魔王様はモフられる①
視線を上に向ける。
頭上、ならば空を飛んでない限りは木の上だ。そして声の位置はかなり近かったから空ではない。
頭上の木に何かが潜んでいる。
私は後ろへ大きく飛び退ると、視線を頭上に向ける。
そこには、白いモノが広がっていた。
へ?
あ、布だこれ。
そう思った瞬間には、その布は私がさっきいた場所へと落下してきた。大きく広がる白い布、その下に肌色がちらりと見え、そしてすぐに白い布に隠される。
その代わりに、今度は上側の布に覆われていた部分が露わになった。
少女だ。
上から落ちてきたのは、年の頃15、6位の美しい少女だった。
純白のドレスを纏った、艶やかな金髪を後ろで束ねた碧眼の美しい少女。屋敷の一室で見かけたなら"深窓の令嬢"という言葉が思い浮かびそうな少女が、頭上から降って来た。
いや、なんで?
恰好も容姿もこれでもかってくらいお嬢様なのに、登場方法が完全に野生児なんだけど。そもそもその格好で木に登るのヤバくない? あー、ほら小枝とか葉っぱとかそこら中に付きまくっちゃってるじゃない。
少女は着地で沈めた腰をゆっくりと上げると、こちらを正面から見据えてきた。
その表情に、森で獣と遭遇したことによる怯えの色はない。というか怯えるくらいならそもそも木から飛び降りてこないだろう。
むしろその瞳は熱く潤んでいるように見える。
更に彼女はそのまま、おぼつかない足取りでこちらに近寄り始めた。その細く白い腕を伸ばし、小さなお口を今はだらしなく半開きにして──
なんかこの姿、妙に既視感あるのよね、何かしら。
あ。
ゾンビ映画じゃん! この動きまんまゾンビじゃん! 随分可愛いゾンビだけどさ!
それに気づいて思わず無意識に一歩後退すると、その少女の顔に瞬く間に悲しみが浮かび上がる。
「あっ、あっ、逃げないでくださいまし! 酷い事は何もしませんわ!」
その表情と声音があまりにも同情を誘うものだったので、私は一歩踏み出し下がった体を元の位置に戻す。すると今度はぱぁっと花でも咲くように彼女の顔が歓喜に染まった。
ジェットコースターみたいに表情変わる子ねぇ。
言葉の通り、近寄り方はちょっと恐いものの、こちらに危害を加えてきそうな気配は確かにない。魔力の集中も感じないし。
集中して探ってみれば周囲に充満する高い魔力の中、特に濃く感じる場所が彼女と重なっているので、彼女が私の探し求める人物──結界を張っている術士であることは間違いなさそうだ。
この姿のままで遭遇しちゃったのはちょっと予定外だったけど、なんでか怯えたり警戒されたりはしていないみたいだしまぁOKかしらね。
少女はゆっくりとこちらへ近寄ってくる。一歩、二歩と恐る恐るだ。恐らく、一気に近寄ってこちらが逃げ出してしまうのを警戒してるのだろう。
勿論私の方にそういう意志はない。なので、私は狼の体を地面へと横たえた。
うん、さっきの悲し気な表情であることを思い出したから。
猫大好きなのになぜか近寄ろうとするとよく逃げられていた友人が、よくしていたアレ。つまりそういう事よね?
だから私は、わざと体の横をさらけ出すようにする。
あと一歩踏み込めば届く、それくらいの距離まで近寄っていた少女は、その私の動きを見て少女は一瞬きょとんとして、それから、
「さ、触っても大丈夫ですの?」
その言葉に私が頷いた瞬間、彼女は一気に距離を詰めてきた。そして私の胴体に体全体をぶつけるように寄せてくる。
「あああ、もっふもふですわ! もっふもふですわ!」
私の体に顔をよせるとその感触を味わうように、顔をぐりぐりと擦りつけてくる。なんかちょっと湿ったものを感じるんだけど、これ涎かな?
「本物のもふもふですわ~」
よーしよーし、全身で味わいなさい。柔らかい女の子の体なら大歓迎よ。涎はちょっと拭いて欲しいけど。
「うっ、うぐっ、うえっ」
泣いた!?
情緒不安定だなぁと思いつつ、体を捻って彼女の手の甲をぺろりと舐めてやる。
その感触に少女はビクンと体を震わせると、涙と涎でぐずぐずになった顔を上げて
「ぺろぺろですわ! もっとぺろぺろして欲しいですわ!」
なんかやましい感じに聞こえるのは、私の心が汚れているからかな?