魔王様と過去の話⑬
パキィンと、思ったよりも軽い音をたてて黒い水晶のような塊は砕け散った。
「こっちはこれでよし、と」
その光景を見届けて、私は一つ息を吐く。
キラキラとしたものをまき散らしながら台座の上に崩れ落ちていくこれは、この遺跡の中の魔力の流れやトラップを管理していたサーバーのようなものだ。それを必要な情報を抜いたうえで破壊したのである。
破壊したといっても私が魔力使って壊したわけじゃなくて、自壊するコマンドを使っただけだけどね。
このダンジョンの情報をよこした神代種族の生き残りに、こいつの操作方法聞いていたからね。ちゃんと覚えていた私えらい。
あとは今回の本命であるヤバいブツだけど……どうやら銃のような兵器だったようだ。それも今はバラバラになって原型を留めていないんだけれど。黒水晶の中のデータにこれの解体方法がちゃんと記録してたからね、よゆーでした。
私はその分解されたパーツの中から、黒い光沢を放つ球体を拾い上げる。これがこの兵器の核だ。他のパーツも一応希少な金属を使われているけど危険度としてはさしたる問題ない。動作させるエネルギーを供給するこの球体がなければ。
その球体は先ほどまでうっすらとした光を放っていたが、今はそれもない。機能停止させているからだ。そして、機能停止した状態なら……
魔力をこめて強く握っただけで、球体は粉々に砕け散った。一応念のため地面に落ちたその破片に魔力を叩きつけてすりつぶして置く。これでもう問題ないはずだ。
よし、これでこのダンジョンに来た目的は達成したわね。まったく他の魔王どもめ感謝しなさいよー。これが聖王国辺りに流れてたらそこそこ不味い事になってたんだから。
とにかくこれで用件は終わり。もうこんな所に用はない。
「アーシェの所に戻りましょう」
◆◇◆◇
ちょっとだけ心配だったので速足で元の場所に戻ると、幸いな事に周囲にゴーレム等の姿もなくアーシェは大人しく座っていた。さっきの黒水晶を破壊したからいずれゴーレムも活動を完全に停止するはずなんだけど、しばらくは残留魔力で動き続けるからねー。
アーシェはやはりまだ体がつらいのか、体を起こしてはいるものの腕をついて辛そうだった。
そんな彼女の方へまっすぐと向かうと、足音で気づいた彼女が顔を上げた。その顔に浮かぶのは安堵と困惑、かな?
まあ安堵が入っているあたり、まだ悪い感情は持たれてないわね。おっけおっけ。そのまま私はアーシェに駆けよると張っていた結界を解除し、
「きゃあっ!?」
アーシェの体を一気に抱き上げた。お姫様抱っこで。
「な、なに、何するの!?」
慌てた彼女はじたばたと体を動かし、腕を突っ張……ろうとして私の胸を思いっきりつかんでしまい手をひっこめた。何してるのよ可愛いわね。
「とりあえず暴れないでね、落としちゃうから」
「落としちゃうじゃなくて、急に何を……」
「脱出するのよ」
「へ?」
私の言葉に、アーシェがきょとんとして動きを止めた。
「地表近くに繋がる場所を見つけたからね。このダンジョンから脱出できるわよ」
「へ? ……もしかして、それを探しに行ってたの?」
「あー……半分くらい?」
「半分って何よ……そう」
正体を明かしてから、いろいろな混乱やら体調などで制御が利かなくなっているのかアーシェの顔にはよく感情が浮かんできている。今は安堵と……寂しさ? あら、脈あり? もしかしてお持ち帰りOK? いや先走り過ぎか。
「まだ長距離歩くのはつらいでしょう? 村の近くまで運んであげるわよ」
そう告げてしっかり抱え直すと、今度は抵抗してこなかったので私はそのまま歩き出す。
──ダンジョンの中に、私の足音だけが響き渡る。
アーシェは先ほどの言葉を最後に黙りこくってしまった。何やらいろいろ考えているようで眉間に皺がよっている。まぁ数日生活を共に親近感を感じていた私が自分が所属している組織と敵対している存在の親玉だったんだからそりゃ悩むわよね。無意識なのか片手が私の服をきゅっと掴んでるのが可愛いけど。
そうやって沈黙したまま歩く事数分。私はある場所で歩みを止めた。
「……どうしたの?」
しばらくぶりに、アーシェがそう口にした。言いたい事は解る。私たちの眼前にはただ岩壁があるだけで、どうみても脱出口があるわけではない。
一見は。
私はアーシェの問いに答えず、壁を撫でるように触る。ええっと……ああ、ここか。
何か所か撫でていると違和感のある場所があったので、その部分を押すと突然岩の一部が消失し10cm四方程度の穴が出現した。その中に黒い小さな水晶があったので私はそれに人差し指で触れると、魔力に乗せてコマンドを送り込んだ。
ゴゴゴゴゴゴ……
「隠し扉……?」
重く響く音と共に横に壁がスライドして道が開けるのを見て、アーシェが呟く。そう、隠し扉だ。先ほど黒水晶を破壊する前にここの場所と解除方法の情報を引き出しておいたのである。
ちなみにこれと先ほどの兵器の解体情報以外は特に引き出していない。覚えきれないし、そもそもここで知れる程度の情報は例の生き残りの神代種族に聞けば多分答えは帰ってくるから。尤も彼はあまり当時の技術をこの世界に広げる気はないみたいだから、素直に教えてくれる気はないかもしれないけど。
ま、今は知りたい情報もないし問題ないわね。
隠し扉の先は階段になっていたのでそこを上っていくと、階段の最後に扉があった。その扉を押してみるが動く気配はない。鍵が掛かっているという感じではないので、やはり埋まっているのだろう。だが地表が近いのも確認済みだ。ならばやることは一つである。
「アーシェ」
私は少し扉から離れると、胸の中のアーシェに声を掛ける。
「何?」
「結界張れるかしら? この扉の向こう地表が近いから吹っ飛ばそうと思うんだけど」
「簡易的な結界なら……」
「OK、それでいいわ。私の力を通すようにも出来るわよね?」
彼女がコクリと頷いた。
アーシェがまだつらいようだったらもう一回彼女の姿に変身して結界術を使おうと思ったけど、大丈夫そうね。彼女の言葉通りに結界が張られたのを確認し、私は魔力を解き放つ。
轟音が響いた。そして土煙、崩れてくる土くれ。だがそれらはアーシェの結界に阻まれる。
……向こう側に光が見えた。だが崩れた土で進路がまだ塞がれているので、もう一度力を放ちそれらを吹き飛ばす。
視界が開けた。
地面に積もった土を踏み越え、その開けた先へと足を進める。
──青が、視界いっぱいに広がった。それを見て、私はアーシェに微笑みかける。
「ダンジョン、脱出完了ね。お疲れ様」




