魔王様と空飛ぶマグロ⑧
バキバキ、メキメキという音がつい先ほどまで静寂に包まれていた森の中に響き渡っていく。
背の高い森の木々の向こう側に見える、魚の背びれ。ワシが元いた世界ではありえない光景だ。まぁそもそもあそこまででかいマグロ自体いなかったけど。
音はどんどん近づいてくる。フレアとユキを除いたワシ達3人は、その音の主を開けた場所で待ち構えていた。
といっても3人仲良く並んで待ち構えているのではない。先頭がシエラ。その次がワシ。最後尾にアヤネ。縦にある程度距離をとってそれぞれ態勢を整える。
全高が5mを超える上に宙を飛んでいるストピーダーを、視界から見失う事はない。なのでどんどん距離を詰めてくるそいつを魔力で捜査してゆく。
──見つけた。ワシは後方を振り返ると、声を張り上げて叫ぶ。
「アヤネ! 眼球より上、ちょうどお前の身長分一つの高さの位置を真横に撃ち抜け!」
「承知!」
即座に応答。これで事前準備は完了だ。ワシは前を向き直ると、今度は前方に立つこんな森の中でもメイド服姿のシエラへ声を掛ける。
「シエラ、頼む」
「承知いたしました」
高速で飛行するストピーダーが森の木々をなぎ倒す音は、どんどん近づいてくる。後十数秒もすれば、われらの前にその全容を現す……そんなタイミングで、彼女は目の前の空間に手を伸ばした。
「ヴリトラ」
呼び声に答え、彼女の手元に一本の剣が出現する。イグニスの黒い刀身とは異なる、美しい銀の刀身が
月明りを受けて煌めいた。
剣の柄をシエラは掴むと、その刃先をストピーダーに向ける──事はせずに、そのまま地面へとその刀身を突き立てた。
刹那。
まるでその刀身に押し出されるように地面が隆起し、いくつもの土壁が出現する。ワシ達の立つ直線上に3枚。更にワシを取り囲むようにして左右に3枚ずつ。
シエラを首を回しそれらを見回すと、とんと軽い動きでだが大きく跳躍し、直線上から飛び退った。
彼女の出番はこれで終わりだ。そして、それと同時にワシらのいる開けた場所へとストピーダーが姿を現した。
……うん、マグロだ。見まごうことなるマグロ。それが2階建てのビルよりでかいサイズで迫ってくる。絵面が酷い。
ストピーダーは進行方向にある土壁を気にもしない。というか今はいわば事前に設定されているルートに従って動いているだけだろうから、回避なんてするハズもないんだが。
そのままストピーダーは突き進み一枚目の土壁に正面からぶち当たり──そしてそれを一撃で破砕した。
あのヴリトラで生み出された土壁、ベースは土だけど硬度的には岩くらいはあるんだがな。まるで発泡スチロールみたいにあっさりとだ。さすがに突撃能力だけを取ればこの世界最強ともいえる種族である。そうして立て続けに二枚目と三枚目と同様に砕いた。
人間たちの使う爆砕魔術も防ぐ土壁は、ストピーダーの突撃を留める事はできなかった。
だが、さすがに勢いは多少落ちた。──予定通りである。
次はワシの仕事だ。
正面から迫ってくるストピーダー。それを見据えながら、ワシは左右に腕を振った。
「マグロ漁の時間だ」
振った両手の指。その先から鋼糸が勢いよく伸びる。伸びた鋼糸は左右にそびえたつ土壁に絡みつくとまるで生きているように今度は反対側の壁へと伸びる。そうして瞬く間にストピーダーの進路上に網を張った。蜘蛛の巣……いや、まんま漁の為の網のようなものか。
そこに、先ほどよりわずかに速度を落としたストピーダーが突っ込んでくる。
衝撃が来た。
死んで操られているとはいえ腐っても(神代種族の肉体はそうそう腐りはしないが)神代種族だ、ここ最近相手にしてきた箸にもかからない雑魚どもとは話が違う。伸ばした鋼糸がいくつもちぎれていく感覚があり、間に土壁を介しているにも関わらず体が持っていかれそうになる。土壁もガリガリと勢いよく削れていく。
魔力による身体能力を強化する。更には魔力で自分の周囲を囲い固定する。それでも引っ張られてそうになるが踏ん張って堪える、
ふと見れば、シエラが再び地面にヴリトラと突き立てていた。恐らく土壁に魔力を流し込んでいるのだろう。削れる速度が目に見えて遅くなった。
とはいえ、ストピーダーは止まらない。岩は削れ、糸は千切れ、そしてついにはワシの体も引きずられる。
──だが、これで充分だろう。
ワシの役目はストピーダーの速度を落とす事であり、完全に捕縛する事ではない。岩壁と糸にからめとられた巨大なマグロは現れた時よりは大きく速度を落とし、引きずられた勢いのまま横に身を飛ばしたワシの横を通り過ぎていく。
ストピーダーは最高速は早いが、加速力はそこまででもない。ワシとシエラの力により大幅に速度を落とした空飛ぶ魚はもはや突進力を大幅に失っていた。
そこに、一つの小さな影が飛び掛かる。
身体強化をしているのだろう、アヤネは垂直に大きく飛び上がっていた。そしてストピーダーの目の高さまで到達すると、何もない空間を蹴って横に飛び(恐らくは魔術で足場を作ったのだろう)──その小さな拳をストピーダーの横っ面に叩きつけた。




