魔王様と過去の話⑭
数日ぶりという陽の光に、アーシェは一度目を細め、それから今度は呆けたように目を見開いて空を見上げる。
「……本当に外に出られたんだ……」
そんな彼女の瞳から、雫が一つ、二つと零れ落ちる。……張りつめていたものが切れたんでしょうね。味方に裏切られて地下迷宮に閉じ込められ、数日脱出できなかったんだもの。しかも途中まで頼りにしていた同行者は実は自分の組織と敵対関係にある魔王だったんだものね。精神的に疲弊しまくっていてもおかしくないわ。更にはさっき死にかけたし。
彼女はしばらく私の胸に抱かれたままじっと空を眺めていたので、そっとしておいてあげた。外に出た以上、もう焦る必要ないからね。太陽も高い位置にあるから、ここから人里を探しても日が暮れる前にはなんとかなるだろうし、そうじゃなかったとしてもこの辺りは森林地帯みたいだから食料の調達方法はいくらでもある。うん、私としても一安心だ。
「……あの」
それから少しだけたって。アーシェは空から視線を外して、こちらへと瞳を向けた。何故か身を縮めるようにし、少し頬を赤らめて口ごもる。
「どうしたの?」
続きを促すと、彼女はじっとこちらを見つめてから、口を開く。
「その……本当にありがとう。貴女がいなかったら、私はあの地下遺跡の中で朽ちていたと思うわ」
「あらあら。だったらご褒美もらっていいかしら?」
「ご褒美って……今は手持ちがないけど……」
「いらないわよ、そんなの」
「って、えっ、わっ」
慌てるアーシェの反応を無視して顔を近づけると、アーシェはぎゅっと力強く目を瞑った。私はそんな彼女の瞳の下……涙の後をぺろりと舐める。
アーシェがビクッと体を震わせる。そんな彼女の反応に満足感を得ながら顔を離すと、彼女がゆっくりと目を開けて、それからパチパチと目を瞬かせながらこちらを見る。
「な、なにしたの!?」
「涙の後を舐めただけだけど」
「なんで!?」
「美味しそうだったから」
本当はもう少しでひとまずのお別れだし、味見をしときたかったというか唾を付けておきたかったというか……まぁ言わないけど。
「……もしかして、体液で能力とかコピーするの?」
「別に今のはそういうわけじゃないけど。あ、さっきコピーした貴方の能力はちゃんと消しておくから安心して」
「いいの?」
「魔王が貴女の姿に変化する所なんか見られたら、貴女も立場がなくなるどころじゃないでしょう」
「それは確かに……」
それに一応自分ルールとして、明確な意思の疎通が出来る相手に関しては、ちゃんと承諾を得てコピーした能力以外は保存しておかない事にしているからね。
「そうそう、ご褒美でお願いしたい事があるんだけど」
「今のが違ったの!?」
「じゃあ追加でご褒美。あのさ、私の事黙っててくれるかな? 私聖王国とは別に事構える気はないしさ」
アーシェを閉じ込めた連中はざまぁしたいけど、そいつらはまぁアーシェが帰るだけでざまぁになると思うし。
私の言葉にアーシェは真剣な表情になって頷いた。
「むしろ魔王と一緒にダンジョン脱出しましたなんて話したら私の立場が悪くなるわよ。話さないわ」
「ありがとー。それじゃ、人里探しましょうか。一応聞いてみるけど、ここどのあたりかわかる?」
アーシェはプルプルと首を振った。だよね。とりあえず適当にあるきつつ広域に対して魔力感知かければそのうち見つかるかな。
……あ。
「このままの恰好でアーシェを抱えていったら不味いわよね?」
今は私の外見はそこまで出回っていないけど、いずれパノス聖王国には知られるだろう。その際にアーシェが過去にその姿の人間と一緒に行動していたという情報があったら不味いわね。ふむ。
「別に自力で歩けるけど……」
「完全な山道だし、まだ力の入らない貴女じゃ怪我の元よ」
今の他の変身できる姿も結局魔王リンに繋がっちゃうから駄目よねぇ。となると、凛太朗しかないか。ま、それも含めてアーシェに黙っていてもらえばいいでしょ。
んじゃ、変身変身っと。私は魔王リンの姿から、凛太朗の姿へと変化する。
──それと同時。アーシェの体が凍ったままのように固まった。
「え? え? え?」
おっとさすがにいきなり変わったのは不味かったか。
「それも、誰かの姿をコピーしたもの、なの?」
「んー、これはそういうのじゃなくて。もう一つの俺の姿っていうか」
「俺……貴方、男性だったの……?」
「一応基本ベースはさっきまでの姿だから、概ね女性だけどね」
「でも、その姿も、貴方の本当の姿……?」
彼女の問いにコクリと頷くと、
「------っ!!」
アーシェは声にならない悲鳴を上げて、じたばたと暴れだした。
突然何!? と思ったけど、もしかしてアーシェって滅茶苦茶初心だった? となると、もしかして夜一緒に寝た事とか思い出しちゃった感じ?
ちょっと悪い事したかね。




