魔王様は残酷です②
●視点変更:第三者
「くく……」
口元から、自然と笑いが漏れる。あの少女の事を思い浮かべていると、先程迄の苛立ちは消え、様々な妄想が頭の中に浮かぶ。
逃げられると面倒だから、拘束用の道具も用意してある。仕事に関しても自身の予定は数日間明けた。少なくとも最初の一晩は犯し続けるつもりだ。
ああ、涎がでそうだ……
気がづけばボルコフは自室の扉の前に立っていた。いかんいかん、もう一晩の辛抱だと最早グラノガンデの事など頭から消して、自室の中へと入る。
部屋の中には豪奢なベッドや、いくつもの丁度品などがある。当然この時間だ、人影はない。
この部屋は基本的には寝るための部屋だ。女を喰らうための部屋は別に用意してある。尤もここ最近はそっちも使っていない訳だが。
だがボルコフが部屋の中央辺りまで進んだその時だった。
「醜悪ね」
誰もいないはずの部屋に、女の声が響いた。
●視点変更:リン
ボルコフが部屋に戻ると同時に高級そうなカーテンの中で姿を戻した私は、部屋に入って来た腹の突き出た脂っこそうな男にそう声を掛けると共に、すでに展開済みだったわずかな血液を使ってカーテンを切り裂いた。
それを全身に巻き付ける事で身を隠す服とする。
──ほんのわずかの付き合いになるけど、こんな醜悪な豚に私の美しい裸身をさらけ出すなんて冗談じゃない。シエラにだって叱られてしまう。
「何者だ? 今日は娼婦は呼んでいないハズだがな。それともどこかの商人が差し出してきた娘か?」
ボルコフはそう言いつつも、私の全身を嘗め回すように見る。
……ああ、気持ち悪い。
この視線には、ひと時も耐えられそうにない。
だから私はナイフのように固めた血液で自身の指先を小さく傷つける。
「……しかし見たこともない上玉だな。これほどの美貌なら見かけていれば記憶にあるはずだが、どこの娘だ? 今日は抱かないつもりだったが、お前のような女であれば……」
「黙って」
これ以上声も聴きたくない。だから私は指の上に浮かんだぷっくりとした血の塊を、もう片方の手の指先で弾いた。
弾かれた血は真っすぐにボルコフへと飛来し、
「うっ」
小さな呻きと共に、ボルコフの動きがピタリとともった。口も半開きのままだ。
私の能力の一つである。相手に血を送り込み、動きを支配する。
相手の魔力が弱くないと効く技ではないが、この醜悪な男は魔力的には一般人と大差ないため問題はなかった。
その結果に満足し、私は窓枠に腰掛けて男を見る。
そしてゆっくりと語る。
「ボルコフ・グスマン。いろいろ調べさせてもらったけど、貴方凄いわね」
返事は返ってこない。当たり前だ、今の彼は私の許しがなければ瞬きすらできない。
なので私は一人で言葉を続ける。
「この街の商人やらなにやらの娘、一体何人餌食にしたのかしら? 調べただけでも軽く数十。もしかしたら3桁いっているのかしら」
調べた中には恋人や婚約者、夫がすでにいるものもいた。
「かなり強引な手段でモノにした娘もいるそうじゃない」
自ら自分を差し出した娘もたくさんいるが、中には抵抗し一家離散になったものもいる。犯された後自らその命を絶った娘すらいた。
「しかも、数回やったら殆どの場合はポイ。子供が出来ても知らんぷり、と」
私はそこまで言うと窓枠から離れ、机の上に置いてある水差しに手を伸ばす。そしてその横にあるグラスにこぼれるまで水を灌ぐと、その水を床に捨ててグラスだけ手に取る。
「いやぁ、羨ましいわね。酒池肉林のハーレム。権力を持った男ならやっぱりこういうの憧れるのかしら?」
そう言いながら私は男の手を取って上げさせると、その手首にスッと傷をつける。そしそこから流れ出す血をグラスで受けると、
──一気に飲み干した。
正直こんな男の血を体内に入れるなど御免こうむるのだが、この先にすることを考えると必要なので仕方ない。
机の方に戻って、再び水差しの水でグラスを洗いながら、私は言う。
「でも今の私は女なのよね。だから」
グラスを置き、再びボルコフの方に向き直ると私は告げた。
「くたばれ、女の敵」
 




