少女闘争 その5 列日の破戒者
「ここか。」
悠は丘にぽっかりと空いた穴を見つめる。
そこは人工的に作られた通路のようであった。
「入るの?」
紗希が尋ねる。
「当然。」
しばらく歩くと巨大な空間に出た。
無機質な蛍光灯に照らされたその空間は、巨大な何かの腹の中のようだった。
こういうのは何かで見たことがある。
そうだ、たしか、大きな街の地下にある、雨水などを貯める場所。
「おつかれさま。」
奥から声が聞こえる。
何本も立つ柱の奥から、黒衣の女が現れる。
「あなたたち、やりたい放題ね。」
黒衣の女は言う。
「でも、ここからはそうはさせない。」
その言葉を呪文として、黒衣の女の両脇に三メートルほどの人影が現れる。
一つは蛇の頭をした巨人。
もう一つは狐の頭をした巨人。
「こいつらは代々使役してきた妖魔。拳一振りが砲弾に相当する破壊力を持つ。」
悠と紗希は身構える。
緊張感が伝わってくる。
悠は自分と同じ世界の人間であることを悟る。
「紗希、私が行くわ。」
意識せずに先導する悠。
「それじゃ、誰の依頼がわからないけど、死になさい」
黒衣の女の言葉を引き金に、人影が地面を駆けた。
蛇頭と狐頭は砲弾のように速く地面を駆け、悠と紗希に攻撃をしかけた。
方法は素手。
紗希はその拳を跳躍して躱し、悠は常時展開している防除壁で受ける。
しかし、
「っ!」
防御壁にヒビが入る。
耐えられる力をオーバーしたようだ。
「あなた、デルタシティから追放された魔術師でしょう。」
黒衣の女が言葉を紡ぐ。
「ユージーン・ユーステスファス。歴代最高の魔術師であり、老練会により追放された天才魔術師。」
彼女の言葉を呪文として、蛇頭と狐頭は悠たちに攻撃を仕掛ける。
「あなた、知ってるの?」
悠は防御壁を張り直しながら言い返す。
「ええ。伝説ではね。ずっと超えたかった。会いたかったわ。あの素晴らしい力の奔流を見た時、確信した!」
黒衣の女がうっとりと言葉を紡ぐ。
「ようやくあなたを殺せると。」
黒衣の女は2体の妖魔を操ってさらに、目の前に光の槍を顕現させる。
「ああ!待っていた!あなたのことを!ずっと殺したいと!!」
光の槍が悠に駆ける。
「悠ちゃん!」
紗希が叫びを上げる。
悠は右手をかざし、もう一枚防除壁を張るが、
「なぁんだ、大したことないのね。」
悠の背後から声が聞こえた。
通常、魔術を一枚展開するのが普通だ。
しかし様々な技術でその壁を越える。
魔術を2枚展開するのは頭の中で別々の事を二つ並行で考える事に近い。
それが3枚となると、それは想像を絶する。
人間には不可能だ。
だからこそ、魔獣を使役し、魔獣に魔術を使わせることで可能にしたり、他の手法を取ったりする。
『災厄のロザイア』は、類稀なる頭脳と魔を使役可能な血筋によって広域破壊魔術を5枚まで展開する事ができた。
今回使ったのは四つ。
高度に彼女の判断を取り入れた妖魔2体と、広域攻撃魔術の光の槍。
これだけでもすでに常人離れしているが、さらに自身のテレポートと、近距離からの熱衝撃波。
妖魔の操作は高度な部類なので、この攻撃は出し惜しみのない、彼女の一撃であった。
彼女は警戒していた。
見た目は派手な怪物の少女よりも、目の前のユージーンが最重要な破壊すべき対象であると。
まず、この警戒対象を完全に排除する。
その後に、怪物は練り込んだ魔術で破壊する。
それでも怪物が沈黙しなくとも、切り札がある。
使うつもりはないが。
「死んで」
黒衣の女が言葉を放つ。
それを呪文にして熱衝撃波が形成される、
はずだったのだが。
「あなた、ユージーンを知ってるのね。」
魔術が乱される。
一方的な力の奔流に。
「っ!くぅ!」
『災厄のロザイア』は、必死に練り上げる。
「ユージーンは、知っているわ。」
悠は悠然と振り返った。
笑みをたたえながら。
「だってね」
心底おかしそうに。
「なにがっ!おかしいっ!」
『災厄のロザイア』が、たまらず叫ぶ。
「だって、ユージーンはすでに死んでいる」
『災厄のロザイア』に驚愕の表情が浮かぶ。
「殺したの、わたしなんだもの。」
悠は悠然と言い放った。