少女闘争 その4 機械仕掛けの感情 殲滅
真理のプランは確実で、おおよそ成功するにはいくつもの技術的な問題をクリアしなければならないように思えたが、真理にとっては些細な問題の様だった。
〈なるほど。そのプランだと敵は全滅、文字通り誰一人生き残らず、人質は解放され、かつ、彼らの切り札であるビーム兵器を破壊できるね。〉
はい、と真理は肯定する。
〈でも、それを実行しないのは理由があるんだよね?静観する、と判断した理由が。〉
〈肯定します。理由としては、このプランだと私の存在が露呈するため、今後の生活の維持が困難になると判断しました。記憶の改ざんは可能でも、限度があります。この生活、気に入ってるので。〉
友人と、不自由で、不完全で、予測を無効にし、たまにサプライズのある、愛おしい日常。
〈今なら実行可能と判断した理由は?〉
〈あなた、シンさんのバックにあるアドバンストシティの上層部への働きかけを希望します。プランの確実な成功と引き換えに。私の存在を隠蔽し、黙認してください。〉
なるほど、とシンは考える。
可能だろう。上からはあらゆる手段を使用する最優先事項だと命令を受けている。
だが、
〈そのプランは却下かな。〉
真理は眉を顰める。
〈どうしてですか?オーダーには全て従っていますが。〉
〈そうだね。全ての問題はクリアしている。ただ、従っているだけだ。〉
シンは言う。
〈それは最適で最善だ。世界にとってはね。だが、君にとっても最善か?〉
シンは問う。
〈九つあるテロを全て全滅させ、兵器を破壊し、相手を完膚なきまで叩きのめす。悪くはない。だが、そんな事を可能な君は相当な脅威に映るだろうね。〉
実に非人間的にだ、とシンは付け加える。
〈だったら、手加減しろと?〉
〈違うな。君にならできる、自身の保身も含めた、より上の策をとるべきだ。脅威を知らしめながらも、脅威ではない、とな。〉
シンは一呼吸置き、
〈では、おれのプランを聞かせよう。〉
「あの、すみません。」
蚊の鳴くようなか細い声。
恐怖でかすれ、しかし振り絞って出した、小さな意思。
真理は自身でもわかるほどに震えていた。
無言で男が、真理の席の近くまで歩み寄る。
目出し帽に、よく海外のニュースや映画のテロリストで見る格好をした男。
手には、一般人には名前もわからない短いマシンガン。
無感情な男の瞳が、小さな声を発した主を射すくめる。
沈黙がバス内に流れる。
周りの生徒は固唾を飲んで見守る。
誰も声を出せない。
どんなトリガーが、取り返しのつかない事態になるか、誰も予想できない。
そんな感覚が支配していた。
「と、トイレに行かせてくださいっ。が、我慢できなくて、、、」
後半はほとんど聞こえないほどに、尻窄みになっていた。
男はしばらく沈黙していたが、
「来い」
そう一言だけ言って、真理の腕を掴み上げた。
「ま、待ってくれっ!おれも、、、」
その時、隼人が立ち上がった。
そう言って、真理と男に続こうとしたが、
「、、、」
無言の男の視線に、それ以上、動けなくなる。
「我慢しろ。」
男は短くそう発すると、真理を半ば引っ張りながら、車外に出た。
サービスエリアは広く、占拠される前は多くの人がいたはずだが、今は誰一人いなかった。
おそらく皆、退避させられたのだろう。
誰もいないサービスエリアで、トイレに向かう。
真理は個室に入って扉を閉めようとした。
が、
「そのまましろ。」
男は銃を突きつけながら、そう言った。
それはほぼ、通告に近かった。
「こ、このままですか、、、?」
真理は泣きそうになりながら言う。
「そうだ」
男は短く言い放つ。
下卑た笑みも、感情もなく、目の前の人殺しのプロは淡々と。
どうやら、このあたりが特異点のようだ、そう真理は考えた。
真里は男に体当たりした。
ほぼノーモーションのその動きに、男は少し揺らぐ。
が、プロに真里の素人の体当たりが効くことなどなく、
