少女闘争 その5 列日の破戒者
そんなはずはない、『災厄のロザイア』は思った。
魔術を構成する魔力には指紋のような痕跡が残る。
それは使う人間ごとに異なる。
先の広域魔術で感じた(正確には感覚と魔具による観測)による痕跡は、確かにユージーンのものと一致していた。
「まさか、、、おまえ、、、っ!いや、そんな事ができるはずが、」
「なんで?」
悠は心底不思議に思い、聞き返す。
膨大な量の魔力を編みながら。
「痕跡を模造するなんてことが、、、っ!ままま、魔術10000年の歴史をバカにしているっ!」
混乱し、取り乱し、何かに震える『災厄のロザイア』に、悠は、
「そんなこと言われてもね。」
と、目の前でロザイアと全く同じ魔術を8つ、構成して見せた。
「、、、、」
ロザイアは馬鹿みたいに口を開けていた。
唖然としていた。
それらが爆発する。
爆風をまともに受け、しかし反射的に展開した防御術式に守られ、それでも衝撃までは吸収できずに背後に吹き飛ばされる。
地面を転げながらも、悠然と立つ脅威から視線を離さない。
立ち上がり、本能から来る身体の震えを抑えながら、ロザイアは叫ぶ。
「なんなんだ、、、なんなんだっ!おまえっ!」
その言葉を悠はどんな表情で聞いていたのか。
逆光になってその表情はロザイアからは窺い知れなかった。
そして異変に気づく。
「あっ、、、」
ロザイアの表情が凍りつく。
「ん?なにか漏れてるわね。」
悠が目を凝らす。それは光の粉のように見えた。
「あ、あ、あ、あ、あんたっ!何してくれてんの!?」
ロザイアが焦りの表情を浮かべ、視線を向けた一点で固まる。
そこには5メートルほどの大きな人影があった。
上半身は裸で髭面。
ちょうど北欧神話に登場する神々のように見えた。
「魔人、『サイクロプス』、、、」
ロザイアが絶望的な表情で呟く。
「あれ、あなたの魔獣?」
悠が尋ねる。
「ええそうよ、そうよっ!」
半ば、ヤケクソ気味で叫ぶ。
「私の切り札、制御魔術でコントロールしている、完全自律型の魔術兵器、魔人よ。」
悠も聞いた事があった。
魔術で改造した人間を何年もかけて魔力を通し、最強の魔術兵器を作る。
その拳が放つ一撃は科学界で言う『核』にも匹敵し、戦車師団を一体で壊滅させた逸話も残されている。
肉体はいかなる衝撃も通さず、打撃は異次元の強さを誇ると言う。
それは強度やスピードといった物とは次元が異なると言われている。
魔人が、振り向く。
「そのコントロール術式を、あなたは破壊した」
ロザイアは震える声で言う。
「いわば暴走状態よ。この状態になったのは、過去に一度きり。その時は大魔術師数十人でようやく抑え込んだ。それまでに街を、人間の兵器を、抑えようとした魔術部隊を、蹂躙した、、、」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる。
「終わりよ。いくらあなたが規格外だからと言って、人間は魔人には敵わない。元は人間でも、あいつらは別の次元から訪れた生命、いやそれですらないのかも。」
悠は魔人を眺め、
「そうね、骨が折れそう。」
と言った。
「だから、アレは紗希に任せるわ。」
それまで完全に蚊帳の外だった紗希に話を振った。
「え、ええええーっ!あんな怖そうなのを!?」
紗希が驚きの声を上げたが、それよりも驚愕したのはロザイアであった。
「は?何言ってんの?!魔人と交戦するつもり?!あの子も魔人だったり、、、いや、どう見ても人間、、、」
人外のスピードと怪力を見せていたため、人間と呼ぶのは憚られたが、紗希と呼ばれた少女はどうみても人間であった。
それは魔術を使った分析でも、そう判別されていた。
あれはおそらく、学校の制服。
学生だろうか。
そして、魔力はまったく感じられない。
「そう、紗希は正真正銘の人間よ。正真正銘の、ね。」
悠が言い、踵を返す。
「ちょっとっ!?どこ行くの?!私も協力する!せめて共闘しないと、、、!」
真面目に人類の危機レベルの現況なのだ。
それなのに、それを紗希とやらに押し付けて、この少女はどこかへ行こうとする。
「私にはやらなきゃならない事がある。後は頼んだわね、紗希。」
「ううー、恨むよ、悠ちゃん」
その刹那、光が走る。
まるでコマが抜け落ちた映画のように、紗希の背後に魔人が立っていた。
「へ?」
紗希が間抜けな声をあげる。、
魔人が腕をあげ、紗希向かって振り下ろした。
振り下ろした。
ただそれだけだった。
それだけで猛烈な爆風が舞い上がり、ロザイアの視界を埋め尽くした。