魔王様とひとりぼっちの少女③
成程。
彼女は元々高い魔力を持っていたのだが、産まれてからしばらくはそれが今のように垂れ流しになる事もなく体の内に収まっていたのだろう。それがその男の視線に嫌悪感を感じたことによりタガが外れて外へあふれ出した。そしてそのトリガーとなった感情が近く寄りたくないという感情であったため、その力は人を遠ざけるものとして力を発揮した。そういう事だろう。
恐らくその魔力の効果にレジストできる力を持っていない存在なら、彼女に近づくほど強い不快感を感じたり無意識に足を逸らしてしまったりして、接近することを自然と断念するはずだ。
そんな人間が街の中で暮らす事は不可能だ。だから彼女の両親はこの森へフレアを隔離したのだろう。それはまぁ、わからないでもない。
──ただ、疑問はいくつもあるのよね。
一つは両親すら一度も会いに来てない事。これはあくまで人払いの結界だ。非常に強い意志を持っていれば、会いに来る事も不可能ではないハズ。赤の他人やただの使用人ならともかく、愛情を持った両親が一度も会っていないというのはあんまりだろう。
それから逆に、両親以外で会いに来ている使用人であろう二人。この二人はむしろ何故会いに来れているのか。両親に匹敵する愛情を彼女に抱いていたということだろうか。
そして一番の疑問。
彼女の力は何故放置されている?
彼女の無意識人払いは力の垂れ流しが原因だ。要するに力の制御を身に付ければ押さえつけられるはずだし、その技術自体はさほど難しくない。
一般人や力の弱い術士なら気づくことすら無理かもしれないが、さすがにいくら辺境に近い地域とはいえ一定以上の力を持った術士が一人も来たことがないというのは考えづらいし、聖王国あたりに彼女の存在が知れれば間違いなくスカウトが来ているハズ。なのに彼女は10年もこんな場所で独りぼっちだ。
ただまぁこの辺りはフレアに聞いても分かる事ではないだろう。一度街の方に行って情報収集をするしかないかしらね。
ただ、今日は──
「あの、お姉様」
フレアが上目遣いに、すがるような目でこちらを見つめながら声を掛けてきた。
「なぁに?」
「あの、そろそろ暗くなってくる頃ですが、お姉様はあの……」
確かに、外は陽が落ちてきている。街へ向かうならそろそろここを離れないと、森を出る前に陽が暮れてしまうだろう。
だから、私は微笑みと共に彼女に向けて言った。
「そうね。──悪いけど、今日はここに泊めてもらえないかしら?」
「っ! 是非是非!」
ふふ、本当に感情の表現が豊かな子ね。感情を向ける相手がいない生活の中でこんな子が育ったのは奇跡じゃないかしら。
それから私は彼女が嬉々として作った料理を頂き(さすがに一人暮らしが長いだけあって手際は見事なものだった)、それから二人で一緒のベッドに潜っていろいろ語り合った。
彼女の知識はほぼ全て書物から得た物らしく、いろいろ質問をされたり話を求められたりしたが、何を話しても彼女が大きく反応するのでこちらとしても楽しい時間だった。
そして、夜も更けた今、彼女は私の手をぎゅっと握りながら安らかな眠りを見せている。
彼女が人に……いえ、生き物の温もりを受けて眠るのは10年ぶりだろう。充分に満喫して欲しい。
なにせ私は、自分の身内に対しては優しいのだ。
そう、彼女はもう私の身内にするのに決めた。何せすべての状況がそうしろと言っている。
「それにはまずいろいろ調べないとね」
彼女を連れ出すのは簡単。でも下手すると人間達と交戦状態になる可能性もあるからどう連れ出すかが重要だ。その為にはまず下調べ。明日は街に行ってシエラにいろいろ協力を頼まないと。
「でもまぁ、今は……」
欠伸が漏れる。魔王様だって普通に眠くなるのだ。そろそろこの眠気に身を委ねるとしよう。
「おやすみ、フレア。また明日」