パンッ
と、短い破裂音がした。
真里の身体はよろめき、そのまま地に突っ伏した。
「ちっ、」
男は苦々しく舌をならす。
「どうしたっ?」
トイレの入り口からもう1人の男が入ってくる。
「抵抗した。だから殺した」
男が弁明する。
「人質はなるべく傷つけるなと言われているだろうがっ!」
「大丈夫だ、見せしめになるだろ」
口論する2人。
「もともと交渉が難航したら、1人ずつ見せしめにするるつもりだった。それが早まったたけだ、大した問題は、、、」
そこまで言いかけて、凍りつく。
撃たれたはずの少女が。
死んだはずの少女が。
「はっ?」
起き上がったのだった。
真理が右手を男にかざすと、次に空気を裂くような音がした。
男たちには何が起こったのか、最後までわからなかっただろう。
男たちの額に指幅ほどの穴が空いていた。
「シンさん、聞こえますか?」
〈ああ、聞こえるよ。うまく抜け出せたのかい?〉
真理の頭の中に声が響く。
「今、二人を無力化しました。」
〈了解。殺したの?〉
「なるべく殺すなというオーダーでしたので、死にはしていません。」
淡々と述べる真理。
すこしの沈黙があった後、シンは
〈よしよし。守ってくれてるんだね。〉
「作戦を続行しましょう。状況の再確認です。各箇所の人質には、敵の部隊がついている、でいいですかね?」
〈ああ。膠着状態だ。一番の原因はビーム兵器。あれがアドバンストシティを跡形もなく消してしまうことを恐れている。しかし、その最もやっかいなものは、現存する最強の兵器をおよそ千機分の攻撃をもってしても破壊不可能なバリアで守られているという点だ。現在、うちの技術部がなんとかして装置そのものを無力化する手番を考えている。〉
現状の課題だね、とシンは言う。
「なるほど、では一万機ではどうですか?」
真理の言葉の意味が一瞬、理解しきれなかったシンは、沈黙する。
〈いや、そりゃ10倍ならなんとかなるだろうが、そんなリソースはないし、、、〉
「千機と想定した兵器は同じくビーム兵器ですか?」
〈ああ。彼らが盗み出した兵器を入れても世界に数百機しかない。事実上不可能なんだよ。〉
しばしの沈黙。
〈もしかして、なんとかなっちゃうの?〉
「ビーム兵器の設計図を私に回してください。」
真理は高度五百メートル上で水平線上に浮かぶ、巨大な船を見ていた。
テロリストがビーム兵器を積んでいる船だ。
その周囲がすこし歪んで見える。
おそらく、バリアーと呼んでいたものだろう。
〈そちらの準備は大丈夫かい?〉
シンの声。
「問題ない。設計図は全て理解した。これから制作に入る。」
真理は背後の山に目を向ける。
実はこの行為にはあまり意味はない。
真理はセンサーにより全方位を掌握することが可能だ。
しかし少しでも人間的な行動をしないと、自身が人間であることを忘れてしまいそうだから、あえてそういう行為をとっている。
真理が意識を集中すると、山の上半分が虹色に点滅して、弾けて消えた。
弾けた光の粒が真理の周りに集まり、少しずつ何かを構成していく。
〈すごいな〉
シンは驚嘆せざるを得なかった。
ビーム兵器、なんてチープな名前で呼ばれていたが、真里が理解したそれは、いわゆる荷電粒子砲であった。
大きな装置がなければ、ここまでの威力のものは実現できない。
故に世界に数百機しかなかったのであろう。
真理の周りに浮かび上がったのは、宙に浮かぶ一万のオブジェクト。
四角い箱に筒が生えた、全長三メートルほどの装置。
それらからケーブルが伸び、真理の背中、襟から服の下へと繋がっている。
〈エネルギーはどうするんだい?〉
「自転と公転エネルギーを少し。あとは増幅させます。」
真理がそう言うと、一万のオブジェクトが光を帯び始める。
「いきます。」
〈どうぞ。〉
軽い口調でのシンの肯定。
一万のオブジェクトは一気に光を放ち、それはテロリストの船、その手前に収束する。
