魔王様は街を散策する③
「あら……」
思わず口ら声がついて出てしまったが、それはそれとして口の中にスイーツを送り込んでもぐもぐする。うん、美味しい。味は落ちてないわね。
「……何かおかしかったですか?」
どうやらスイーツの方に何かあったと思ったらしいシエラが、私の口元を覗き込みながら声を掛けてくる。
「ああ、いやこれは変わらず美味しいわよ。そうじゃなくてね……」
言葉と共に、先ほどの人影──この辺りでは珍しい赤みがかった髪色の少女の後ろ姿に視線を送る。
「お知り合いですか?」
私の視線を追ったシエラが少女の後ろ姿を認め、そう問いかけて来た。
あれ、面識なかったっけと考えてみたが、うん、なかったな。
私はこの少女と行動を共にした事がある。ほんのちょっとの間だけだったけど。
その場所は私の本拠からは遥か離れた場所で、シエラというか彼女以外は側にいなかった。そして彼女の本拠は私が近づくと非常に面倒な事になる場所なので、それ以降はほぼ会っていない。私から連絡あったりするのがばれたりしたら、それこそ彼女の立場がヤバい事になると思うし。
そういう意味でいうと、ここで話しかけるのも気軽にできないのよねー。結構久々だし、せっかくだから挨拶くらいはしておきたいんだけど、周りに彼女の同僚がいると不味い事になるかもしれない。
一応、感知で探ってみる限りは全く強い力の気配はない。私達魔族と違って人間はそこまで街中でがっつり力を隠蔽する必要はないから大丈夫かと思うけど……彼女も力を隠しているからちょっと判断に困るところだ。シエラにそれと気づかせないくらいだから見事な隠蔽である。
だとすると何かの任務中の可能性もあるのよねぇ。だとしたら近くに同じく力を隠蔽した同僚がいるかもしれないのでどうしたものか。もぐもぐ。
あーおいしいわー。とりあえず食べ終わってから考えましょう。彼女はまだ注文もせずにメニュー表を見ている段階だからまだしばくはここにいるだろうし。
「? 声をかけないのですか」
「スイーツが先よ、溶けちゃうわ」
「スイーツは溶けるとは思いませんが……」
気分的なもんよ。
そのまま私とシエラはしばらくスイーツに舌鼓をうった。その際こっちは顔は全く隠していないのでもしかしたら向こうから気付くかな? と思ったけどこっちを全然みなかったから全く気付く気配はなかったわね。ふむ。でもまぁ……。
「ごちそうさまっと。美味しかったわねー」
「はい。相変わらずここのスイーツは上質です」
それぞれ3つずつ注文をしていたスイーツを、私達はペロリと平らげていた。後で宿の食事までにお腹こなれるかな? と思うけど、多分フレア達も何かしら食べているだろうし、時間を後ろにずらしてもらえばいいか。なんなら宿代上乗せすれば多少の我儘は聞いてもらえるでしょう。
「それじゃシエラ、会計お願いね」
「あ、はい了解です。リン様は?」
「知り合いにちょっと声かけてくるわー。シエラも会計終わったらこっち来てね」
「わかりました」
シエラはコクリと頷くと、会計札を持ってカウンターの方へ向かっていった。それを見送ってから私は入り口の方へとゆっくりと歩みだす。
その途中、ちょうど赤毛の少女の横を通った瞬間だった。
私は魔力感知を強く発動した。極小範囲、具体的には少女だけを包み込んだ。
「げほっ!」
同時に、少女が思いっきり咽た。あー、ちょうど飲み込むところだったか。これはタイミングが悪かったわね、問題ない。
だが咽た後の少女の動きは早かった。即座にこちらに視線を向けてくる。そして私の姿をその髪色に近い色をしている瞳に移すと大きく見開き──
「ま……リン!?」
「はーい、マリンちゃんでーす」
魔王って言いかけて慌てて止めた感じかしらね。マリンちゃん、どこかで偽名として使おうかしら。そんなどうでもいい事を考えていると、少女が相変わらず目を見開いたまま口を開いた。
「貴女、何故ここに!?」
何故ここにも何もここは私の本拠の最寄りの大都市なんだけどなー。私より彼女がここにいるより全然不自然な気がするんだけど。
それにしても、声をかけてから先彼女は周囲を伺う仕草はまるでみせていないわけで、これは大丈夫かな。
そう判断して、私は少女の名前を呼んだ。
「おひさしぶりね。"赤毛の聖女"様」




