【コラボ小説作品】桜舞う季節、僕は初恋のあの人に告白す
こちらは香月よう子様とのコラボ小説です。
それは高校卒業式の帰りのことだった。
「あっくん! あっくーん!」
聞きなれた、というよりはだいぶ懐かしい声が耳に響いた。
声のする方を向くと、近所に住む春奈ねえちゃんが全力疾走で僕の方に向かってくるのが見えた。
「あ! 春奈ねえちゃん!」
思わず声が裏返る。
春奈ねえちゃんは手を振りながら「久しぶりー!」と叫んでいた。
「ひ、久しぶり!」
平静を装いながら手を振り返すと、春奈ねえちゃんはそのまま僕の真正面で止まった。
「今、帰り?」
「う、うん。今帰るとこ」
「よかった。じゃあ一緒に帰ろ!」
そう言って春奈ねえちゃんが隣に並ぶ。
それだけで僕の心臓はドキドキと高鳴った。
春奈ねえちゃんは近所でも超がつくほど有名な美人さんだ。
いや、県下一かもしれない。
噂では春奈ねえちゃん見たさにテレビ局の人間が押しかけたこともあったという。
地方のモデル雑誌にも出たことがあるらしい。
そんな春奈ねえちゃんは僕にとって高嶺の花だった。
高嶺の花どころか、天空の花だった。
脚立を使っても梯子を使っても届かない、空に浮かぶ綺麗な花。
いや、実際そうなのだ。
春奈ねえちゃんはCAさんとして毎日空を飛び回っているのだから。
まさに天空の花。
そんな天空の花・春奈ねえちゃんに僕は尋ねた。
「そっちもフライトの帰り?」
「うん、そうだよ。いまの私、帰国子女」
「それ意味違くない?」
プッと笑う。
春奈ねえちゃんは顔も頭もいいくせに、たまに変な冗談を言う。
でもそんなところも僕にはたまらなかった。
「あっくんは? 卒業式の帰り?」
春奈ねえちゃんは僕の手に握られた卒業証書の筒を見てそう言った。
「うん。卒業式の帰り」
「そっかー、今日で高校卒業なんだね」
「来月から大学生だよ」
「あんなに可愛かったあっくんが大学生だなんて、ちょっと信じられないな」
寂しそうに笑う春奈ねえちゃん。
「ちなみにどこの大学?」
「桜加大学」
「うわー、賢い大学に入ったんだね」
「そ、そうかな?」
「桜加大なんて、超名門大学じゃない」
「春奈ねえちゃんだって、星城女子大学卒業じゃん。超お嬢様学校!」
「それ言わないで。お母さんの単なる趣味だったんだから」
春奈ねえちゃんのお母さんは娘をお嬢様学校に通わせるのが昔からの夢だったようで、でも経済的にかなり無理をしたらしい。
春奈ねえちゃんは、CAさんとなってからその時かかった費用を毎月少しずつ返済してるという。
さすがと言うか、なんと言うか。
「でもあっくんも来月から大学生かぁ」
「うん。来週、引っ越し」
「あ、じゃあさ、あっくん」
「何?」
「今から三丁目公園の桜を観に行かない?」
「え? 今から?」
「うん。毎年、観に行っているでしょう? 今度いつ観られるかわからないし。ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
むしろダメなものか。
春奈ねえちゃんとまた桜が観られるなんて願ったり叶ったりだ。
「でもいいの? 春奈ねえちゃん、フライトの帰りなんでしょ? 疲れてない?」
「うふふ、あっくんの顔見たら疲れなんか吹っ飛んじゃった」
「おっふ……」
冗談であっても嬉しかった。
ニコニコと笑う春奈ねえちゃんに、僕も癒される。
「春奈ねえちゃんさえよければ……」
「いいよいいよ。じゃあ、行こ」
春奈ねえちゃんはそう言って僕の手を掴むと三丁目公園へと歩き出した。
◇◆◇
三丁目公園の桜は見事に満開だった。
毎年この時期はたくさんの桜の花びらが舞って、公園中をピンク色に染め上げている。
「綺麗だねー」
公園内を歩きながら春奈ねえちゃんが言った。
「うん」
と僕が答える。
はらはらと薄く淡いピンクの花びらが風にそよいでいた。
それは幻想的で美しい光景が目の前に広がっていた。
「今年もこの桜を観に来られて良かったわ」
髪の毛に手を当てながら、春奈ねえちゃんが呟く。
うっとりと桜に見入っているようだった。
「ねえ、あっくんもそう思わない?」
「え? う、うん……」
そ、それは、『僕と二人で』ってこと?
いやいや!
そんなはずはない。
だって……春奈ねえちゃんには……。
「ねえ、春奈ねえちゃん」
「なに?」
「ひとつ聞いてもいい?」
「ひとつでもみっつでもよっつでも聞いていいよ。好きな食べ物はカレーよ」
「……そういうことじゃなくて」
なんで好きな食べ物を聞こうとしてると思ったんだろう。
「風の噂で聞いたんだけど……春奈ねえちゃん、もうすぐ結婚するって本当?」
「え?」
その時、春奈ねえちゃんの足取りが止まった。
明らかに想定外の質問だったらしい。
ちょっと目が泳いでる。
「春奈ねえちゃんがもうすぐ結婚するって聞いたもんだから……」
「……そうなんだ」
「本当なの?」
「ええ、本当よ」
春奈ねえちゃんはうっすらと頬を赤らめながら、躊躇うようにそう呟いた。
やっぱり……。
やっぱり本当だったんだ……。
「……どんな人?」
「同じ職場の人。2つ年上のパイロット」
そう言ってとても幸せそうに笑った。
僕はショックで倒れそうになった。
年上でパイロット……僕なんか出る幕はない。
僕は大きくため息をついて言った。
「ねえ、春奈ねえちゃん」
「ん?」
「驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
「なあに?」
「僕ね……、ずっとずっと春奈ねえちゃんのことが好きだったんだ。昔から」
そのとき。
一陣の風が吹いて、ざあっと桜吹雪が舞い上がった。
それは言葉に出来ないほど美しい光景だった。
花吹雪が去った後、そこに立っていた春奈ねえちゃんは一瞬驚いた顔を見せたけれど、やっぱり変わらず華のような笑みを浮かべていた。
「その言葉、一年早く聞きたかったな」
「え……?!」
ドクンと心臓が高鳴った。
一年早く?
それってつまり……。
声にならない声で喉を詰まらせていると、春奈ねえちゃんはいたずらっぽく笑いながら
「なんてね」
と片目をつむってみせた。
「ありがとう、あっくん。でもあっくんにはきっと、私なんかよりもっともっと素敵な彼女ができるわ。絶対」
告白を断るためのありきたりな言葉だと思った。
でも春奈ねえちゃんは本心からそう思ってくれているようだった。
だから僕は何も言えず、ただ「うん」とうなずくしかなかった。
「二人でこの桜を見るのはこれで最後だけど、来年はあっくんとあっくんの彼女と、私と私の結婚相手と4人で見られたらいいね」
桜の花びらがひらひらと舞い落ちていく。
散った桜は元には戻らない。
けれども、ここはまた来年も綺麗な桜を咲かせるだろう。
その時隣にいるのは、春奈ねえちゃんの言う通り素敵な彼女であればいいなと僕は思った。
おわり
お読みいただきありがとうございました。
こちらは香月よう子様とのリレー形式で書いた作品で、骨組みを香月よう子様と作り、私の方で大きく肉付けした作品となっております。
お付き合いくださった香月よう子様、本当にありがとうございました。