少女闘争 その3 5:平静の裏側 (黎明の魔女)
獣人。
獣の顔をした、人型の存在。
様々な動物の顔をした者たちが確認されている。
その多くが人間以上のパワー、五感を持っている。
また、社会性を持っており、現在は人間と社会的な関係を築いている。
目の前にいる獣人は、ライオンの顔面をしていた。
柄の入ったTシャツを着ており、腕や足は丸太のように太い。
体表は毛で覆われており、獣の瞳が悠たちを見下ろしていた。
場所は路地裏へ移動していた。
「あんたらか、こそこそ嗅ぎ回ってんのは。」
ライオン面の男が威圧的に問いかける。
「見たところ、ホワイトヒュームじゃねーか。度胸あんな。」
ホワイトヒュームとは、特別な能力を持たない人間の蔑称だ。
魔術師や、サイボーグといった人類と区別して呼称される。
「雄平のことか。探してンのは。」
その言葉に康平がピクリと反応する。
「兄さんを知ってるのか。」
(相手が獣人であろうと、引けを取らないな。なかなか根性の座ったやつ。)
悠は心の中で感心した。
獣人は力もスピードも人間とは比べ物にならない。
それぞれの種族のトップ同士は友好的な関係を約束している。しかしそれは、末端まで来るとただの口約束でしかないのが現状だ。
現地では、まこと血生臭い出来事が日夜繰り返されている。
獣人による人間への暴力。
人間による獣人への虐待。
(反吐が出る。)
悠は内部にドス黒い感情が湧き上がるのを感じた。
「ああ、知ってるぜ。俺たちのチームの一員だったな。サバキやってたんだが、足を洗いたいとか言ってよ。もうここにはいねぇな。」
「じゃあ、どこに?」
「言っただろ?もう、ここにはいねぇってな。」
この言葉の意味するところは、男たちの雰囲気が語っていた。
「でよぉ、これ以上の面倒事はゴメンなんだわ。」
ゆっくりと獣人たちは、二人を取り囲む。
「そこで何をしている」
路地裏の入り口付近から声がした。
そこには大男が立っていた。
筋骨隆々として体つき。
武闘家だろうか。
「およびじゃねーんだよ、消えろ」
「そうはいかんな。弱いものをいじめるのを見過ごす事はできん。」
男が悠達の目の前にずい、と出る。
「安心しなさい。お嬢さん方。おれが相手をしている間に逃げなさい」
見上げる悠と康平。
そうして構えを取る。
半身を引いた、弓のような構え。
武闘に疎い悠と康平にはわからなかったが、この男の強さだけは伝わってきた。
ふっ!、という息とともに男の体が前方に跳ねる。
右の正拳突きが、獣人の鳩尾に突き刺さる。
ついで、左の上段回し蹴りが、相手のこめかみに、よろけた所に、蹴りの反動で引いた右拳を獣人の腹に突き立てる。
男は素早い連打の後、よろけた獣人の腕を絡めとり、地面に制した。
うつ伏せに倒れる獣人。
男は腕を固めて上に乗り、後方の獣人の仲間を視線で制す。
「これで実力差はわかったろう?大人しく引け。」
圧倒的な連撃を見た獣人の仲間達は、しかしニヤニヤと男を見るだけだった。
「何がおかしい?おれは対集団の戦闘訓練も受けている。人数差は関係ないぞ?」
「あんた強いなぁ。」
地面に制された獣人が言った。
「人間にしては。」
獣人は腕を絡め取られたまま、腕を無理やり動かし始めた。
「なっ!」
男は驚愕の表情を浮かべ、締め上げようとする。
しかし獣人は何食わぬ顔で、起き上がり、腕絡みから抜けたのだった。
「うん、すげぇ技だなぁ。関節とかいろいろとキメられて、無理に動かそうとすると、筋が痛む」
獣人は男と向き合い、
「お前ら人間のよく知ってる小賢しい科学とやらをベースに教えてやる。俺たち獣人、特にライカン系はな、筋繊維のそのものが違うらしいぜ。俺とお前の腕の太さはホラ、そんなに違わねぇ。」
そう言って、男の腕を掴む。
「ぐぎっ!」
男が苦悶の表情を浮かべる。
「だがなぁ、硬さや力はまるで違う。ほれ?」
男の手首が、ぐしゃりという音を立てて潰れた。
男の悲鳴。
「あんたココらへん来るの初めてだろ。地元かなんかでそこそこやれてたクチか?残念だったな。本場はそうはいかねぇ。見回りかなんかに雇われたんだろうけど、まあ運が悪かったな。」
男は崩れ落ちる。
「3人まとめて連れて帰れ。全員健康体だ。いい金になる。」
獣人は踵を返した。
「あなたたち、雄平さんを殺したのね?」
その時、悠は静かに問いかけた。
「ああ、殺した。」
康平の表情が強張る。
平然と口にされた言葉。
だが、それが意味するところは、重い。
もう会うことができない。
その者の最後の瞬間の思い。
それまでその者が歩んできた世界。
それらが鮮烈に悠の心を焼き、痛みとなる。
身内である康平にとっては、そんなものではないだろう。
もしかしたら、受け入れられていないかもしれない。
「なんだ、その目は。」
獣人が振り返る。
「気が変わった。」
ギラリと目が光る。
「おまえ、殺すわ?」
次に発された言葉は、康平には理解するのに時間を要した。
その隙間に獣人が動く。
人間の反射神経では反応できないほどの速度。
大かぶりな腕を雑に、大雑把に叩きつける動作。
それは獣人の筋力と鋭い爪が合わさった時、人間である康平にとって必殺の一撃になる。
柔な皮が引き剥がされ、あたりに血飛沫が撒き散らされる、はずだった。
「!」
獣人は一瞬、何が起こったのかわからずによろめく。
康平と獣人の間に、悠が立っていた。
体重差が5倍はありそうな獣人の一撃は、悠の左手によって、弾かれたのだった。