魔王様とひとりぼっちの少女②
「よろしければどうぞ」
言葉と共に、目の前に琥珀色の液体が注がれたティーカップがサーブされる。
「ありがとう」
紅茶かな? と思いつつ口を付けてみるとやはりそれっぽい。ただあまり覚えのない感じなのはこの地方独特の品なのだろうか?
「お口に合いまして?」
「ええ、おいしいわ」
にっこりと微笑みと共にそう問うてきた彼女に、頷きを返す。
私と彼女──フレア・リューベックと名乗った──は森の中にある木造建築の建物、すなわち彼女の生活する住居の一室にいた。
正直、粗末な家だと思う。
いや、部屋は複数あるし家財道具もきちんとそろっている。調度品の類は殆どみかけないが、森の奥深くに立てられた家としては充分立派だろう。
だが、目の前の少女とは釣り合わない。
彼女が森に引きこもった偏屈の魔術師のような外見であれば、この住処はお似合いだったろう。だが先程の行動のせいで多少裾が汚れてしまったとはいえ着ている服は上質なものに見えるし、何より彼女の外見がこんな場所に在るようなものではない。
装飾品に彩られた邸や、数多の町人が集まるような劇場。そういった所にあるべきだ──私でなくても大抵の人間はそう思うだろう。
衣服を身に纏った後彼女にここに連れてこられた時は、ここはあくまで休憩所のようなものだと思ったのだが、どうやら住んでいるのは間違いないようだ。
「フレア」
「はい、何でしょうかお姉様」
私が声を掛けると、彼女ははにかんでそう私の事を呼ぶ。先程あったばかりの私をいきなりそう呼び始めたのは謎だが、そう呼ぶ度にその言葉を噛みしめるようにするのが可愛くてそのままにさせていた。
まぁそんな呼び方をしてくるくらいだし、彼女は私に対して非常に友好的だ、いろいろ聞きたいことがある私としては非常に助かる。
それじゃぁ順番に聞いていくとしましょうか。まずは一番気になっていることから。
「ねぇ貴女。ここにはひとりで住んでいるの? それとも同居人がいるのかしら」
「わたくし一人で暮らしておりますわ。ただユキが通いで来てくれておりますが」
「ユキ?」
「わたくしの世話をしてくれている娘ですの。食料品や衣類、本などを持ってきてくれるのですわ」
「それ以外の人間はあまりこないのかしら?」
そう問いかけると、彼女は少し寂しげに笑った。
「ここに来るのはユキだけですわ。ここに来ていただけたのはお姉様で3人目ですの」
「3人? もう一人いるのかしら?」
「ユキの前の私の世話役ですの。何年か前に変わってからは一度も来てはおりませんわ」
「……何年か前? 貴方いつからここにいるのよ?」
確かに建物自体は年期が入っており、ここ最近使い始めたというような感じではない。だけど──何年?
私の言葉に彼女はちょっと考えてから、答えた。
「確か、こないだ10回目の冬を超えたと思いますの。ですから、10年でしょうか?」
その回答に、私はすぐに言葉が出なかった。
10年。彼女の年齢が見た目通りであればまだ5歳か6歳からここにでいることになる。しかもほぼ一人きりでだ。
異常である。
ただまぁ、理由は予想はつく。が、一応確認だけしてみた。
「フレア。この森に来てからずっと動物を見てないんだけど、貴方がここに来た時からそうだったの?」
「ええ。この森に来てから一度も動物を見たことがないんですの。だから先程お姉様のお姿を見たとき取り乱してしまいまして……申し訳ありませんでしたわ」
「それは気にしなくていいわ。なんなら後でまた触らせてあげるわよ」
「本当ですの!?」
「はいはい落ち着いて。それで貴女、昔から動物とかは近くで見たことないのかしら?」
「いえ、幼い頃は普通に動物とも触れ合えてましたの。動物というか他の方もですわね、見なくなったのはここに来る直前からですわ」
「ふむ。ねぇ、そうなった時に何か嫌悪感を抱くようなことってなかったかしら?」
「……ええ、覚えておりますわ。ある日屋敷に見知らぬおじ様がいらしてたのですけど、その方が私を見る時の瞳に何故か非常に嫌なものを感じまして……それからだと思いますわ」




