁石に2人で腰掛、どこからみても、ごくありふれた、カップルだった。この2日間、一葉にとって、贅沢な日だった。これから、しばらく逢えない事があっても、この2日間の思い出だけで、生きていける。そんな気さえしていた。
哲平が、好き。我がままで、いつも熱くて、真っ直ぐで。そして、何より、自分を思っていてくれる。哲平のおかげで、自分は、いろんな事をがんばれた。目標もでき、いろんな可能性をしった。何より、女として、目覚める事が出来た。・・・・。そして、哲平は、一葉に年をとる事の辛さを教え、忘れていたジェラシーをもたらし、多く傷つけた。この年齢で、傷つく事は、耐えられなかった。




