魔王様と過去の話⑩
私の体は強靭だ。そんじょそこらの雑魚からの攻撃なんて、くらったところでダメージも受けないだろう。それは元の肉体が強固なのもあるが、魔力で強化している部分が大きい。
特に今はダンジョン探索中だ。普段に比べても強目に強化しているから、不意打ちをくらったところで対して怖くない。
ただ私は割とそういうスタンスなので、ぶっちゃけた話危機への反応が悪い。いや強い力を纏っている攻撃なら自然と反応するんだけど、そうでないとね。私は感知を魔力に頼ってて気配感知なんてできないしさ。
だから、床下からのソレに反応が遅れた。
神代種族のトラップだ、さすがに私でも無傷とはいかなかっただろう。だが、私が即座に反応しなかったということは、このトラップは私を貫けるほどの力は込められていない。せいぜい弾き飛ばされるくらいで済んだハズだ。
──だが、アーシェはそんなこと知らない。だって私を普通の魔族としか思っていないのだから。
彼女は私の体を突き飛ばし……そして床下から突如突き出したいくつかの棘に体を貫かれた。
「がっ……はっ」
彼女の体を貫いた棘は、首や心臓、頭部など即死に繋がりかねない場所は奇跡的に外していた。あるいはギリギリその部分には強固な結界を張ったのかもしれない。貫かれたのは3箇所……右太もも、腹部、左肩……恐らく内臓も傷つけられたのだろう、アーシェが貫かれたまま喀血した。
即死ではない。だが間違いなく死につながりかねない傷だ。
「ちっ」
突き飛ばされた状態から体勢を立て直した私は、思いっきり力を込めて床下を消し飛ばす、それと同時に根本が消失し地面と分断された棘をそのままにアーシェを抱えて跳び、離れた所に着地する。
「アーシェ、回復できる!?」
私に抱えられたまま荒い息を吐く彼女にそう問いかける。彼女の能力は結界と治癒だ、高位の術士であればこれほどの傷でも回復できる可能性はあるハズ……そう思っての言葉だったが、返事が返ってこない。
というか、瞳に力がない。大ダメージを受けた結果、ショック状態に陥っている? 私は医者じゃないから詳しい事はわからないけど……駄目だ、どれだけ経てばこの状態から回復するかわからない。そもそもこの状態で満足に回復術を行使できるのかもわからない。
だったら、考えている暇はない。
私は彼女の体を抱き寄せると、その口元に口を付けた。別にキスしたわけではなく、唇から少しそれた部分だ。その横を垂れる喀血の後に口をつけ、啜る。
それから私は彼女に刺さったままの棘を抜いて、彼女を床に横たえる。抜いた瞬間彼女の体がビクッと震えたが、こんなものが刺さった状態のまま治療はできない。
そうして私は彼女の横に跪き、目を瞑り意識を集中。浮かんでくる棺桶の中から、たった今中身が埋まったものを選択する。……そうして、私の体はアーシェの体になった。
彼女になった事で、力の使い方も理解する。記憶ではなく、体に染みついた技術を。
私は安堵の息を吐いた。
ここで彼女の力が未熟であったり、或いは私の能力の適合率が悪かった場合状況は絶望的だったが、幸いな事に彼女は優秀な術士であり、適合率もかなり高かった。
これなら治癒できると、感覚でわかる。早速私は特に深い傷……腹部のそれに手を翳し、術の行使を始める。すると、一気に治癒とまではいかないものの、視覚情報として充分わかる速度で傷が治っていくのがわかった。
──止血を優先した方がいいかとも思ったけど、この速度で回復するなら治癒に専念した方が早そうだ。そもそも私応急処置の技術とかないので、こんな大きい傷だとどう止血していいかわららないし。
傷の深さもあるのだろう、力を結構持っていかれている感覚はあるが、私の魔力なら問題ない。それから体感2分くらいすると、腹部の傷はふさがった。続けて傷の大きかった太腿を治療していく。
そうしてその太腿の治療も終え、最後の肩の傷を治療しているあたりで、ようやく彼女の瞳に力が戻った。
彼女は少しぼうっとした後、はっとした顔になり自身の体を見つめ、それから肩を治療する私に気づき、大きく瞳を見開いた。
そりゃそうでしょう、なにせ治療しているのが自分そっくりそのままな姿をした存在だったのだから。
「貴女は……」
「もう少しで治療が終わるからじっとしてて」
アーシェからの当然の問いには答えず、私は治療を継続する。肩口の傷は他の二か所に比べれば浅かったので治療はそれほどかからず終わった。私はその状態を確認し、安堵の息を吐く。
その私を彼女は横たわって見上げたまま、小さく口を動かして呟いた。
「……変貌の、魔王?」
……あちゃー。そこは知ってたのかー。




