魔王様と空飛ぶマグロ⑥
「まぁ、どちら様ですの?」
しばらく追跡をし、ストピーダーの軌道のおおよその予測を付けて皆の元に帰還した儂を出迎えたのは、すでに目を覚ましていたフレアのそんな言葉だった。
警戒している気配はなく、ただ自分達が休んでいた場所にやってきた見知らぬ相手を素直に疑問に思っているだけだ。むしろユキの方がフレアの前に出てきた当たり、警戒している。
その二人を一瞥した後、儂は視線をシエラに向ける。ちょうど視線があったので、合わせて頷いて見せた。ここで見知らぬ老人の姿になっている儂から説明するよりも、シエラの口から説明して貰った方が信じやすいだろう。
その意図をくみ取ったシエラが、口を開く。
「フレアさん、ユキさん。それからアヤネさんも。この方はリン様ですのでご心配はいりません」
「このおじい様がお姉様ですの?」
首を傾げきょとんとした顔で問うフレアの言葉に、シエラがこくりと頷く。それからこちらに顔を向けて来た。
「? なんだ?」
「リン様。この後すぐに事が起きるわけではないでしょう。一度元に戻られては?」
──先ほどの追跡結果から予測したストピーダーの軌道は、この近辺を通るものだった。ただ直進ではなく──恐らく円を描くような軌道を設定されているんだろう、弧を描いたものであり、こちらへの到達予測時刻はもう少し後だった。そういう意味では確かに一度戻ってもいいんだが、
「この後もオルバンの力を使う事になるからな、2度着替えるのは面倒くさい」
同じ女性であるシエラやヘイゼルであればリンの方が線が細い程度なので、腰ひもをちょっと絞る程度で激しく動くのでもなければ着替えるほどではないだろうが、オルバンとリンでは体格が全然違う。ここで戻ったら服ははだけ落ちてしまうだろうし、ズボンは下着含めて脱げてしまうだろう。そう思って否定の言葉を返したが、その言葉にシエラが即座に更に否定を返してきた。
「別段着替える必要がないでしょう。地面に座ってそこの岩に寄りかかりでもしていれば服が脱げてしまう事もないのでは? 目的の時間までは動く必要もありませんし」
「まぁ、確かにそうだけど……妙に押してくるな?」
別段数日この姿でいるわけでもないのになと思いつつそう聞くと、シエラは若干眉間に皺を寄せて答えた。
「……それほど短時間で意識が引きずられる事がないのは理解していますが、それでもリン様の意識があまりオルバンに引きずられるのはあまり……」
「ふむ……」
別段シエラはオルバンが苦手という事はなかったハズだが。嫉妬みたいなものなのかね? だとしたら可愛いが。
まあいい、こっちとしてもそこまでこだわる事ではない。それにアヤネとフレアはともかくユキがまだ警戒を見せてるし、安心させてあげるかね。
儂はフレア達の座る焚火の側に歩み寄ると、ゆっくりとその場に腰を落とし、尻が地面についたと同時にリンに変身した。同時に体が縮み雑に来ていた服が左側にずり落ちかけたのでもとに戻しておく。
「まぁ! おじい様がお姉様になりましたわ!」
フレアが私の変身を目の当たりにして、目を見開いて驚いている。顔が若干紅潮したのは興奮したのだろうか? いや、フレアは私の変身を見たことあるよね? ああでもこれまで目の前に変身したのは動物との変身で、別の魔族や人への変身は見せたことなかったか。
「本当にリン様だったんですね……」
「すごい……変貌の魔王という名は伊達ではないということか」
アヤネとユキもフレア程ではないにしろ、驚きを見せている。獣などの姿から人型になる存在は他にもいるが、他の人間の姿になれる存在は私も聞いたことないからね。そりゃ珍しいだろう。そもそもこの能力はこっちの世界にやってくる時にもらったチート能力だから、この世界固有の能力ですらないわけだし。
「リン様、どうぞ」
ある種微笑ましいといえる反応にちょっとだけほわほわした私の前に、カップが差し出される。
「ありがとう」
それを受け取って、軽く口を付けてから私は改めて口を開いた。この後多少の時間の余裕もあるが、そこまでのんびりしていいわけでもない。ここから先の話を進めなければいけないのだ。
ストピーダー退治。事前にちょっとしたイベントが発生してしまったが、そちらこそが本命の用件である。




