魔王様と空飛ぶマグロ⑩
「リン様とシエラ殿が居なければ、仇など到底取れなかっただろう。ただ奴に弾き飛ばされ、無念のまま命を落としていただけだ」
顔を上げたアヤネがそう口にする。
これは確かに彼女の言葉の通りだ。カルガルカンの事を知らない彼女が"虫"に気づくことはまずありえないし、その位置を特定できていなければいくら防御貫通の技を持っていたとしても相手は死体だ、無駄撃ちになっていただろう。
そして万が一たまたまクリーンヒットが出来たとしても、私とシエラの手でその勢いを殺していないストピーダーと正面からぶつかれば、アヤネはほぼ確実に命を落としていたハズである。
「本当に……本当に感謝する。──ありがとう」
彼女はそういって、もう一度頭を下げた。
私はそんな彼女の姿を見て綺麗なつむじをしているわねとかどうでもいい事を考えつつも、「あ、ここで行くべきでは?」と思い当たり、口を開いた。
「……まだお礼を言うのは早いんじゃないかしら?」
「?」
私の言葉にアヤネは顔をあげると、きょとんとしてこちらを見つめて来た。
いやね、ストピーダーがどういう状態だったかは理解できているハズなのに。アヤネ、結構頭の周りは早い子だと思ってるんだけど、やっぱりストピーダーのインパクトが強かったのかしらねぇ。
全く思い当たっていないようなので、私は答えをいってあげる。
「ストピーダーは実行犯……というか、死んでいるから"道具"に過ぎないわ。実際はそれを文字通り操っていた黒幕がいる。そいつこそが仇でしょう?」
なんとしても倒したかった相手をようやく撃破した直後に言う事ではない気もするけど、これで目標達生と考えて立ち去られても困るからね。私の目的が達成できなくなっちゃう。魔王様は単純な慈善事業で手を貸したりしないのよ?
それにただの事実だしね。
「アレを操っているのは魔王の……一応一角であるカルガルカン。真の貴女の仇はそいつよ」
「カルガルカン……」
アヤネは私の言葉に、視線を落とした。
私は彼女の反応を待つ。数秒の沈黙。それから彼女は改めて、顔を上げて口を開く。
「……そのカルガルカンというのは、どこにいるのかわかっているのだろうか」
その問いには、私は肩を竦めて首を振る。
「残念ながら。根暗で陰湿な奴でね、自分では全く表に出てこず部下や操った死体を使ってしか事をなさないせいで、具体的な場所はつかめていないのよ」
「そう……か」
「だけど、本拠に戻ったら本格的に捜索を開始するつもりよ。──だから、貴女も私達と一緒に来なさい、アヤネ」
私の言葉に彼女は瞳を見開いた。そして私の言葉をかみ砕くように少し思考をする様子を見せ、
「それは……貴女の軍団の一員になれという事だろうか」
「それは別にどっちでもいいわ。なってくれると嬉しいけど、ならなくても構わない」
彼女の顔に若干の困惑の様子が見て取れたので、即答で否定しておく。
フレアのような究極の世間知らずならともかく、普通に世界を知る人間であれば魔王と同行するならまだしもその傘下に降るのは抵抗があるのは間違いないだろう。
私自身は別段人間と敵対はしていないけど、魔王の半分は人間とは敵対しているし、私だって人間と戦線を開く可能性がないわけじゃない。樹海の王ドリアネのように、相手の方から喧嘩を打ってくるようだったら受けて立つし、叩き潰す選択肢をとる。当然の事だ。
そういう魔王の思考を彼女がどこまで理解しているかはわからないが、自分の同族と敵対する可能性がある相手と同行ならまだしも部下になるのはそりゃ抵抗があるだろう。
私としてはアヤネは面白い技術を持っているし可愛いので部下に欲しくないかと言われればそれは否定しないけれど、私の主目的はそこじゃないんで。……こういう事いうとオルバン辺りに怒られそうではあるけど、それで立ち去られちゃったら本末転倒じゃない?
だから、私の目的を最優先とする。そう、魔王退治するユウシャのスカウトである。
「……それでいいのか? だがそれでは私にとって都合が良すぎる。そこまで世話になる訳には……」
真面目な子ねぇ。
「別にカルガルカンの事に関しては貴女の為だけじゃないわよ? まぁアイツは元々魔王の中じゃ一番雑魚ではあったのでこれまでは放置して来たんだけど」
そこで私は地面に横たわっている巨大なマグロに視線を振る。
「……あんなものを操れるとなると、放置するわけにはいかないのよねぇ」
神代種族の遺体などそうそう手に入れられるものではないとは思うが、もしもなんらかの手段で入手されるのは厄介だ。神代種族は非常に強力な存在ではあるが、手段を考えれば決して倒せない相手ではない。
そしてもし操られた場合は、非常に厄介な存在と化す。今回は操作する為の端末ともいえるカルガルカンの部下を先に潰しておけたから問題なかったが、もし直接操作をしていた場合はここまでうまくは行かないだろう。それでもまぁ魔王クラスが出張ればなんとかなるだろうし、アイツはやりすぎて決して敵対してはいけない"破幻"か"怠惰"が動き出せば、即座に終わるレベルではあるけど。
ただやはり面倒なのは確かだ。私やオルバンが本拠にいないときに仕掛けられれば間違いなく被害が出る。なのでアヤネが我々との同行を拒否したとしても本拠に戻ったら奴の居場所を掴むために動き出すつもりではある。
だから、気にすることはないけどどうする? と伝えると、彼女はしばし考え込んでから頷いた。
「お世話になって、よいだろうか」
「勿論よ!」
よっしゃぁ、アタッカーゲット!
やだこれ、人間の魔王討伐が間近でも見れるの割と現実味を帯びて来たんじゃないかしら?
後は回復役とタンクが欲しいわね!




