魔王様はお風呂に入る②
「リン様。どうでしょう、気持ちいですか?」
「うん、きもちーよ」
シエラの細い指が私の頭皮をなぞっていく感覚。その優しい指の動きとともにかけられた声に、私は満足げな声を返す。
今、私は全裸だった。
後ろにいるシエラも全裸だ。
尤も、昨日と違い今私達がいる場所は全裸でいることが正しい場所だ。
そう、お風呂である。
シエラが宿泊していた宿には、非常に立派なちゃんとしたお湯で入れる屋内風呂がついていた。というか、屋内風呂があるからこそこの宿をとったんだろうけど。
んー、やっぱりお風呂は屋内よねー。何も気にせずのんびりできる。
夜星空を見ながら入る温泉とかも嫌いじゃないんだけど、それは人の寄り付かない秘境とかに限った話。こんな街中では屋内こそが至高。
「お湯、流しますね。目を瞑っててください」
「はーい」
シエラの言葉に従って目を瞑ると、頭上から暖かいお湯が少しずつ流されていく。
「熱くないですか?」
「大丈夫ー」
ここ最近はずっと別行動だったからそんなことはなかったけど、シエラが私のこういった世話をすることは珍しくないので手つきも手慣れたものだ。
彼女は、私の長い髪をその尖端迄すすぎ、
「お顔、ちょっと失礼しますね」
「ん」
それからそう声を掛けられて、手ぬぐいで顔が拭われた。
「はい、大丈夫です」
「はーい」
ゆっくりと目を開ける。
「それじゃ、次はお体の方を洗いますね」
「うん、お願い。あ、洗いながらでいいからちょっとお話しようか?」
「そのフレアという少女の件についてですか?」
「そうよ」
とりあえず私もとっととお風呂に入りたかったので、フレアの件はまだ必要最低限しか話していない。これからどうするかという相談はまだ。
頷きを返すと、シエラが無言で私の体を洗いだしたので私は言葉を続けることにする。
「とりあえず彼女を連れ帰るのは確定とするわ」
「魔王討伐の為のパーティーのためですか? それとも我が軍の人材として?」
「決めてないわ。現状だと力の使い方どころか世間の事すら殆ど知らないだろうし、その辺の判断はいろいろ教えこんでからになるでしょうね。ただどちらにしろ、あれほどの人材を見逃すことはありえない」
「伺っている話からするとそうでしょうね。ただどうやって連れ帰りますか? あの能力からすると人のいるところに連れていけないでしょう。リン様の位置は随時確認しておりましたが、結構な範囲ですよあの結界」
「そこは……少し鍛えてからにするしかないでしょうね。幸いあそこは他の人間は近よらないから私が滞在していても問題なさそうだし」
私の答えに、彼女は私の体を洗う手は止めず、ただ嘆息する。
「……帰るのが遅れそうですね」
「不満?」
「いえ、必要な事だと判断できます。あのレベルの人材がパリス聖王国あたりにスカウトされると面倒な事になりそうですし」
「今まで見つかってなかったのが奇跡だったくらいだからねぇ」
「でもどうします? 当人の同意がもしとれたとしても曲がりなりにも貴族の令嬢です。町人の娘を連れていくようにはいかないでしょう」
「そうよねぇ」
街娘が一人くらい失踪したくらいなら、正直この世界では大した問題にならないだろう。せいぜい住んでいた街とその近郊に捜索願いが出るくらいだ。だけどさすがに貴族令嬢レベルとなるとそうもいかない。
連れ出しが問題になった後に私と彼女が一緒にいるなんてこと知られたら、人間の貴族令嬢を誘拐したとしてそれこそパリス聖王国が英雄を何人か派遣してきかねないのよね。
私は人間の国とは戦端を開く気は毛頭ないからなー。勝てないとはいわないけど被害は出るだろうし何よりめんどくさい。
ただ彼女の場合は、恐らく殆どの人間が彼女の顔を知らないはずであるというメリットがある。母親の若いころにそっくりとかになるとちょっと面倒だけど……
「何にしろ、彼女と彼女の家についていろいろ調べてからよね。シエラ、お願いするわね」
「承知いたしました」
「私の方も聞き込みはしてみるわ」
「それでは数日はこちらに?」
「情報が集まるまではね」
「承知いたしました」
同じ言葉なのにさっきより声のトーンが一個上がった気がする。
「お背中、お湯流します」
「はーい」
「前も洗いましょうか?」
「ん-、今日はいいわ。それより今度は私が洗って上げる。位置変わりましょ」
「……はい」
私は立ち上がると、シエラの肩を掴み先程まで自分が座っていた位置に彼女を座らせる。
横に空いている体を洗うための道具を鼻歌を歌いながら手に取ると、シエラが振り返って上目遣いにこちらを見上げてきた。
「あのリン様」
「なぁに?」
「お手柔らかにお願いします……」
体洗ってあげるだけだよ?




