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出撃前と整備兵

 大声が聞こえる。

 ヘルメット越しに聞いていても思わずのけぞるような、そんな声だ。


 整備班班長の怒号。しかし、悪いことではないと、ライアーは思っている。

 なにせ自分たちの整備しているものは、この世の生み出したもっとも複雑な機械だ。


 乗り込み式の二足歩行ロボット。サイズは一五mクラス。

 更にいうなら陸海空のみならず、宇宙空間での戦闘すらも可能という、気の遠くなるような代物が戦場の主役になって何年になったか、もう分からない。


 しかし、いつの時代もこの兵器に難儀する存在が、ライアー達整備兵だ。

 膨大なパーツ数、複雑な操縦系統、人工筋肉を用いた関節、それぞれの機体に応じた武装ユニット。整備する項目だけでも尋常ではない量だ。

 こればかりは時が進んでも直りそうもない。


 メーカーは単純だ。新しいマシンを作ればいいのだから。

 しかし整備班はそうはいかない。

 機種が刷新されればそれの専用マニュアルを嫌というほど読み漁る。


 前の機種の改良型なら勝手も同じようなものだから覚えられる。

 しかし、しかしだ。ライアーの担当している目の前にいる機体は、複雑さ、という観点だけを見れば、めまいすら覚えるような機体だ。


 パイロットが専用で作らせたワンオフ機。それも量産されている主力機のパーツ互換があまりないと来た。


 別にそれだけならいい。

 問題はその構造だ。

 より攻撃力を出すために武装を追加する意味も込めて肩から更に腕を生やし、腰のスカートアーマーには近接戦用の隠し腕、更にはスネにも不意をつくための大型ブレードが隠されている。


 しかもここは宇宙空間だ。当然宙間戦闘用のカスタマイズも、あらかた済ませてあるとは言え最終確認は必要だ。

 宇宙戦艦の中でハンガーにロックされたモノアイのその機体が、じっとこちらを見ている気がするのが、少し腹が立つ。


 しかし何より苛立つのが、これに乗っているパイロットだ。

 ライアーは地面を蹴り上げ、胸部にあるコクピットに向かう。

 整備ブロックは無重力空間だから、地面を蹴り上げればすぐさまコクピットまで上がることができる。そこだけは楽でいい。


 案の定、コクピットには男が一人、パイロットスーツを着て座っている。

 しかし、ピクリとも動かない。

 手はだらりと無重力に漂い、脊椎はシートの後部とコードで直結されている。


「お前、相変わらず複雑な機体に乗ってるなぁ。めんどくさいだけだろうに」


 ライアーは呟くが、反応はない。

 ため息を吐いて、コクピットの中に入り、ヘルメット越しに男を見た。

 生気が、全くない目をしている。


 それもそうだ。この男はとうに『死んでいる』のだから。

 死んだ兵士を機械と直結させ、機体の起動と同時に死者となっている兵士に大量の特殊な薬剤を注入させることで復活させる。

 ゾンビのようになった兵士には、ただひたすらに戦うことのみが要求される。


 こうなった理由は一つ。単純にこちらの兵力が圧倒的に敵に対して劣るからだ。だから死人だろうと再利用する。

 この男も、そんな者の一人だ。

 そうなった者はもう生前の名前で呼ばれることはない。

 ただマシンの中のAIと操縦システムとして扱われる。


 ライアーはコクピットのコンソールパネルを操作してシステムを立ち上げた。

 コクピットの中の男の体が、ビクビクと痙攣した。

 痙攣が収まったところで、目に生気と、狂気が宿る。

 そして、あれだけ漂っていた腕も、しっかりと力が入っていた。


「またてめぇのツラ拝む羽目になるたぁな、ライアー」


 まだ、少しかすれた声で、相変わらずの皮肉をいう。

 そんなゾンビの相手をしなければならないのが、ライアーがまた面倒だと思う事柄の一つだ。

 こんなに流暢に皮肉を言うゾンビもそうはいまいとは思う。それが面倒というのが理由の一つ。

 もう一つの理由は、AIとかの無人に置換すればいいものを、何故こうも人間は生のものに拘るんだと、人間の尊厳を踏みにじっているような罪悪感に襲われること。それを考えなければならない気がするのが理由だ。


