魔王様と過去の話⑪
私の顔は聖王国には知れ渡ってはいないようだけど、さすがに名前と能力は抑えられていたか。
であれば、気づかれるのも仕方ない。変身能力を持つ存在は別に私だけってわけではないけど、外見を真似るだけでなく能力を完全コピー(正確には減衰するから完全ではないけど)した上で更にその能力を即座に完璧に行使できるなんてのは、神代種族を含めても私しか聞いた事がない。
で、あれば気づかない方がおかしいというものだ。
驚きに目を大きく見開き、体を起こそうとするアーシェ。そんな彼女に私は(彼女の顔のまま)笑みを返しつつそっと彼女の体を押すと、彼女の体がは再び床に横たわる事になった。
「傷は治したけど、貴女の能力でも失った血までは戻せないでしょ? 大人しくしていなさい」
「私の能力……やっぱり、私の能力をコピーしたのね」
横になった彼女は、眉を顰め呟くように口にする。ま、承諾も無しに自分の能力をコピーされるなんて、いい気分はしないよね。
ただ彼女の力は強力だが、失った血液まで戻せるようなものではなかった。傷口も大きかったから治療が遅れれば出血多量で危なかっただろう。意識も危うい状態だったし、私の能力を説明して許可を取っている暇なんてどこにもなかった。まあ、一応最後の手段として血液もなんとかする方法があるっちゃあるんだけど、アレはそれこそ勝手にやるわけにはいかないからなぁ。彼女の今後の生活が変わっちゃうからね。もしそうなったらちゃんと責任は取るけども。
ま、今回はそこまではいかなくて良かったということで。勝手に能力を借りたことはあやまっておこう。
「ごめんね、緊急事態だったから」
「それは……わかってるわ。ごめんなさい、先に言うべき言葉があったわね……ありがとう」
あー、やっぱりこの子いい子だわ。釈然としないものを感じているだろうに、今告げられた言葉には"嫌々"という感じはなかった。そんな子だからこそわざわざ正体がばれるリスクをおかしてまで助けたのだ。聖王国に姿がばれるという面倒毎が起きる気配しかないリスクを冒してまで、普通は助けようとしないのよ?
恩着せがましくなるから口にはしないけどね。
彼女は今困惑しているのだろう。警戒をしている感じはあるけど、嫌悪している感じはなかった。
そんな彼女の元から、私は立ち上がる。
「正体隠していたのは謝るけど、それ以外で語った事は嘘じゃないから。ねぇ、貴女の名前に似た魔王知ってるでしょ?」
「"暴食"の魔王、アージェ……」
「そ。その彼女が、人間に対して滅茶苦茶友好的なのは知ってるわよね?」
私の言葉に、アーシェはこくりと頷く。
アージェは自領の隣接地域とはいえ人間側の街に正体も隠さずにやってきて、街の住人達と酒場で飲み明かしたり、食材確保のために冒険者達と狩に出たりしているある意味過去一で破天荒と呼ばれる魔王だ。ちなみにその街の属する国自体とも友好的だそうで。さすがアージェ。
「私、彼女と友人なの。それもあって私も人間には友好的なのは嘘じゃないわ。でなきゃこんな所ふらふらしてないわよ」
ま、ふらふらしていたのはともかくとして、ここにやって来た目的は人間に危ないもの渡さないためだけど。勿論口にはしませんよ?
「それにそもそも今は全般的に魔族は人間とはあまり敵対してないしね。"怠惰""破眼"は人間に興味ないし、"樹海"は自領域にちょっかい出されなければ動かない。"死霊"は引きこもりだし……好戦的なのは"獣化"と"幻惑"くらいだもの」
”怠惰”はその名の通り面倒くさがりなのでほぼ何もする気がない。"破眼"は自分の力を恐れていて、他者との接触を望まない。"樹海"は言った通り。根暗の"死霊"は裏でいろいろ画策しているだろうから、いずれ人間の敵にはなりそうだけどねー。
「ま、そんな感じの魔王の中でも私はアージェの次に人間に友好的だから。安心して?」
そもそも元が人間ってのもあるしね。その感覚は薄れてるし、そもそもこの世界の人間じゃないけど。
アーシェはじっと私の顔を少しの間見てから、口を開いた。
「……信じるわ。そもそもそうでなければ、聖王国の人間をわざわざ回復させたりしないでしょう」
それは個人的に気に入っただけだからね? 多分他の聖王国の人間だったら放置するか、過激派とか敵対派だったトドメ刺すと思うし。勿論これも言わない。
何にしろ納得してくれたようで良かった。ここまで稼いだ好感度が全部無駄になるかと思ったわ。これで一安心。
後は、やる事済ませちゃわないとね。私は彼女の全身を改めて確認して……うん、傷が開いたってこともなさそう。破けた服の下に綺麗な肌が見えてとてもセクシー。ほんとなら眺めていたいところだけど、そんなわけにもいかないわね。
トラップは他にもあるだろうし、エネミーが湧いてくる系の奴だと面倒。とっとと片付けた方がよさそう。
私はアーシェににっこり笑みを浮かべて、告げる。
「それじゃちょっと私はこれの元片付けてくるから。アーシェはここで大人しく待っててね?」
「……は?」
アーシェが上げた疑問の声はスルーして、私は彼女に向けて結界を張る。
いつも彼女が寝る前にかけていた簡易結界の強化版だ。あの結界は持続時間優先でそこまで強力なものではなかったけど、今回はそこまで持たせる必要がないからその分強力に張れる。更にその周囲に自分の魔力で壁を作る。こっちは結界程上手く固定はできないが、まあしばらくは持つだろう。この近くにはそれほどゴーレム達の魔力は感じないし、これでなんとかなるはず。
「ちょっと、これの元って……」
彼女に言葉は返さず、私は身を翻し駆けだす。このトラップは絡繰り的のものの感じではなかった。であれば統括的な奴をぶっ壊せば発動しなくなるはず……って知り合いに聞いた。
なのでこの後も探索を続けるにはそいつを破壊しておく必要がある。
──言い訳はこんな感じでいいかな。
アーシェには申し訳ないけど、彼女の目が離れる今がチャンスなのよね! 理由考えてたけど、これで支障はなくなった。さて神代種族の遺物をぶっ壊しにいこう!




