魔王様の帰省②
屋敷の扉は立派な作りはしているが、サイズとしては普通サイズの範疇だ。でかくても不便なだけだからね。魔族の中には体のサイズが大きいのもいるからそういった人材がいる場合はそれに合わせて扉も大きくなるけど、ウチの関係者は基本的には人型サイズだ。
私は手に魔力を込めて、扉のノブに当たる部分に手を触れるとガチャリと音が鳴った。
これぞ我が屋敷の誇るセキュリティ、魔力認証! 登録された魔力の波長の人間のみ開けられる扉ってわけ。作ったのはウチの技術担当。うちの子すごくない?
まぁそれはおいといて鍵は開いたので、そのままノブを回して扉を開く。
広がるのは大き目のエントランスだ。この建物は奥に広いつくりになっており、手前側が執務関連の部屋、奥の方が個室になっている、まぁ執務関連といっても直接住人がここに陳情に来るわけじゃないからそれほど人影もない。実際エントランスにあった人影は一つだけだった。
「ようやく返って来たか、嬢」
駆けられたその声に、最初に反応したのは私ではなくフレアだった。
「お魚の時のオジサマですわ!」
「魚?」
うんまぁフレアの言いたい事はわかるんだけど、アヤネの一件に関わっていないと意味不明だよね。
怪訝そうな顔をした白髪で筋肉質の老人に、私は駆け寄って抱き着く。
「オールバンっ! ただいまぁ~」
「いや抱き着いてこないで貰えるか、嬢」
「あらつれない」
「ワシの手元を見ろ」
言われて見たら彼は何枚かの書類らしきものを抱えていた。
「あらごめんなさい」
「ギリギリかばったから大丈夫だがな、というかこういうのはゼダ辺りにやってやれ、多分昇天するぞ」
「さすがにゼダでも死なれたら困るんだけど……私こういうのはオルバンにしかしないわよ?」
「孫が祖父に甘える感覚だろう、それは」
ご名答。本来の姿であるリンの時は私の意識は概ね女性側に倒れているけど、前世?が男なせいか男性とべたべたする気は余り起きないのよねぇ。絶対に嫌! というわけではないけども。
だから特に意図なしで抱き着くのは彼くらいだ。
彼の名前はオルバン。実力としては私に次ぐナンバー2で私がいない時の代表みたいなもんだし、なんなら私が本拠にいる時でも大部分は彼が実務を担っているから事実上の№1的な頼れるおじいちゃんである。正直オルバン相手なら親愛のほっぺへのキスくらいなら全然できる。オルバン嫌がるからしないけど。
ちなみに外見的な年齢は60歳くらいに見えるけど実年齢はずっと上との事。魔族は人より寿命長いからね。
「まぁなにはともあれお帰り、嬢。シエラもお疲れ様だったな」
オルバンの言葉に、シエラが小さく頭を下げる。なんか私とシエラよりオルバンとシエラの方が上司と部下っぽくない? まあ私とシエラはそういうの超えた仲だからいいけどね?
「でだ。一応ゼダやヘイゼルから話は聞いちゃぁいるが、お客人の紹介をしてもらっていいかな、嬢」
「あ、うん。でもちょっと待って」
なにせ魔族じゃない同行者の方が多い状態なので、勿論紹介はするつもりだけど…私はエントランスの中を見回すと、いつの間にか奥への通路の手前の所で待機していた翡翠色の髪をしたクラシックなメイド服を着た女性を視界に捉えた。ちなみにシエラが私を世話するときに身に着けたりするメイド服とちょっとだけど違うけど大体同じ奴だ。
「エリスぅ~、こっちおいで」
「承知いたしました、リン様」
メイド服の女性──エリスは私の指示に従ってこちらに近寄ると、一礼をする。
「お帰りなさいませ、リン様」
「うん、エリス、ただいま」
彼女は私がこちらの世界に生を受け、アージェと別れてから最初に辿り着いた村の村長の娘だ。村にいた時から割と面倒を見てくれたんだけど、魔王になった後も私の生活回りの面倒を見てくれている。ある意味一番古参の部下的な存在になるわけで、今はハウスキーパー、すなわち家政関連の統括を行ってくれている。ちなみに戦闘能力はあまりない。か弱い子である。護らねば……
彼女は割と前に前に出てくるタイプが多いウチの中では一歩引いたポジションを取る人物であり、今も私とオルバンの会話を遮らないようにして待機していてくれたのだろう。
で、その彼女を呼び寄せた理由はただいまの挨拶をするためだけじゃない。
「エリス」
「はい」
「現在、屋敷にいる住人だけだけど……集めて貰える? 場所は、応接でいいかしら」
「承りました」
わりと人数多いし、紹介は一回で済ませたいじゃない?