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6 婚活パーティー












   6 婚活パーティー












   













   文月玲香












   

 二十歳になってからしばらくして、わたしは生まれて初めて婚活パーティーなるものに出席した。男性は全て独身のお医者さん、女性は20代限定のパーティーです。ホテルの会場に一歩足を踏み入れて、うわーと思いました。派手な女の人ばっかで、浮いてた。来てすぐに帰りたくなった。派手な女の子たち、そして、地味で頭は良さそうだけど気難しそうな男の人たち。この落差もすごかった。

 派手な女と地味な男、並んで歩いてたら、なんじゃありゃとなるよね?でも、男の人が金持ちだとあり得るわけか。

 あー、こんな地味な格好では太刀打ちできません。婚活って、着るものやお化粧の仕方とか、髪型から変えないと成功しないものなの?


 それで、気後れしたまま、壁際で1人皆の様子を見てました。


「君、こういうとこ、初めて?」


 横を見ると、やっぱり地味目な頭良さそうだけど……という人が話しかけてくる。


「ええ、初めてです」

「何やってる子?」

「学生です」

「え、大学生?」

「はい」

「なんで、そんな早くから婚活してるの?見たところ、そんなに結婚にがっつくタイプにも見えないけど」

「がっつく?」

「ああいう人たち」


 そう言って、彼は会場にいる女の人たちを指さした。

 ため息が出る。


「うちが産院やってるんです。だから、お医者さんとしか結婚できない身なので」

「え、産院?」

「ええ。産婦人科医院」


 するとそれまで淡々と話していた彼の目の色が変わった。


「どこで?」

「千葉県ですけど……」

「千葉のどこ?」

「野田市」

「東京に近いじゃない」

「ええ、まぁ」

「病床数は?」

「えっと……」


 大体の数を教える。


「そんな大きい病院じゃないんですよ」

「いや、中途半端に大きい病院の方が返ってデメリットもあるよ。どのぐらいの歴史のある病院なの?」

「ああ、ひいおじいちゃんの代から」

「じゃあ、もう何代もやってて地域の人からの信頼もあるんだ」

「はぁ、まぁ」

「理想的だな」


 それから、1人でその人はぶつぶつと何か唱えている。

 何?この人。


「ね、ごめん。今、横で聞いてたんだけど」


 ふと気づくとまた、横に地味なメガネ君が立っている。


「君、お家、病院なの?」

「ああ、はぁ、まぁ」


 そんなこんなで、なんだか人が集まってきてしまった。


「あの、皆さん、そんな言っても、うち、皆さんが思うような立派な病院じゃないんです」

「でも、産婦人科でしょ?やりようによっちゃ儲かるよ」

「儲かる?」

「不妊治療とかさ。一人一人へのケアを厚くして単価上げてさ。そんなに数こなさなくてもさ」

「そうそう。最近はみんな簡単に妊娠しないから」

「結婚前の男女のチェックとかも増えてるし」


 何を言ってるんだろう、この人たち、と思いました。

 勝手に、うちの病院のことこれっぽっちも知りもしないくせに。


「ね、連絡先教えてよ」

「あ、これ、俺の連絡先」


 名刺を差し出されたり、携帯片手に何か色々言われてるのを、振り切ってトイレに行くと言って逃げてきた。

 そしてそのまま帰ろうとすると、廊下で声をかけられた。


「ね、もう帰っちゃうの」


 ぱっと顔を上げると、その人は、今日見た中で一番派手?というか、普通の男の人だった。勉強ばっかしてきましたみたいなさっきまで部屋にひしめいていた男の人たちとは違う、うちの大学にもいるような普通の男の人。


「あなたもお医者さん?」

「まぁ、そうです」

「産婦人科医ですか?」

「いや、違う」

「わたし、産婦人科医しか用はないので」


 そう言ってお辞儀して帰ろうとすると、手首を掴まれた。


「まぁ、そんなに頑なにならなくても。それに、医者っていざとなれば専門変えられるんだよ」

「離してください」


 そういうと素直にその人は手を離した。


「さっき、すごかったね」

「……」

「もし、お医者さんと結婚しなきゃいけないんだとしてもさ。こういうとこに来るのはやめといたら?」

「どうして?」


 その人はふっと笑った。


「今日はさ、空振りで暇なの。コーヒーおごったげるよ」


 2人で一階のラウンジに座った。ホテルのロビーには噴水があって、絶えず水の流れる音がしていて、そして、グランドピアノが置いてあって、ピアノの音が低く響いていた。少し落ち着いた。


「君、なんて名前?」

「文月です」

「ふ?」

「文に月でふづき」

「へぇ〜。俺、小林です。どこの病院でなんの医者でとか省略していい?もう会わないだろうし」

「はぁ」


 なんか遊びなれてそうな人だなぁと思う。


「別にそんな目で見なくても、取って食いやしないよ」


 そういう言い方するからもっと怪しいんだけどな。


「で、なんで、こういうとこで見つけるのは良くないの?」

「ああ……」


 小林さんはソファーに深く腰掛けると、胸元からタバコを取り出した。


「吸っていい?」

「どうぞ」

「ごめんね。煙かからないように気をつけるから」


 そう言ってタバコに火をつけた。


「今日、こういうところに来てたのはさ、自分が今いる病院で目が出る見込みのない三流の医者ばっか。三流の医者もね、二つに分かれるの。自分のレベルをきちんと分かってて、勤務医として真面目にコツコツと生きていこうというやつとね、俺はこんなはずじゃない。もっとできるはずだって思って、どこかの病院持ちの娘と結婚して……」

