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4 家付の娘

   












   4 家付の娘












   文月玲香












   


 わたしは家付の娘です。というか、正しく言えば病院付き?

 家が代々千葉県の野田市で産婦人科医院を営んでいるんです。残念ながら我が家には男の子がいない。わたしと妹の女2人です。そりゃあ、子供の頃から母は口を開けば、いい医者の婿をつかまえてこいというのが口癖で。耳にタコ。

 家と産院は同じ敷地内にあって、わたしは小さな時から産院と家を行ったり来たりしながら育った。産院はわたしの生活の一部でした。家族のためにそれを継ぐ。抵抗を覚えた事はなく、それは当然な事でした。別に自分に家を捨ててまでやりたいような仕事とか生き方とか無かった。

 でも、不自由さを感じなかったわけではないです。


 無意識に自分は誰かを好きになることを避けて大きくなってきました。

 理由は簡単で、医者以外と結婚できないから。

 うっかりと誰かを好きになっても、いずれ別れなければならなくなる。その時辛い思いをするくらいなら、好きな人を作るのをやめようと無意識に思ってたのだと思います。


 だけど、高校生の時、これは親も京香も知らないことですが、好きな人ができました。

 それは同級生の男の子でした。好きだと告白されて、自分は医者以外とは付き合えないのだと説明してすぐに断った。ところが彼はそれで諦めなかった。なんと進路を変更して、医者になるといい出した。驚いて止めました。でも、彼の意思は固く、彼は本当に医大を受けた。そして、全滅しました。そしてその翌年、わたしは大学一年生、彼が浪人生の時、わたし達は恋人同士だった。

 2人で、彼が医大に合格して、そんな未来を夢見てました。


 短いけれど、とても幸せな時間だった。


 医大は入学するのも難しい。そして、留年せずに上がるのも難しい。そして何より他の大学よりもお金がかかるんです。

 浪人生の半ばの時期、彼の成績はやはり合格ラインになかなか届かない。2年連続の浪人はできないし、それに入学後の学費の問題もあると彼は医大を受けることを諦めました。そんなに裕福な家の人ではなかったんです。


 初めて自分の運命を呪いました。

 京香に自分の役目を負わせて、彼と一緒にいたかった。だけど、その頃京香は既に高校生の身で付き合っている彼との間に子供ができて、結婚する話が出てました。自分が責任を果たすしか無かったんです。産院を潰すわけにはいかない。

 自分の人生を曲げてまでわたしを好きだと言ってくれた人がいる。

 結婚する前にそう言う思い出ができたと思って、それを大切にしながら、彼ではない誰か他の人と生きていこうと思ってました。


 京香が赤ちゃんを産むことになり、自分は春から大学3年生になろうとしてた。ちょっと気が早いかなとも思ったんだけど、成人もしたことだし、就活よりもあたしは婚活かなと思ってお見合い写真を撮った。それから、お見合いもいいけど、婚活パーティーなるものにも出てみようかなと申し込みをしてみた。男性はお医者さん限定のパーティーです。


 そんな折、不意に実家の産院で働いている斉藤先生から連絡が来た。


 スマホの画面を見ながらちょっと考える。

 珍しいな。何だろ?いや、もしかしてお父さん倒れたとか?

