魔王様と出発の時①
「んーっ……」
青空の下、私は大きく背伸びをする。
──ここ数日は本当に忙しかった。いろいろな調査や下準備、それにフレアとユキの能力の訓練。私一人でやっていたわけじゃないけど、のんびりするような時間が無かったのは確かだ。
でもそれも全部終わった。
街の方を振り返る。
ここからみれば静かに見える街並みも、実際は今頃大騒ぎだろう。何せ街の権力の大部分を牛耳っていた男が突然の自殺をしたのだから。
自殺原因の調査や、資産や権力に関する闘争がこれから始まるだろう。市民の生活はともかく、街の上層部は荒れに荒れるはずだ。
ま、私には別に関係のない事だけど。
こんな辺境の街へ来るなどそうそうないし、たとえ来たとしても大分先の事になるはずで、その時にはいろいろと落ち着いているだろうしね。
いやぁ、それにしても本当に忙しかった。
昨日、私が代筆した彼の遺書。あれに書いたのは概ねでっちあげだけど、野盗が荷物を襲撃した事と、その野盗が全滅した事。後、その後グラノガンデの被害にあったとされる少女二人が処理されたというところは事実だ。処理の意味合いがちょっと違うけど。
勿論、グラノガンデに関しては嘘。
さすがにやばすぎる代物だし、そもそも手に入れようとして手に入れられるものでもない。
野盗達は見知らぬ男に一生遊んで暮らせる程高く売れる品を運んでいる荷馬車があると唆され、その男と共に荷馬車を襲撃し、その後何故か全滅した。
そして被害にあった少女達の住んでいた場所は、今はもう消し炭に変わっている。
いやぁ、シエラのイグニスって便利よねぇ。魔力を持たない、或いは持っていても弱い存在であれば一瞬で消し炭だもの。炎が上がるのも一瞬に近いから、それほど目立つ事もないし。
それで、その屋敷に住んでいた少女と、その世話役だった少女は、
──今は私達と一緒にいる。
「……やっぱりずっと住んでいた場所を離れるのは寂しい?」
褐色の肌の少女と並び、じっと今まで自分が住んでいる森を見つめているフレア。そんな彼女に声を掛けると彼女はきょとんとし、
「? いえ、あまりそういう感覚はないですわ。ただ自分の住んでいた場所を外側から見るのは10年ぶりでしたので」
そう告げる彼女の表情には、確かに寂しさを感じさせるものはない。
「ただ、今まで読んで来た本を持っていけないのは残念でしたわね。まぁあの量の本の持ち運びは無理でしょうから致し方ありませんが」
「あの本の量はねぇ……」
10年分の蔵書だ。とてもじゃないが持ち運べる量ではない。
「でも全部処分する必要はなかったんじゃないの? お気に入り何冊か持ってきてもよかったのよ」
「どの本も何度も読み返しておりますので内容は頭の中に入っておりますし、どれを選んでも後であっちの方が……となりそうでしたので。でしたら全部処分した方が諦めもつきますもの。それに、ほら」
フレアが、きらきらした表情で上を見る。
そこには、木の枝の上で羽を休め囀る小鳥たちの姿があった。
彼女はそれを慈しむようにじっと見つめてからこちらへ向き直ると、その整った顔を無邪気に綻ばせた笑みを浮かべ
「これからはお姉様が私に、本の中ではない現実のいろいろな世界を見せてくださるのでしょう?」
「ええ。勿論よ」
彼女はもう孤独な森の住人ではないのだから。こうやって自らの眼で様々な世界を見る事ができる。