「あ……」

「分かった?」


 いい鴨だったわけだ。


「こういう人ってさ、貧乏人が金持ちなってやろうって医者のなんたるかも知らずに机に齧り付いてた人が多いんだよ」

「結構、ひどいこと言いますね」

「でも、事実だし」

「ご自身は違うわけですか?」

「ああ、俺?」


 はははと笑った。


「俺は、あれだ。大学病院でどこかの有力な教授の娘でももらえないかなぁって」


 それと、さっきの人たちとどこかちょっと違う?まぁ、いいか。


「だからさ、もっと親とかのコネ使って、信頼できるスジから紹介してもらった方がいいって」


 はぁー、ため息ついた。


「何?急に」

「思ってたより大変かも。いい人見つけるのって」


 小林さんはしばらくそんなわたしを見てた。


「ね。いい医者がどんなものかを見極めるためにもさ」

「はい」

「医者の男と遊んでみたら?」

「……」


 ニコニコしてる。


「さっき取って食わないって言いましたよね?」

「言ったっけ?」

「もう二度と会わないって言いましたよね?」

「うん。だから、今晩だけ、どう?」

「他の人がこのパーティーに来てる目的って」

「モテない男が根性でモテるために医者になって、昔学校で冷たい目で見られてたような類の女子に跨るためか」

「……」

「とにかく金が欲しい奴がどこぞの病院の御令嬢とかを捕まえられないかあさりにくるか」

「で、あなたは教授の娘を狙ってるわけなのに、どうしてこんなとこにいるの?」

「本命は教授の娘だけど、保険をかけられるような女の子がいないか探しに来るため」

「うちの病院は小さいです」

「ははは、違う違う。そんなんじゃないって」

「それか、医者だって言えば適当についてくる女の子を漁るため?」

「ええっと……」


 図星だな。


「帰ります。コーヒー、ご馳走様でした」


 その日、一人暮らしの部屋に帰る気にどうしてもなれなかった。遠くなるけれど、野田の実家に向かいました。

 二十歳にもなったし、京ちゃんも結婚することになって頼れないし、わたしがなんとかしなきゃと勢い込んでいた。

 でも、わたしやうちの家族と同じくらいの気持ちで、産院のことも家族のことも看護師の人たちや患者さん達のことも大切にしてくれる人なんて、本当に見つかる?ひいおじいちゃんやおじいちゃんやお父さんが大切にして守ってきたものをちゃんと続けて大切にしてくれる人なんて……。


 京ちゃんとわたしは子供の頃から愛情を込めて、うちの病院のことをオンボロと呼んできた。流石にわたしの代では建て直しになるだろう。だけどあのオンボロの建物に愛着があって残したがる人というのが結構いて、病院で働いている人やうちで生まれた人やその子供たちまで。

 いつか建て直しの時には、みんなに惜しまれながら、筆頭になるわたしは文句を言われながら、お別れを言うんだと思ってた。

 今日会ったような、あの名刺を無理矢理渡そうとしてきたような人。

 あんな人はそんなみんなの気持ちも汲まずにさっさと建物を取り壊すだろう。そんな人にうちの敷居を跨がせていいんだろうか?利益だけ考えて簡単に診察料の値上げを考えるような人に?みんなが安心して赤ちゃんを産める病院を続けていくと言うのが、ひいおじいちゃんの頃からわたしたちが大切にしてきたことだったのに。

 それに、あの人たち、わたしがどんな人間かということに少しも興味を示さなかった。


 不意にずっと思い出さないようにしてきた思い出が思い出された。


 玲ちゃん、俺、決めた。医者になるから。

 医者になるなんて一回も思ったことなかったくせに。わたしと結婚したいって毎日一生懸命勉強してくれた彼。あそこまでわたしのことを想ってくれた彼とは一緒になれず、あんな、あんなわたしに一つも興味のないような人のところにわたしは嫁がなければならないんだろうか。あんな感じの人しか見つからなかったらどうしよう。


 人生ってなかなかうまくいかないものなのかな?

