少女闘争 その4 機械仕掛けの感情 日常からの転換
〈聞こえるかい?〉
真理は自身の頭に響く声に少しだけ驚く。
〈驚きました。私のチャンネルのアクセスできるなんて。〉
〈褒めてくれたのかな。ありがとう、と言っておくよ。〉
〈さっきの男ですね。危機とはこのことですか?〉
〈そうだ。なるべく手短に話す。先ほど、シティ連邦にテロの予告が届いた。要求は、君は知らないだろうが、ある兵器の譲渡。やり方はシンプルで人質との交換。でも状況は面倒で、君たちと同じ学生集団が9つ人質に取られ、さらにアドバンストシティに向けてビーム兵器が向けられている。〉
〈なるほど、それは厳しい。同時にアタックしないとダメですね。〉
一箇所でも遅れると、遅れた箇所が危険に晒される。
〈そこで君にお願いがあるのさ。生体兵器である君にね。〉
真理は眉をひそめる。
〈さっきから私のことを誤解しているようですが、私は兵器なんかではありませんよ。〉
〈いいや、君は兵器さ。構造も起源も不明だがね。こうして電子通信をしていること自体、普通じゃない。〉
真理は物心ついた頃から、他とは違う自分に気付いていた。
そしてそれは、他人に開示すべき事ではないことも。
最初はSF映画を見た後にやったちょっとしたお遊びだった。
宇宙船の操縦シーンで、立体映像で地形を把握する主人公。
それを真似て頭の中で想像したのが始まりだったと記憶している。
想像を目の前に展開して、空想に浸る。
だがそれは空想ではなかった。
周囲の状況が不思議と手に取るようにわかり、空想と自身の視界を重ね合わせた時、さらに奇妙な感覚に囚われる。
目の前に幾つかの線が見えた。
細い光の線だ。
そこに意識を集中的に据えると、中に何かが流れているのが見えた。
最初は水のように見え、しばらくするとそれは数字であることが理解でき、さらに文字や情報だと直感的に認識した瞬間、意味が頭に流れ込んできたのだった。
それはネットワーク通信と無線通信のやりとりだった。
さらに様々な機器の構造から、それらに対するアクセス、また構造を理解できれば、周りの物質を分解し、理解したものへ再構築することができることを知った。
情報を蓄積し、構造を理解し、何度も試行を重ねて、自らの可能性を理解した時、少女は気付く。
これは、自身の生活にもたらすものも大きいが、奪うものも大きい。
これは他人に知られてはならないかもしれない。
これは、他人に正直に言ってはならないかもしれない。
半年の月日でそれを理解した少女は、以後、こっそりとその能力を研究することにしたのだった。
誰にも知られないように、慎重に。
〈今、僕はアドバンストシティで有数のスーパーコンピューター、『アナスタシア』を使って、君にアクセスしている。〉
〈なるほどね。防壁レベルをさらに上げる必要がありそう。〉
〈おいおい、勘弁してくれよ。これでも半年以上かかったんだぜ。占有して半年、だ。この意味わかるだろ?〉
男が笑う。
真理は自身の意識をすっと細める。
〈私は平穏に過ごしたいの。この力を使って、何かしたいとは思わない。それは良い方向に向かわない事は、計算によって明らかだ。〉
〈決意は固そうだね。〉
やれやれ、と男は思う。
決意の固い少女の説得をしなければならないのだから。
〈君の気持ちはわかるよ。古今東西、こういった力は悪用されなかった試しがない。人間の行動は、一貫性を持つように制御されるが、それは普遍で絶対ではない。性格テストの結果がその日の気分で変わる事は、明らかだ。〉
〈だからこの力を開示しないし、認知もさせない。あなたが、いやあなたたちがどうやって知ったのかわからないけども、それらはすべからく消去して、初期状態にもどさせてもらう。〉
〈分析班が聞いたら泣いちゃうなぁ。〉
〈記憶すら残さない。〉
〈記憶の改竄もできるのかい?〉
〈可能だ。〉
〈なんでもありだね。〉
〈できることしか、できない。魔法のように不可能を可能にするわけじゃない〉
〈君自身が悪用しない保証は?誰かが制御してあげる必要はないのかい?〉
〈ない。私の人格は9つ形成されていて、その中の非人間的な人格が、それらを統率している。〉
〈非人間的な人格とは、これまた面白い言葉だね。〉
〈話は終わり。あなたの記憶も初期化するから、そろそろさよなら、かな。〉
〈まあ、待ってよ。〉
男が言う。
〈君の善性に問いかけよう。今のこの状況も静観するのかい?〉
一瞬、間が空く。
〈静観する。私は力を使えばこの状況を変えられる。しかし、それはこの先、全体へ悪い影響を及ぼす。状況、人間の精神構造、社会的な構造、全てを計算すると、その答えに変わりはない。〉
少女が答える。
〈そこまで難しい事を聞いているんじゃない。この状況を静観したことによって、何人かが死ぬ。何人かが怪我をする。それは確実なことだ。〉
〈怪我は回復する。精神へのダメージも、目には見えないが、乗り越えられる。そして私は影響のない範囲は自らの手で守る。〉
〈その言葉を聞いて少し安心したよ。ならもう少しその範囲を広げてみないかい?〉
男は一呼吸置き、
〈君と同等のものを、あと二人集めよう。同等でありながら、その性質は異質なもの。君だって、全知全能ってわけじゃあるまい。〉
〈その通り。この世界は希望を持つには狭すぎるが、諦めるには広すぎる。〉
真理もその存在に希望を持たなかったわけではない。
自身の能力を超えるものの存在。
一人では不可能でも、誰かとなら。
真理にとって、それはとてつもない難題に思えていた。
〈保証は?あなたを信じるための。〉
〈そうだね。僕は君を信じる。代わりに君は僕を信じる。これでどうだい?〉
〈そんなの保証にはならない。もっと確実なものでないとダメ。〉
〈じゃあ、これでどうだい?〉
男は一通のメッセージを送る。
その内容を一読し、真理は黙考する。
〈…いいでしょう。真理がそう判断します。〉
〈声の質が変わったね。君は最初の人格かい?分化する前の。〉
〈そうです。元より数値で判断するのはアクシス、非人間的な人格が判断しますが、状況によっては私が判断します。〉
〈そうなんだ。ちなみにその基準は?〉
興味あるなぁ、と男は言う。
〈アクシスは最適な判断をすることができますが、それでは不十分だと、真理が感じたときです。〉
〈最適だと不十分?〉
はい、と真理は肯定し、
〈最適であっても、最善ではない場合です。そしてそれは判定ではなく、感覚で行います。社会性ロジックを使っても、そこだけはクリアできません。〉
〈なるほど。〉
想定通りだ。
男は安堵していた。
想定通りでなければ、人類の危機だった。
〈では、真理ちゃん、君のプランを聞こうか。〉