魔王様にはメイドがいます①
"俺"は今、ベンチに腰掛け一人ぼーっと河を眺めていた。
今の姿は魔王でありこの世界の俺の体である"リン"ではなく、ここ半年くらいメインで使っていた姿であるヘルゼ・ナッツ──いや、"ヘイゼル"の姿でもない。
アラサーの特に目立つところもない地味ともいえる中肉中背の青年。
俺の前の世界での姿である"凛太朗"の姿だった。
街の中でぼーっとしたいときには、昔を考えるとちょっと悲しくはなるものの、この姿が一番だ。俺は現在変身用の姿を9つストックしており、本来の姿であるリンを含めれば10種変化が行えるが、"凛太朗"が一番目立たないのは確実なので。
当然のことだが"リン"は駄目。魔族云々の前にそもそも可愛すぎて普通にナンパなりなんなりで声を掛けられてしまう。"ヘイゼル"ともう一人の女の姿もダメ。"リン"ほどではないけど美人だし。後は初老の男だけど渋いおじいちゃんだし、残りの5つはそもそも姿が人間とは違うのでダメ。まぁそもそも目立たない目的で限りあるストックを消費することもないしな。"凛太朗"以外はいずれも能力的に登録してあるやつなので。
というわけで今の俺は凛太朗である。尤もこの名前はこっちでは名乗ってないので他の連中からはこの姿であっても"リン"な訳だが。
因みに俺は一人称や喋り方はその姿に応じて使い分けている。思考の中でもそうしていないとそもそも口に出す時に上手くいかないので、意識してそうしているうちに自ずと気が付けば自然とそうできるようになっていた。ある種常時ロールプレイをしているとも言えるだろう。
ただ意図してやってるから思考の中でも男言葉になってるけど、実際のところ根本的な意識部分は女の姿の時のままだったりする。そりゃそうだ、姿変えた瞬間意識も完全に変わるんだったら変身した時点で俺は別人になっている。意識の変化はその姿に応じてだが割とゆっくりだ。
ちなみに、俺がこの姿──というか男の姿を継続して長時間することはまずない。何故かって? 思考が完全に男の方に倒れると、女の時に取った様々な言動がいろいろ恥ずかしくなったりいたたまれなくなったりでいろいろメンタル面がきつい事になるんだよ。こっちに来て初期の頃はずっと女の姿で居たから完全に思考はそっち方面に倒れたため、今はもう男の方の思考にがっつり戻す気はもうない。
それでまぁ、話を戻して。
俺が今こんな所で黄昏ているのには、当然理由がある。
その理由はそう──傷心だ。俺の心はいま、ひどく傷ついていた。
「はぁ~」
ため息。
いやだって仕方ないだろう。半年頑張ってきたことが水の泡となったのだ(頑張って来たのは彼らという説もあるが)。
間違いなく彼らにはずば抜けたとまではいえないもの才能があった。まだキャリアは短く今の実力はまだまだだが、将来的に順調に伸びて行けば一流のパーティーになるのは間違いないはずだ。
実際俺がパーティに加入してからの伸び率はかなりのものだったし、デビュー一年目のパーティにしてはトップクラスの伸び率だったろう。パーティー全体が逸材ともいえ、このまま順調にいけば魔王を倒す事も不可能ではないと感じさせていただけにあの追放劇は痛すぎた。
別の姿を取って合流するという手もなくはないが、多分あいつら暫くは警戒して新規メンバー入れないか、入れても間違いなく身辺調査するよなぁ……
まぁ仕方ない。俺が焦りすぎたのだ、彼らの事は諦めるしかないだろう。ただ上手く成長してくれて魔王退治とかしてくれる可能性もなくもないはずだし、定期的に追跡調査の依頼はするようにしとこうっと。
うん、それでもしいい感じになってたらまた関与しよ。その頃にはほとぼりも冷めているだろうし。
よし、気持ちが少し上向いてきた。いつまでもうじうじしてても仕方ないしな!
俺は太ももをパンと叩くと、腰を降ろしていた河べりのベンチから立ち上がり大きく背伸びをする。
「しかし一気に予定が無くなっちゃったな。これからどうするかねぇ」
「いや。予定無くなったのなら一度帰ってきてくださいよ」
「うおっ!?」