第24話
「…んおお。ここが新しい職場か」
クロがとぼとぼとした足取りで中心部にある家を目指す。手に持った黒いスマートフォンには赤丸で目的地が表示されていた。
「むうぅ…。軟弱なマスターならそのままブチ殺すつもりだったのに、まさか逆に私がボコボコにされるとはな…マスターは本当に人間なのか…?」
クロからしてみれば予想外の展開の連続だ。自分よりも弱いマスターであれば即座に始末し「マスターキー」である大助のスマートフォンを強奪するつもりだったのだ。
(魔法を使わず素手だけで竜を制圧するような人間だ。絶対普通の人間じゃないぞあのマスターは……)
冷や汗を流しつつもその顔にはどこか満足気な表情が浮かんでいた。とにもかくにも強き者からの指示であればこの少女は不満なく素直に従うのだ。
「…んお?」
しばらくクロが歩いていると、目の前にそこそこの大きさの建物が見えてきた。放置モードの世界のメインハウスとして設定されている場所。お助けモンスター達の住居だ。
「止まってください。ここから先は立ち入り禁止です」
正面の扉からゆっくりと、ラビが完全武装の状態で姿を現す。
「…さっさと処分して養分にする?」
続いてクラリアが姿を現す。
「ダメですよ。一応警告だけはしておけとマスターに言われてるじゃないですか」
「…そうだっけ?」
(中々強さそうな魔物たちだな。えっと、マスターは確か私の事を「クロ」と呼んでいたな。今後はそう名乗るか)
「私はクロだ。今日から同じ同僚同士、仲良くやっていっ…!?」
「ふっ!!」
「___‘プラント・バレット‘」
目の前で振るわれた剣を片腕で受け止め、死角付近から放たれた弾丸のような植物を尻尾でハジキ落とすクロ。そこに間髪入れず追撃の攻撃が迫る。
「待て待て!?私はお前たちと同じお助け……」
「問答無用です!!」
クロの喉元を狙いラビの突き技が放たれる。
(ダメだ!この刺突は正面から受けたら殺られる…!!)
魔力で強化した右肘部分を剣に滑らせるように割り込ませ右側に軌道を無理やり変えることで刺突を回避するクロ。だがそれでもラビの剣技は終わらない。そのままクロの右半身を狙い再び剣を振るう。
「っ!!あんまり私を舐めるなよ!!」
「「…っ!?」」
その剣を右足蹴りで弾き、下ろした右足を支柱にした左回転蹴りで2対の魔物を牽制するクロ。予想を超えるレベルのテクニカルな動きにラビとクラリアの動きが止まる。
「おかしいですね。マスターからはどうしようもないバカドラゴン娘と聞いていたんですが」
「…多分戦闘の時だけ頭が回るタイプのバカだと思う」
(いきなり何するんだこいつら!?)
「お、おい!?私たちは同じお助けモンスターだろう!?なんでこんな事をするんだ!?」
「「…?」」
ラビとクラリアがこいつはいったい何を言っているんだ?という表情でクロを見返す。
「何故も何も…あなた、マスターに襲い掛かったらしいじゃないですか?そんな未曽有の馬鹿が目の前に居たらやる事なんて1つしかないですよ」
「…ブチ殺す」
(こいつら……狂ってる)
「待て待て!仲間内での殺し合いはご法度だろう!?やるとしてもマスターの「許可」が必要なはずだ!!」
(マスターもあの端末でこの世界の出来事を見ているはず。仲間内での殺し合いなんて見過ごすわけがない)
「あ。その点は心配しないでください。ちゃんと許可は取ってますので」
「…10秒で返信が来た」
「なっ!?」
「マスターからあなたの教育をするように頼まれています。とりあえずあなたが受けるべき講習は1つだけですね。それは「道徳」です」
教育云々は全て建前。ラビとしては自身のマスターを襲撃したこの後輩をブチ殺したくて仕方が無いのだ。
「…ドラゴン肉が食べたい」
クラリアは中立だ。クロと敵対する理由はないが、流れで竜の肉が手に入るかもしれないと食欲優先で行動している。
「……いいだろう。ならばお前たちに見せてやる。竜の力というやつをな」
クロが人型の形態を解除。全力で2対の魔物と対峙する。
ラビが全魔力を解放。問答無用でクロの首を切り落とすべく行動を始める。
クラリアが圧倒的な物量と手数で全方位から回避不能の攻撃を仕掛ける。
その結果、放置モードの世界は半壊。備蓄していた植物は全て「ロスト」という結果となった。
「おお、凄い凄い。怪獣大決戦みたいな戦いだな」
ラビ、クラリア、クロ。3体の魔物同士の戦いを大助は観戦していた。様々な魔法が飛び交い、世界が壊れ、菜園がグチャグチャになっていく。それでも大助はストップいう言葉を送る事はしなかった。
「いいねいいね~。まあ、とりあえずこれであいつらの戦闘力は把握出来たな」
「……」
大助が脳内でお助けモンスター達の戦闘パターンと思考の傾向を更新していく。
(ラビは何というか、多才とでも言えばいいのか。剣だけじゃなく足技や投げも意識しているな。…あといつの間にかまた進化してるみたいだが)
武装や服装が以前よりも大幅に変化している事に大助は気が付いていた。学制服のような服装にローブを身に着け、一振りの剣を腰に差している。
・マジカル・ラビット
魔道の深淵に足を踏み入れた兎人族の上級モンスター。多種多様な魔法を駆使して戦う。
「可能性は十分。後は経験と武装次第ってところか」
(クラリアは、終始サポートに回っていたな。あの感じだとラビに攻撃を当てないように手加減をしていたという感じか。…少し優し過ぎるな。味方に対して非情に成り切れない可能性があるぞ)
(クロは…戦闘面に関しては完成している。明らかに今のラビとクラリアよりも数段強い。あいつは戦闘云々よりもメンタルをどうにかするべきだな)
「ふむ…いいね。実にいい。どいつもこいつも可能性と課題に満ち溢れている」
大助は楽し気に今後のお助けモンスター達の育成方針を考えていた。