 慌てて出た。


「はい」

「あ、あの、玲香ちゃん」

「斉藤先生?なに?なんかあったの?」

「え?」


 斉藤先生は電話の向こう側でオタオタしている。


「なんかあったから電話してきたんじゃないの?」

「あ、いや、別にそう言うわけじゃ」

「なんだー。一瞬焦ったよ」


 一気に脱力した。


「で、何?なんか用?珍しいね」

「あ、あの、玲香ちゃん、あとちょっとで誕生日でしょ?」

「え?よく覚えてたね」

「その日はどう過ごすの?」

「どうって……」


 まさかそんなこと聞かれるとは思ってなかった。


「世間一般の女の子なら誕生日は彼氏と過ごすんだろうけどさ」

「うん」

「わたしは残念ながらそう言うことない。彼氏いないし。かといってそんな日までバイトも虚しいし」

「友達とかと遊ぶの?」

「いや、それも惨めじゃん?その日は野田に帰ろうかと思ってる。流石に1人はね」

「あの……」

「何?」

「僕にその日をくれませんか?」

「へ?」


 一瞬言葉を失った。


「何かおいしいものをご馳走するから」

「斉藤先生がわたしに?」

「うん。何でも好きなものをご馳走してあげる」

「なんで?」

「……」

「ま、別にいいけど」

「僕と過ごして、お家に帰らないと何か問題ある?」

「いや。別に帰るってまだ言ってないし。それにうちの人たち、わたしから言わないと誕生日忘れてんじゃないかな?」

「そんなことないでしょ」

「いや、うちはさ、イベント事は結構適当な家だからさ。別に悪気があるわけじゃないんだろうけど」


 何が食べたいかと聞かれて、何でもいいけど折角だから高いものがいいですと答えた。


 斉藤先生はわたしが子供の頃から実家の産院で働いている先生で、ちょっと歳の離れたお兄ちゃんみたいな人。毎日のように顔を合わせながら育った家族のように身近な人だけど、2人でご飯なんて初めてでした。


 何でだろ?

 ハタチの誕生日だからかなぁ?

 何か長年お世話になっているお家の長女がハタチになったので、特別にお祝いしたい?

 ま、いいか。当日になったらわかるだろう。


 その日は、お店の最寄りの駅で待ち合わせた。


「ちょっと郊外の不便なところにあるから」


 そう言って、その駅からタクシーに乗って移動しました。

 そこは、東京にこんなとこがあるんだとぽかんとするようなレストランでした。木で囲まれた隠れ家のようなわりと大きな優雅なお店。

 フレンチレストラン。

 お店の中もゆったりとして別世界でした。日常をスコンと忘れてしまいそうなお店。


「先生、ここすっごい高いんじゃないの」


 テーブルについてヒソヒソと話しかけた。


「別に今日は玲香ちゃんはそんな心配しないでいいよ」


 そして、お店にもびっくりしたのだけれど、もう一つびっくりしたのが、斉藤先生が、なんて言うのかな?そのお店に馴染んでいたことです。わたしの方は完全に浮いていたと思う。しょうがないよね?だって、こういうところ、慣れてないし。

 

