魔王様はこの世界の住人です②
と、その可愛らしいシエラの表情からスッと感情がひいた。同時に目つきが細められ厳しいものとなる。
「あれ、どしたの? 怒った?」
「いえ……見られてますね」
「ん? さっきのなでなで見られてた?」
「……ほんと何も感じないんですねリン様」
「わかりきった事を再確認しないでよろしい。それで?」
私が頷くとシエラは頷き、周囲を見回してから
「恐らく7、8人前後。こちらの方へ向かってきます」
その言葉と彼女の態度で、私は事態を察する。私気配の察知に関しては雑魚キャラだけど別に無知ではないので。
ようするに、ろくでもないものが私達の方へ寄ってきてるという事だ。
「どうしますか?」
「こっちに寄ってきてるのは魔族じゃないわよね?」
私の問いにシエラは頷く。
魔力感知を遠くまで飛ばしてみたら、微弱だが確かに複数の反応もあった。その感じからして魔族の感じではないし、魔力が微弱なのも隠蔽しているわけではなくその程度しかない感じだ。
要するに、脅威ではない。
だから私はシエラに告げた。
「このまま進みましょ。予想通りだったら──任せるわ」
「一掃してしまっても?」
「構わないわ」
「承知いたしました」
彼女は姿勢を正し頭を下げてから、私の前に立って歩き始める。私はその後ろを一応周囲に気を払いながらものんびりと着いていく。
そうやって数分程歩いた辺りだろうか。街道の右側に広がる森の中から、いくつもの人影が出てきて私達を取り囲んだ。
その姿はバラバラだが、大体革製の粗末な防具を身に着け、手には抜き身の短剣や長剣。顔には皆下卑た笑いを浮かべている。
はいはい、テンプレテンプレ。となると次に来るセリフも予想できるよね。
「よう、お嬢ちゃん達。悪いが有り金置いていってもらおうか」
はい正解ー!
で、次に来るセリフは、
「いや嬢ちゃん達自体の方がいいな。とんでもない上玉だぜ」
……台本でもあるのかな? 予想通り過ぎてこわいんだけど。まぁとんでもない上玉ってのは事実だけどさ。
ま、ようするに強盗って奴よね。
大きな都市の近くではほぼ見かけないが、今私達がいるのは割と中央から離れた田舎に近い場所なので、無防備に街道を歩けばこういうのもたまに出てくる。特に今の私達は武装もなく護衛もいない(見かけ上は)か弱い女二人組だ。しかも美女二人。そういう連中が生息していればそりゃ狙ってくるだろう。
まぁその結果彼らは思い切り外れを引いたわけだけど。
私としては最初のテンプレセリフが聞けた時点で後の興味は失せた。このまま喋らせても、私の予想通りのつまらない事しか喋ってくれないだろう。
だから。私はシエラに対して告げる。
「いいわよ、シエラ」
「は」
彼女は小さく頷くと、眼前の空間に手を伸ばした。
「イグニス」
それは小さな呟き。
だがそれに呼応するように、次の瞬間には彼女の手には黒い刀身の長剣が握られていた。
「え、は?」
突然の出来事に間抜けな声を上げつつ、だが強盗達は慌てて武器を構えようする。
だが遅い。
彼らが武器を構えきる頃には、すでにとある部分が体から切り離されていたから。
「え」
地面に落ちた首がそう呻き声をあげ──そしてまるでそれが引き金のように、その頭部と残った体の双方が一瞬で燃え上がる。
その様子を見て私はパチパチと手を叩く。
「お見事」
「お粗末様です」
彼女は空間に差し込むようにして黒い刀身の剣を消してから、私に対して一礼する。
うん、見事な手並み。ほんの一瞬の間に彼らの方へ踏み込んで一気に全員の首を落とした剣技は鮮やかなものだった。彼らもウチの実力№3の美技を見れて幸せだろう。まぁ速すぎて彼ら程度では認識できなかったかもしれないけどネ。
落ちた首と倒れた身体の方をみれば、そららは炎に包まれてすごい勢いで灰へと変化していっていた。
本来であればあり得ないことではあるが、まあこの炎はそういうものだ。
ちなみに私はこの光景を見ても別に何か感じることはない。どうでもいい存在がどうなろうが知ったこっちゃないし、こっちに来てから数ヶ月程度で元居た世界の倫理観なんてぶっ壊れてるんで。
私はもう心の隅までこの世界の住人なんだよね。