第38話
「どうした?あんたも席に着いて水でも飲んだらどうだ?わざわざ「中立地帯」まで来たんだ。何か話しでも合るんじゃないのか?」
「んおお……」
表情を一切変える事無く平然と水を飲む大助。そしてどう対応すればいいのか分からずひたすらにガブガブと水を飲み続けるクロ。
「…ふん。お前と話す事など何も無い。私はただ最終警告をしに来ただけだ」
「ほう…?警告ねぇ…」
「死にたくなければ今日中に全財産を指定の口座に振り込め。そうすれば命だけは助けてやる」
「「……」」
言葉もなく、ただ両者の視線だけが交差する。
(ほう…。わざわざそんなくだらない事を言うためにここまで来たのか。いや、「依頼人」からの指示って可能性もあるか)
「それが「依頼人」からの追加オーダーかい?」
「…お前が知る必要はない」
「そうかい。NOだと言ったらどうする?」
「はっ…そんな事は分かり切っているだろう?」
そしてゆっくりと女が自身の頭に指をコツンと当て、銃を弾くようなジェスチャーを取った。それはつまり、今日中には大助の命を取りに行くという事だ。
「要件はそれだけだ。生きるか死ぬのかお前が選べ」
女が大助の目の前のテーブルに赤い紙切れを置き退店しようとする。
「ちょっと待った。わざわざあんたの予定に合わせるのも面倒だ。場所と時間を決めておこう」
「…何?」
「今日の20:00ジャスト。場所はサンビーチだ。もちろん死にたくなければ来なくても構わないが?」
「…ふざけたやつだ。いいだろう。なら今日がお前の命日だ。せいぜい最後の一日を楽しむんだな」
女が不機嫌そうに声を上げながら退店する。その姿を楽しそうに大助は見送っていた。
「さて、ここでの用事は済んだな。帰るぞクロ」
「んお?つまりどういう事なんだ?」
「招待状をスペシャルゲストに送ったって事だ。今夜は最高に素敵な夜になりそうだ…」
「ふむ…」
「んお~♪んお~♪んおお~♪」
アンダー・ピースを退店してから宛もなくのんびりと歩き続ける大助とクロ。あれから既に4時間が経過していた。一通りの名所を楽しんだ大助は宿泊場所を探していた。
(のんびりと有名な公衆浴場を楽しむのも悪くは無いんだが…今の俺の状況では無理だな。となると日帰りかつその日の内に泊まれる場所か。1つ心当たりがある)
料金は高いが部屋で露天風呂が楽しめるという最強の宿泊施設。そんな場所を大助は知っていた。部屋も広く2人での利用を推奨している旅館。その場所に大助とクロが到着する。
「おお~…中々に味のある場所だなマスター」
「頼むから設備を壊したりするなよ」
(今はまだ16時くらいか。夜の花火イベントまで時間はあるし温泉を楽しもう)
大助がフロントで手続きを済ませ鍵を受け取る。
「おお!これがあの有名なコーヒー牛乳と言うやつだな。しかも瓶のやつだ!!」
「お、お嬢ちゃん!?それ商品だから!!シェイクしたらダメだよ!?」
「……」
楽し気に売店の瓶コーヒー牛乳を振るうクロを呆れた表情で観察する大助。
(クロが何かやらかす前にさっさと部屋に連れ込んじまうか)
「…すいません。その阿呆が持ってるコーヒーと、その棚に入ってるコーヒー飲料全部買います」
大助が大事になる前に商品を買い取りクロに次々と手渡していく。
「喜べクロ。俺からコーヒー牛乳10本のプレゼントだ。今日中に全部飲めよ」
「やった~!!」
大量の瓶を抱えたクロを米俵を運ぶように担ぎ部屋へと連行する大助。
「おお。こりゃ凄いな…」
部屋の中にはシンプルなテーブルが1台とイスが2つ設置されていた。そして何よりも目立つのがその露天風呂。広大な海の景色を楽しみながら入浴をする事ができる。そこそこの大きさがあり、2人以上でも十分に入浴できるほどのスペースだ。
「おお!?部屋の中に温泉があるのか!?」
「ああ。まさに絶景なりってな。いいねいいね~……」
夜の決戦に備え体を休める大助とクロ。その様子はとても命を狙われている者達とは思えない程のんびりとしていた。




