少女闘争 その3 6:暴力の世界 (黎明の魔女)
「…」
獣人の雰囲気が変わる。
先程までのやり取りが他愛のない駆け引きであれば、いま発せられるのは真剣な殺意。
「サイデンベルグさん、こいつです。格闘技とか、合気術の達人…!」
後ろに控える人間の男が言う。
サイデンベルグは、この獣人の名前だろう。
「ほう。なるほど。」
サイデンベルグと呼ばれた獣人が、殺意を込めた目で悠を睨む。
「まあ、さ。」
悠が挑発的な笑みを浮かべながら、言う。
「どうして殺すかくらい、教えてくれてもいいんじゃない?」
「これから死ぬお前に、意味はないだろう。」
獣人は言葉を吐き出す。
その言葉に乗った威圧に、康平は動けなくなる。
圧倒的だった。
不良と向き合った時でさえ、これほどまでの空気は感じなかった。
絶望。
抗えない力の差。
そんな漠然とした感覚が、康平を刺す。
「死なないよ。」
それでも、悠は平然と言い放つ。
「がっははははははははははははっ!」
獣人が突如、笑う。
その大きさに空気が震えるような錯覚を覚える。
「人間どもはいつも、そう言う。だが気づくんだ。手が触れ、肌が力を感じた瞬間、ああ、なんだこの力は、こんなものには抗えない、抵抗どころか、対することも叶わない、ってな。」
獣人はさらに続ける。
「武術の達人とは何回かやったよ。でもな、どんなスピードも技も、純粋な力には敵わないのさ。掴んで、叩いて、叩きつけて、ぐずぐずになって、泣いて詫び出す。」
嗜虐の笑み。
そして、悠の肩にそっと手を置く。
「手始めにこの華奢な肩を潰してしまおうか。」
そう言って力を込めようとした。
そして、
獣人の身体が眩い光に包まれた。
「ぎゃぁぁぁぁああっ!」
叫び声があがる。
声の主は、獣人。
獣人は光に、否、炎に包まれていた。
あっけにとられる男達と康平。
悠は燃え盛る獣人を、ただただ眺めていた。
獣人は立ち尽くし、燃えるというより、燃焼していた。
どんどんシルエットが細くなっていき、文字通り燃え尽きて、最後には獣人の姿は見えなくなってしまった。
しばらくの沈黙。
理解の追いつかない現象。
「お、おまえ、何をした…」
獣人の仲間が悠に問いかける。
「なにって、そうねぇ。この世の加護を行使したって、とこかしら。」
薄く微笑む悠。
「はぁ?」
男の顔に汗がにじむ。
先ほどまでは、ただの獲物にすぎなかった目の前の少女が、急に得体の知れない化け物になってしまったかのようであった。
「い、飯野さん…」
康平ですら、目の前の同級生がまったく違う何かになってしまったかのような、感覚を覚えた。
「っ!」
一人の獣人が拳銃を抜く。
もう一人の男の身体が膨張しライオンの化け物になり、腕を振りかぶる。
さらに奥の一人が、懐からナイフを取り、ろくに構えすらとらずに、駆ける。
全ての目標は、目の前の少女。
男達は本能的に、目の前の少女の殺害を最上級の命令とした。
しかし、その命令は達成されない。
雷が銃を落とし、局所的な烈風が腕を薙ぎ、ナイフが腕ごと弾ける。
「さて、あなた達には聞きたい事がいくつかある。」
地面に倒れ伏す男達に向かって悠は言い放ち、一枚の紙を投げてよこす。
男が拾い、目を通して見たところ、それは人物に名前のリストであった。
「そこに書かれている名前に見覚えは?」
悠の言葉に、男が首を振る。
「なんだよ、これ。俺はわかんねぇぞ。」
男は答えたが、次の瞬間、白目を剥いて倒れた。
「ひぃ、な、何をした!?」
仲間が叫び声をあげる。
「応答をキーに、脳を支配した。バリバリ見覚えあるじゃないの。」
そして、悠の隣に光が集まったかと思ったら、先ほど燃え尽きた獣人が横たわった状態で現れた。
あまりの展開の無茶苦茶さに、誰もついていけない。
「おまえ、何者なんだ?」
その問いに、悠は氷のような笑みを浮かべて答えた。
「わたしは、魔女ってやつかな。」