魔王様と出発の時②
ちなみに、フレアは魔力制御を出来るようになったわけではない。
私やシエラなど魔族でも最上位クラスのキャパシティとまではいかないまでも、彼女の魔力は人としては膨大だ。そして制御の方法を教えはじめてからまだ数日、しかも初歩の初歩からだ。そんな一朝一夕で自然にあふれ出て森一つを包み込むような魔力を制御できるようになるわけがない。のんびりとやっていくしかないだろう。
それならば何故、彼女が生物の側に近寄れているのか。
それは再程からずっとフレアと手をつないだ状態のまま頬を紅潮させているユキのお陰だった。
彼女はまるで油の注していない絡繰りか何かのようにギギギと動いてこちらを向いて、困惑を浮かべたまま聞いてくる。
「あの……やっぱりずっと手を握ってなくちゃダメですか?」
「だめよー。貴女が側にいないとフレアの近くから動物が逃げちゃうでしょー」
ここ一週間で、驚いた事が一つある。
それはユキの能力の成長だ。
わずか一週間前後の時間だけで、彼女の魔力無効化が及ぶ範囲は当初の10cmではなく3mほどまで大きく広がっていた。
戦闘などに役に立つようなレベルではないが、フレアの能力を抑えるのは可能な範囲だ。
いやー、魔族が子供の頃己の能力を磨く時にすることをいろいろ試したんだけど、ここまで短時間で伸びるとは思わなかった。この子やっぱり魔族じゃないかしら?
本来なら加齢と共に成長するはずが、彼女が己の能力を認識していなかったが故に停滞し、それが覚醒して一気に成長した感じかしら。
なんにしろ、すごく助かるわ。これで早々にフレアを連れ出せるし、彼女を連れたまま街に立ち寄る事も可能になった。
──人ごみに飲まれて離れちゃったりすると大変な事になるから注意が必要になるけどね。
そういうことだから、
「大体、街とかに行ったらお風呂や寝る時も一緒なのよ? 手を繋ぐくらいで照れててどうするのよ」
「うっ……ですが、その手汗とかが……」
「あら、ユキの手の平は全然平気ですのよ? それとも、手を繋ぐのが嫌ならこう致しましょうか」
うふふと楽しそうに笑い、フレアは繋いでいた手をユキの腕をなぞるように持ち上げ、彼女の肘に己の肘を絡めて身をさらに寄せる。
「ちょっとお嬢様!?」
「これなら手汗は気にならないでしょう? まぁ歩きづらそうではありますけど」
慌てて身を離そうとするユキと、それを追って体を押し付けるフレア。
フレア、これわかってやってるのかなー。
あとユキも、同じ女の子同士なのになんでそこまで気にしているのかしらね。やっぱり相手が元主人とかだと気になるものかしら。
シエラもべったり私が体を引っ付けたりすると照れたりするけど、それと同じ理由ではないっぽいしなー。
などと考えていたら、森の木々の間をぬってシエラがやって来た。
「リン様、お待たせしました。後始末はすべて終了させてきました」
「うん、お疲れ様。ありがとね」
彼女は一人残って燃やしたフレアの屋敷の後始末を行っていた。
私達はこれまでフレアが森から離れたことがないから移動にも時間がかかるだろうと、先行して移動していたのだ。
結果としては全然そんなことはなくて、結構待つことになったんだけど。何しても楽しそうにしているフレアと、フレアに引っ張りまわされるユキを見ていれば特に退屈はしなかった。
「それじゃ、出発しましょうか?」
地面に置いていた自分の荷物を手に取りながら、フレア達に声を掛ける。
「わかりましたわ、お姉様!」
「あ、フレア様。荷物は私が……」
「背負うタイプの荷物ですのに、ユキはどうやって持つ気ですの?」
「えっと、前後に……」
「歩きづら過ぎますわ。わたくし、この程度なら自分で持てますのよ」
そう言ってフレアはそそくさと自分の荷物を背負ってしまう。
さすがにそれで諦めたようで、ユキも同じように荷物を背負う。
そして、荷物を背負うため一度離した手を再び握り合った。
「……」
「フフ、シエラ。私達も手を繋ごうっか?」
「あ、お姉様、わたくしもお姉様と手を繋ぎたいですわ!」
「さすがに歩きづら過ぎますね、普通に行きましょう」
他愛ない言葉を交わしながら、私達はゆっくりと離れていく。
少女は、もう孤独じゃない。
Episode.1はこれにて終了です。またストックもここまでですので、毎日更新も終了となります。
この後は閑話を挟んだ後Episode.2を開始予定ですが、今後の更新は不定期となります。
それでもよろしければのんびりとお付き合いください。