何かがぶつかる轟音と、まばゆい光があたりを支配した。
「なんだっ?!」
突如襲った振動。
男はテロリストのリーダーだった。
万全を期して、あらゆる可能性を考慮し、今日まで漕ぎ着けた。
あと一歩、そこまで来ていた。
なのに、、、
「リーダーっ!電磁クオーター障壁がっ!えっ!?えっ!?消滅・・・?」
何者かによって、バリアが破られたという、意味のわからない報告。
何重にも防御されているはずの基地が、何者かによって易々と切り取られた、という報告。
しかも強力なジャミングによって、人質を抑えている各所と連絡も取れない。
「落ち着け!原因を調べろっ!恐らくはアドバンストシティの兵隊どもだ。なんらかの手段で・・・」
「リーダーっ!破られた穴からし、侵入者がっ!ひ、ひとり・・・っ!」
「何っ!?」
「そ、それも、少女・・・」
真里はビーム砲、というよりもはや巨大なビームサーベルでバリアを切り崩したのち、空に浮かぶ1万のオブジェクトを破棄した。
そして足に生やしたジェットエンジンを起動して、船へと接近する。
(船ごと破壊するならもっと簡単なんだけどね。)
甲板に出た兵士たちが見たのは、制服をきた一人の少女が、文字通り空から降ってくるという、異様な光景であった。
しかもおかしい。
背中から金属の翼のような形状の物を生やしていた。
まるでアニメか映画に登場するような光景であった。
「降伏しろ。言うのは一度だけだ。時間がないので。」
少女は大声で叫ぶ。
兵士たちは、あまりの現実離れしたシチュエーションに、動けない。
「私はセキレイだ。いわばここの責任者。おまえは何者だ?」
テロリストの中でも、このビーム砲を積んだ船を占拠したチームのリーダーである、セキレイ・ヨンヘルは操舵室から甲板を見下ろしながら行った。
『答える義務はない。降伏か、否か。』
少女は一方的に言い放つ。
「バリアを破壊したのも、お前か。」
『あと10秒で判断しろ。』
少女は無慈悲に、無感情に述べる。
「降伏しない場合はどうなる?」
セキレイはこの状況が普通ではないことを理解していた。
「ヤン、あの少女に攻撃命令を出せ。姿形に惑わされるな。あれは普通じゃない。」
マイクを切って、配下に指示を出す。
『98』
少女が数字を口にする。
最初は意味がわからなかったが、それはチームの人数と一致していた。
「制圧ではなく、殲滅させていただきます。』
不可能だ、と思った。
同時に危機感が警鐘を鳴らす。
キセノンシティの深みにそう言った馬鹿げたことが可能な奴らがいるのは聞いたことがある。
伝説級の連中だ。
「では、答えはノーだ。」
その言葉をトリガーに、隠れていたチームメンバーが各々の武器のトリガーを引く。
集中的な銃弾、榴弾、ありったけの攻撃線が、少女に向けられ、発射される。
しかし、それらは全て少女の一メートル手前で停止する。
「残念です。私としては、面倒がなくて助かりますが。」
その言葉とともに、見えない波が少女から放出される。
それはマイクロウェーブを使った、空想上の兵器。
「ウェーブポイズン」
少女の言葉が発せられると、船の人間は全て意識を刈り取られた。
『やっちゃったのかい?』
「聞く耳を持ちませんでしたので。」
通信域からシンが聞く。
「ウェーブポイズンは、あたり一帯にマイクロ波を充満し、指定した位置の物体を破壊する物です。今回は98名の敵兵の脳漿に指定しました。ただし、出力を調整し、破壊せず、脳震盪と意識混濁を誘発させました。」
『まさに神業だね。』
距離がまちまちで、遮蔽物がいくつも存在し、さらに個人差があるであろう人体を破壊せずに器用に昏倒させた。
恐ろしく繊細で、強力な一撃だった。
少女は返答をするものがいなくなった甲板で、空を仰いだ。
「あ、鳥」
眩しそうに。
「世界がこれくらい、静かだったらいいのに。」
誰にともなく、少女はつぶやいた。