 わたしにしては珍しく落ち込んだ。


「ただいまぁ」

「あれ?お姉ちゃん。どうしたの?」

「京ちゃん、まだ起きてたの?」


 妹がテレビの前に寝っ転がってた。


「あんた、1人の体じゃないんだから寝ないといけないんじゃないの?」

「別にまだ早いって」

「妊娠中にお母さんが不規則な生活するとだな……」


 言いかけてやめた。


「ま、いいや。今日は付き合いなさいよ」


 そう言って、冷蔵庫からお父さんの晩酌用のビールを取り出す。


「え、何?酒?」

「飲みたくなった。あ、でも、付き合うって言ってもあんたは飲まないでいいわよ。そこにいな」

「どうしたの?今日は突然」


 はぁーとため息をつく。プシュッと缶ビールの蓋を開ける。コップに注ぐ音を聞くとはなしに聞く。


「今日さ、医者ばっかが来る婚活パーティー行ってきたの」

「へー、どうだった?」


 無邪気な妹の顔を見る。


「どうだったもこうもないわよ。京香。律みたいな医者ってのは例外中の例外」

「どういうこと?」

「こう、小学校とか中学校とかさ、高校の時ね」

「うん」

「学年1位の男の子ってイケメンだった?」

「へ?」

「よく思い出して。イケメンだった?」

「いいや」

「こう、ヒステリックなお母さんにケツ叩かれてそうな、勉強オタクみたいなのじゃなかった?」

「……全ての学校の学年1位がそうだとは言いませんが、たまたまわたしの学校の学年1位はそんなんでした」

「だろっ?」


 ぐいっ、グビグビ、プハー


「いや、お姉ちゃん、いつの間にお酒そんなに飲むようになったの?」

「足りないな」


 立ち上がって冷蔵庫からもう一本取り出す。


「なんかつまみないかな」


 冷蔵庫の中からキムチを取り出した。


「それで、その学年1位の子がどうしたの?」

「ああ、そんなんばっかだった。会場。頭の良さそうな、お母さんにケツ叩かれてそうな男子ばっか」

「……」

「いや、律みたいなイケメンの医者なんていなかったよ。ま、そういう医者はわざわざ婚活なんかしないのか」

「じゃ、収穫なかったわけだ」

「なかったっつうかさぁ」


 プシュ、とぽとぽとぽ。


「うちみたいな小さな病院をちゃんと大切にやってくれる人なんてさ、いるのかな。不安になった」


 妹がしょぼんとした顔でわたしを見てる。


「ね、今日来てた男子たちと比べたら斉藤君ってどう?」

「え?斉藤君?」


 何を急に言い出すんだ?京香。ま、いっか。


「そんなん、全然、斉藤君の方がマシマシ。まじで、顔も性格もひどい人ばっかだった」

「じゃ、斉藤君にしとけば?」

「は?」

「考えてみたことない?斉藤君がこのままずっとここにいて、お姉ちゃんと結婚したらって」


 ぽかんとした。何を京ちゃん言い出すんだと。

 しかし、その後、不思議なことが起こった。

 うちのダイニングの食卓にお父さんがいて、お母さんがいて、斉藤君がいて、わたしがいる。みんながご飯を食べてる。なんの違和感もない絵が浮かんだ。そりゃ当たり前だ。だって、斉藤君はいつもうちでお昼ご飯食べてるから。


「お姉ちゃん?」

「ん?」

「なにぼーっとしてたの?」

「いや、別に」

「ね、斉藤君にしとけば」

「なによ。しつこいわね」

「だめ?」

「ダメっていうか……」


 そんな目で見たことなかったけど、斉藤君ならこのオンボロ病院を建て直すとき、きっとちょっと残念だと思ってくれるに違いない。そして、お父さんにすごく恩を感じている人だから、うちの親を大切にしてくれると思うし、わたしのことも雑には扱わないだろう。もともと、少々無愛想ではあるが、根は優しい人だ。患者さんが嫌がるようなこともしない。いきなり改革改善なんてしない。人と争うのが嫌いな人だから。

 だけど……


「出会った時に子供だった相手を、結婚対象としてみられるか?」

「そんなん、本人に聞いてみないとわかんないけどさ」

「それに、斉藤君ってなんか彼女と結婚しそうになってたのに別れたりしてんじゃん。ちょっと変わってて1人がいいって、結婚したくない人なんじゃないの?」

「そんなんだって、本人に聞いてみなきゃわからんじゃん」

「うーん」

「お姉ちゃんとしてはどうなのよ」

「どうって?」

「あり?なし?」

「急にそんなこと言われても」

「じゃ、今晩会った母親にケツ叩かれてる人の方がいいの?」

「いやいや、無理無理」

「ね、聞くだけ聞いてみたら?」

「え、わたしから?」

「お母さんに相談して、お父さんとお母さんから話してもらったら?」

「うーん」


 京香がじっとわたしの顔を見てる。


「ね、唐突すぎてよくわかんない」

「じゃ、ダメか」

「いや、考えてみる」

「本当?」


 なぜか京ちゃんは喜んだ。


「なんで、あんたが喜ぶの?」

「いや、もしそうなったら嬉しいなって」

「どうして?」

「だって、今更知らない人が来るよりはさ、よく知ってる人の方がいいかな」

「斉藤君がどういうかわからないよ。責任とかめんどくさいっていうんじゃない?」

「そうかなぁ。そんなことないと思うけどなぁ」


 なぜかこの日の京ちゃんはやっぱり嬉しそうだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 汪海妹 様 うちのダイニングの食卓にお父さんがいて、お母さんがいて、斉藤君がいて、わたしがいる。みんながご飯を食べてる。なんの違和感もない絵が浮かんだ。 いい場面ですね なんだか泣けます…
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