魔王様と褐色の娘①
「気配?」
言われて周囲の魔力を探ってみようとするけど──うん、駄目ね。やっぱりこの辺りフレアの魔力が充満しすぎててよくわからないわ。
これ、盲点だったかなぁ。魔力探知に頼り切ってると、こんな感じで周囲を強い魔力で埋め尽くされると私奇襲され放題になるわね? ちゃんと他の探知能力も身に着けるよう修行するべきかしら。
まあとりあえず今すぐどうにかなるわけでもないので、私はシエラに聞くことにする。
「近づいてきてるのは何人なの?」
「一人だけですね。特に警戒する様子もなく、真っすぐ我々が来た道を歩いてきているようです。恐らく武装もしていないかと」
ふむ?
ここの森にはいまだに溢れ出したフレアの魔力による人……いや、生物払いの結界が張られたままだから、普通の人間がここに近寄ることができない。近寄れるのは私やシエラみたいに彼女を超えた魔力持ちや、優れた技術を持った一流の術士。或いは魔力を無効化するような道具持ちになるんだけど、そんな相手が私達がここにいる時たまたまたやってきた?
でもシエラの言う通りだと別に襲撃の気配もなさそうだけど──
そう私が頭を捻らせてみると、話を聞いていたフレアがぱっと表情を輝かせて口を開いた。
「きっとユキですわ! 多分食料とか持ってきてくれたんですの! わたくしちょっと迎えに行って参りますわね!」
席を立ち、彼女は軽い足取りで部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、私は記憶を探る。
ユキ?
ああ、ここに来ている世話役の子ね。
フレアから聞いているし、ここ数日シエラと調べていた中でも何度も出てきた名前だ。
「……どうしますか、リン様。 一度身を隠しますか?」
シエラに問われ、私は考える。
現状、まだフレアをこの森から連れ出す事はできない。さすがにこの範囲の結界を生み出したまま人里に近寄ったらえらい事になる……というか近寄らなくてもえらい事になる。対象人間だけじゃないし。
私の魔力で抑え込むことである程度は範囲は縮小できるだろうけど限界があるし、何より常時はしんどい──というか寝てる時は無理。
となると、フレアに力の使い方を教える間、もうしばらくはここに滞在し続けるしかない。だとしたらこの森の持ち主に私たちがここにいることを知られるべきではないのは間違いないんだけど……
うん。
私は決断する。
「いいわ、このまま待ちましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ」
シエラに頷き返して、お茶へ口を付けていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
それから話し声。一方は楽しそうに語るフレアの声。もう一方は明らかに困惑しているのがわかる女性の声だった。
ま、自分以外近寄れないハズの場所に来客が来ているとしったら、そりゃ困惑するわよね。
カップから口を離し、ソーサーの上へ置く。陶器同士がぶつかりあう高い音と共に、部屋の扉が開いてフレアが戻って来た。
そしてその後ろから、もう一人。
フレアに連れられて入って来たのは、褐色の肌をした女性だった。瞳と髪の色は黒。年の頃は私の外見年齢と同じくらいかな? もうちょっと幼くも見えなくもないけど。
彼女はシエラのような従者らしい服ではなく、質素ともいえるこの地方では一般的な服を着ていた。
この辺りの地方ではあまり見ない人種ではあるけれど、それほど目立った外見でもない。可愛らしいとは思うが、ここにいる三人が軒並み外見スペックが高いため、申し訳ないがここに別の人間がいても彼女に視線が行く事はないだろう。そんな感じの少女だ。
外見だけ見れば。
外見以外の所で、一つものすごっく気になるところがあるんだけど、いきなりそれに触れるのもあれなので、私は部屋に入って以降動きを止めてポカーンとしている彼女──ユキに向って小さく頭を下げる。
「こんにちは。お邪魔させてもらっているわ」