「まだ罪悪感抜けきんねぇのか、ライアー」

「まぁな。今頃本来なら棺桶で寝てるはずのお前が、強制的に黄泉の国から蘇らされて戦わされる。それもなんだかなってな」


 ライアーが肩を落とすと、男は呵々と、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「棺桶はどうせなら豪華な方がいいだろ。だからこの機体は俺専用に設計されてるんだろうが」


 そう、この複雑怪奇なカスタムマシンは、この男の要望を全て取り入れて完成された。

 ゾンビになって以降、この男が繋がれたコクピットフレームを基礎に、この男の要望を全て入れた上でこの機体は作られたのだ。

 この国軍のゾンビの機体は、そうやって作られている。

 だからフィッティングまで完璧なのだ。


 そして、ライアーはこの機体を手掛けた、技術スタッフの一人だ。

 だから他の機体に比べて遥かに複雑なこの機体の構造も、頭に入りきっている。


「で、俺を黄泉の国から引き戻したってことは、また出撃だろ? 数は?」

「相手の兵力はざっとこっちの倍らしい。もっとも、あちらにはこっちのような変な兵器はないがな」

「だったら今回もなんとかなるだろ」

「気安く言うなよ。俺はいつでもビクついてるよ」

「直接戦闘するわけでもねぇのにか?」


 ライアーは男の言葉にため息を吐く。


「俺たち整備兵にとっちゃ、お前たちパイロットが帰還するまでが戦場だよ。帰還しなかったら何か悪かったんじゃないのかと、一気にのしかかってくる。存外きついんだぞ、これ」


 パイロットが戦死したとき、機体の整備が悪かったのではないかという衝動に駆られる時がある。親しかったパイロットなら尚の事だ。

 だが、この男はライアーのその言葉を、ため息交じりに聞いていた。


「ライアー、パイロットが死ぬのなんざ所詮運だ。整備班の整備した機体に命預けるからには信頼が第一だろーが。それでおっ死んだらそんなもん死んだ奴が悪ぃんだよ。俺はそれで死ンだんだからな」

「ああ、そういえばそうだったな」


 この男から聞いたことがあった。

 直属の整備兵とくだらないことで喧嘩になり、整備兵が機体のバランサーを異常値に設定。結果操縦がおぼつかなくなり、死んだと。


 それでもなお、この男は整備兵を信じていたのだと言っていた。

 自分が悪いと、信頼を損ねることをやったのが悪いと、そう言っていた。


 皮肉屋のくせに聖人君子みたいな性格だと、この矛盾の塊のような男を見る度にライアーは思うのだ。

 死体は回収され、黄泉の国から引き戻しては戦いをし、戦いが終わればまた黄泉の国に帰る。その繰り返しだ。

 よく精神がイカれないものだと思うのだが、それもまたその精神性が為せる技なのかは分からない。


 そう思った直後、出撃まで後五分のため、整備班はエアロックに退避するように司令が下った。


「あー、もうこんな時間か」

「メンテは一通りやった。しくじるなよ」

「わーってるよ。お、そうだ。ライアー、景気づけ頼む」

「あいよ」


 ライアーはバックパックからスキットルを出して、男に放った。

 ゆっくりと、スキットルが宙を舞い、男が手に取った後、中に入っていたウィスキーを一気に飲んだ。

 酔うことも、味覚もないが故に、こうしたことが許される。

 そして、景気づけは帰るために必要なのだと、この男はよく口にしている。


「OK、飲み干したな。帰ってきたら追加しておいてくれよ」

「わーったよ」


 男がスキットルをライアーに放ったので、ライアーはそれを受け取る。

 コクピットハッチが閉まった。


 ライアーは地面を蹴り上げ、エアロックへと移動する。

 あの整備した機体を、もう一度見た。


 今、あいつはどんな顔をしているのだろう。

 戦場に辟易しているのか。それとも、狂喜しているのか。


 どちらもだろうなと思ってから、ただ一言だけ、呟いた。


「もう一度死ぬなよ」


(了)

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