少女闘争 その4 1 機械仕掛けの感情 とあるハッカーの備忘録
自身が他と違うことに気付いたのは、小学生になってからだったと思う。
別に他よりも優れているなんて、思ったわけじゃない。
むしろノイズに似たもので、日常生活に支障をきたす類のものであった。
そして同時に、これは他からは隠さねばならないものだ、幼心に彼女はそう考えた。
他者との差異は、優劣問わず、悟られてはならない、そのように考えたのだった。
>接続試行1・・・
失敗しました。リトライします。
>接続試行2・・・
失敗しました。リトライします。
>接続試行3・・・
成功しました。管理者権限の奪取に成功しました。
システムチェック・・・3・・・2・・・1・・・
完了
薄暗い部屋でコンソールに踊る文字列を眺めながら、秋人は小さくガッツポーズをする。
「よしよしよしっ!キタキタ来た!」
危険な道を辿って来ただけあって、達成できたこの瞬間の快感は大きなものであった。
>アキ、この後どうする?:key
>適当に情報取って、サインだけ残して、ずらかろうよ:ゼロたん
チャットルームでは仲間たちが、今回の作戦の成功に盛り上がっている。
「そうだよなぁ。侵入だけが目的だもんな。中身の情報なんて、興味ないし。」
元々、秋人達は技術への興味から集まったメンバーだった。
存在を知ったら、試さずにはいられない。
だから特に利益を追求しているわけでもないし、よって政府のサーバーに侵入するという事は、そこにハードルがあって、それを乗り越えた、という事と、政府のサーバーに侵入できた、というブランドが重要で、そのサーバーにある情報に価値を見出しているわけではなかった。
達成感に浸っていると、不意に知らないハンドルネームの人間が割り込んできた。
>気付かれてる。早く抜けなさい:Nurr
知らないハンドルネームだった。
このルームは招待した人間以外入れないはずだ。
「誰だ?」
不意の侵入者に不快な気分になる。
せっかく得た達成感が曇っていく。
>誰だおま?:アキ
>おいおいwww政府からの逆襲キター:ゼロたん
「俺たちのチャットに割り込むとは、失礼なやつめ。」
逆探知を発動し、経路と送信元を割り出す。
「タヒね」
エンターキーを押す。
これは秋人にとってトリガーだ。
現実世界では無力な若者である、彼にとっての銃弾。
気に入らないもの、阻むものはこれで突破して、
「ぶちのめしてやる」
今頃相手はウイルスで汚染されたPCの前でアタフタしているはず。
ニヤニヤしながら画面を眺めていると、
>あまりその選択はおすすめしないのだけど:Nurr
その文字を秋人が視認すると同時に、チャット画面が閉じられた。
「は?」
秋人は何もしていない。
続いて秋人のPCのデスクトップからアイコンが消え、画面がブラックアウトする。
机の下にあるデスクトップ型の筐体のファンが異様な回転音で悲鳴をあげ、焦げ臭い匂いがし始める。
「おいおい・・・!マジかよ!なんだよこれ!」
パニックになる秋人。
しばらくファンの音が鳴り続け、その後にPCは完全に沈黙したのだった。
「なんだよ・・・」
秋人は呆然とするしかなかった。
不意に巷で囁かれる都市伝説を思い出す。
悪戯をするハッカーたちのPCに、何らかのコンピューターウイルスが侵入し、PCを物理的に破壊されてしまう、という荒唐無稽な話。
「まさか・・・引いちゃったの・・・?おれ。」
ネットワークから完全に切断された彼は、現実世界でそうつぶやくしかなかった。