魔王様は挑まれる⑦
私とアヤネの動きは対照的だった。
私はとにかく身体能力任せ、一度地面をけるだけで爆発的な加速力を得て、そこから更に地面をける事で強引に動きの方向を変える、パワー任せの粗削りもいいところの動き方。
地面を蹴るたびに地面がえぐれて行き、先ほどまで整っていた景観がどんどん穴ぼこになっていくのはちょっと申し訳ない気分になる。
それに対してアヤネの動きは最小限のものだ。重心の低い姿勢で駆け、洗練された動きで軌道を変え私の後を追う。
速度に関しては私の方が間違いなく上。だがサーキットを常にインを取ってもっとも最善なルートで走る彼女に対し、加速はすごいが自身の性能を制御しきれず常にアウトに膨らんでなんとかコースを走る私。いくら速度に差があっても、それが絶対的な差ではない限り結果は目に見えている。もっと広大な場所を逃げ回るなら私が捕まる事もなさそうが、今はある程度限られたフィールド内でしか動かない以上捕まるのは時間の問題だった。
徐々に縮まる相対距離。更にはだんだん彼女は私の回避パターンを読み始め、明らかに私の動きを予測して動き始める。
そして。私が地面をけるのとほぼ同時に彼女が体の向きを変えた時、彼女の体で一気に魔力が高まるのを感じた。
高まったのは足と右手。その足で地面をけったその小さな体は、一気に加速して私の方へ肉薄する。
──あ、これは捕まったわ。
更に加速するとは思っていなかった私は、まだ次の回避へと移れる状態になかった。そしてアヤネは明らかに攻撃態勢に移行している。
それに気づいた時、私は回避を諦め、防御態勢に移行した。
元々常に入れている体への耐久を更に強化し、その上で体の周囲に力の膜を張る。
彼女が攻撃を通そうとしている相手、ストピーダーに攻撃を通そうというなら、これくらいの防御を抜けなければ駄目だろう。私は試金石であるのだから、ここに手を抜くつもりはない。
そして彼女がついに私を捉えた。
その細い腕に込められた魔力は相当なものだ。最初殆ど魔力をその体に感じさせなかったというのに、大した魔力操作の腕だと思う。
だけど。
それでもその魔力量では、私の攻撃を貫くことは不可能だ。単純な攻撃であれば、私に傷一つつける事も不可能だろう。
さあ、どうくる!?
これから攻撃を受ける側だというのに、私の頭には喜びに似た感情と共にそんな言葉が浮かんでくる。何よりも強い気持ちは好奇心だ。
彼女の拳が、私の体に叩きつけられる。
それは見る限り、単純な打撃だった。確かに魔力は強力、だがそれは私の体の防御を抜けるレベルではないのは見て明らかだった。一瞬私の心に失望が浮かび上がる。
「……!?」
だが、次の瞬間には。私の体が震えた。
比喩的な話ではない、物理的である。
彼女の手が私の魔力の防御に触れたそのすぐ後に、私はこれまでに感じたことのない感覚を得る事になった。体の中に腕を突っ込まれ、臓器を握られて激しくシェイクされる感覚。私だけでなく、おそらくは世の人間の殆どが体験した事はないであろう感覚。
──なにこれ、気持ちわるっ!
「リン様っ!?」
「お姉さまっ!」
彼女の攻撃を受けてノックバックすらする事はなかったのに、次の瞬間には私の体は地面に崩れ落ちていた。
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こんな体勢に流れるように移行した私に、少し離れていたところで見ていたシエラやフレアの心配気な声が届く。
私は膝をついたまま、無事な事を示すためにその声に手だけ上げて答える。まだ顔は上げられない、ごめんなさい。
いや、本当に何だこれ?
彼女の拳が叩きつけられた胴体に痛みはない。むしろ皮膚に直接彼女の拳が触れた感触さえなかった。なのに私の体の中は大きく揺らされ──あっ、まずっ。
先ほど、私たちは食事を終えたばかりだった。そんな中に体の中の内臓を揺らされるような衝撃を与えられたらどうするか?
胸のあたりに何かがこみ上げてくる感覚。止めなきゃと思った時にはもはやどうにもならず。
私は胃の中の物を思いっきりリバースしてしまった。




