魔王様は間違えられたらしい①
「いでっ!」
固い場所に思いっきり尻もちをつき、俺はその痛みに悲鳴を上げる。
「なんだぁ?」
一体何が起きた?
座っていた椅子の感触が突然消失し、背もたれに寄りかかっていた俺の体は突然宙に投げ出され、その結果思いっきり倒れこむことになった。尻もちをついた瞬間咄嗟に後ろに手をついたおかげでそのままぶっ倒れて後頭部強打、なんてまねにはならずに済んだが。
「いや待て待て、なんだこの床」
尻もちをついた床は、フローリングがむき出しになっている場所だった。
おかしい、俺がいた職場のフロアにはクッションフロアが敷き詰められていたはず。
周囲を見回してみれば、そっちも知らない光景が広がっていた。座っていたハズの俺の席がない。というか職場の光景ではない。ただ妙に見たことがあるような感じがする光景──ああこれあれだ、田舎の市役所の受付の所っぽいんだ。
え、なんで俺こんなところに?
役所に来た記憶なんてないんだけど。俺仕事中に寝てた?」
「あー、来ましたね!」
「うひっ!?」
周囲をきょろきょろ見回していると、突然大きな声が市役所?の中に響いた。まだ若い女の声だ。
そちらの方へ視線を向けると、一人の制服の女性が立ち上がりこちらを見ていた。
「お待ちしておりましたよ!」
彼女は嬉々とした表情でそう言うと、受付の中から出てきてこちらに駆けよって来た。そして尻もちをついたままの俺に手を差し出してくる。
状況が理解できない俺はいまだ動揺しながらも、その手を取って立ち上がるとその女性に対して問いかけた。
「あの……変な事を聞くようですがここは?」
「はいはいすべてご説明しますよー! ひとまずこちらへどうぞ!」
やたらはきはきと喋る彼女は握ったままの俺の手を引くと、側にあるテーブル付の椅子の所へと俺をいざなった。
「どうぞお座りください!」
「はぁ」
言われるがままに俺が椅子に腰を降ろすと、テーブルを挟んで反対側の椅子に彼女も腰を降ろす。
そしてニコニコ営業スマイルを浮かべたまま、じっとこっちを見つめ
「さて、まず何から聞きたいですか? なんでもお答えしますよー!」
そう、投げかけてきた。
……ええと。
「とりあえずさっきも聞きましたけど、ここはどこなんです? 〇〇市役所?」
なんとなく地元の役所の名前を出してみるが、当然というかなんというか彼女は首を振る。
「そこがどこだか知りませんが違いますよー。ここは、そうですね……貴方の世界の認識でいえば天界が近いのかな?」
天海……南光坊……あ、天界か。天界っていうと──天国?
「え、俺死んだの?」
いつの間に? 職場で仕事していたハズなんだけど。職場に人工衛星でも落ちてきた?
「いえいえ違いますよ、貴方は死んだわけではありません。しいて言えば行方不明?」
「行方不明!?」
俺今ここにいるんだけど、行方不明ってどういうこと!?
「あー、すみません、混乱させちゃってますね。ちゃんと一から説明します」
「……よろしくお願いします」
今の所全く状況が理解できないので。
俺が小さく頭を下げると、彼女は頷いてから今度は真剣な顔でじっと俺の方を見つめてきた。
「ええと、貴方は巴 凛太朗さんでよろしいですね」
「確かにそうですが、何故私の名を」
「ははは、それくらいわかりますよ。私これでも貴方達の認識でいえば神みたいな者ですから」
「神」
「YES、神」
それにしては威厳も神性も何も感じないんだけど? 普通にそこら辺にいる受付のねーちゃんにしか見えん。
「それは貴方が気楽に話しやすいような姿になってるだけですよ。この場所もそうです。本来の姿で接触したら貴方の意識とか消し飛んじゃいますんで」
──あれ、俺今口に出してた?
「出してませんよ」
ええと。
「……もしかして、頭の中を読んでおられる?」
「YES、神ですので」
「oh……」
「そこはoh my Godじゃないんですか?」
やだよそんなおっさん臭いダジャレ。アラサーではあるけどさ。
「おっさん臭い……」
「神様なら妙な事でショックを受けてないで、話進めてもらえます?」
本来ならもっと驚くなり否定するなりするところだが、この人(神?)の反応のせいで妙に感情が動いてこない。もしかしてそれが目的でわざとかなとも思ったが、多分素だろうこれ。
とにかく、これ以上の脱線は止めて話を進めさせたい。
「わかりました。それでは順を追って説明させていただきます」
その思考も伝わったか、今度こそ真面目に彼女は話始めた。
「まず最初に、貴方がこれまで住んでいた世界はリテラと呼称されるのですが」
「聞いたことない呼び名ですね」
「貴方の世界では統一された世界の名称がありませんからね、便宜的にそう呼んでいます」
地球でいいじゃんとも思ったが、星じゃなくて世界だからそうなるのか。
「このリテラですが──実は本来貴方が産まれるべき場所ではなかったのです」
「……はい?」