「なんか先生さ」

「何?」

「ナイフとフォークの使い方、慣れてんだね」

「別に慣れてなんか……」

「わたしより慣れてるよ」


 しばらくかちゃかちゃと食事を続ける。


「すみません。こういうお店じゃないほうがよかったですか?」

「まさか。正直ちょっと気後れするけど、おいしいおいしい」


 そう言って笑うと斉藤先生はほっとした顔をした。


「ねぇ、なんでこんなお店知ってんの?初めてきたわけじゃないでしょ?」

「ああ……」


 斉藤先生は苦笑いした。


「家族でよく来てた店なんです」

「家族?あ、そうか。先生のお家って結構お金持ちなんだっけ?」

「いや、それほどでも」

「でも、うちよりはお金持ちだよ」


 そうだった。いつもうちのオンボロ産院の中で、ヨレヨレの白衣着ているから忘れてた。この人、結構なお坊ちゃんなんだった。


「その……」


 先生が頼んでくれたシャンパンを飲みながらお店を眺めてた。ほろ酔いのいい気分で。すると先生が何かいいかける。


「なに?」

「京香ちゃんから聞いたんだけど」

「うん」

「……」


 止まった。しょうがない。こういう人なのだ。黙って待ってあげるとまた話し出す。


「お見合いするって」

「あー、具体的にはまだ何も決まってないよ。でも、わたしの場合は婚活が就活みたいなものだからさ」

「うん」

「お父さん、お母さんに任せっぱなしにするのもどうかと思って、婚活パーティーみたいなのも申し込んだし」

「パーティー?」

「うん。お医者さんしか来ないパーティー」


 斉藤先生はため息をついて一旦ナイフとフォークを置いてナプキンで口を軽く拭くとシャンパン、ではなくて水を飲んだ。


「なに、先生、食欲ないの?もったいない」


 この人細いしな。食細そうだ。要らないならもらっちゃうよって相手が京香ならやるけど、さすがにやめとくか。こんな優雅な空間ではしたない。


「ね、なんか先生って羊みたいだよね」

「はい?」

「なんか狼に狙われそうな羊」

「男として羊と言われても嬉しくありません」


 あれ?珍しいな。斉藤君が男を主張してるではないか。とりあえずもう一口シャンパンを飲んだ。これ、結構おいしいな。


「そんなところで」

「ん?」

「あなたを本当に大切にしてくれる人が見つかるんですか?」

「え?あ、婚活パーティー?わかんない。初めてだしさ」


 先生の眉間に皺が寄った。


「そんな簡単に自分の人生を左右する大切なことを決めなくても」

「いや、婚活パーティーで決めようなんて思ってないよ。ただ、どんなとこかなって思って」

「……」

「実際は、わたし1人の問題じゃないからさ。みんなの意見も聞いてじっくり選ぶんだって」


 先生は珍しく不機嫌になりました。この人、あまり感情を出さない人なのに。というか、なぜわたしの個人的なことでそこまで不機嫌になるのかな?


 ちょっと考える。

 変な人を選んで、その人が院長になると、斉藤先生の居心地というか、働き心地に影響が出るからだろうか……。

 首を傾げてボケッと考え事をしていると、不意にまた斉藤君が口を開いた。


「玲香ちゃんはそれでいいの?」

「何が?」

「周りのことばっか考えて、自分のこと後回しにしすぎじゃない?」

「……」


 その言葉に酔いが覚めた。


「病院がうまくいく人というのも大事だけど、君が一緒にいて……」

「それ以上言わないで」


 ずっと楽しい気分だったのに、一気に不快になってしまいました。

 

「そんなこと言ってもしょうがないじゃん。言い出すとキリがないことを言わないで。先生は関係ないんだから」


 わたしは家付の病院付の娘なんです。わたしがどんな人と結婚するかによって、影響を与える人たちはお父さんお母さんだけじゃない。そういうことを生まれた時から毎日のように言われてきた人しか、わたしの気持ちなんてわからない。

 憎んだことなんてないみんなのために、押し潰してきて無かったことにしてきたわたしの気持ちなんて。

 そこまで言って、言いすぎたと気がついた。わたしらしくない。感情的になるなんて。


 斉藤先生はとても悲しそうな顔をしていた。驚いた。今日のわたしもらしくないけど、斉藤君もらしくないな。人のことに必要以上に踏み込もうとするのも、感情を顔に出すのも。


「あの、ごめん。言いすぎた」

「……」

「でもさ。先生はそんなの気にしないでもいいんだよ。わたしは大丈夫だからさ」

「……すみません」

「あ、いや、謝らなくても」

「僕も、ちょっと言い過ぎました」


 その後は、先生はいつもの先生に戻り、大人しくなったので、わたしが当たり障りのない話をして場を繋いだ。帰りは腹ごなしに駅まで歩きました。


「疲れた?やっぱりタクシー拾う?」

「いや。いつもとはちょっと桁の違うものを食べたから、なんかエネルギーが湧いてくるよ」


 そう言って笑っても、斉藤君は何だか元気がなかったのです。この人、ほんとに羊みたいなんだよな。そんな年寄りでもないのに、もうちょっと若者らしくしたらどうなのか。ってほど若者でもないか、もう。出会った頃はそりゃ、今までのおじいちゃん先生と比べて若かったよな。この人も。お父さんと比べても。


 いつの間にか時間が経った。


 もう、子供でもいられない。


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