お屋敷からの招待状
あれ。私、どうしてこんな格好で寝てたんだっけ?
朝目が覚めると、ベッドの上に寝ていたものの、昨日のワンピース姿でメイクもそのままだった。
あ、そうか。昨日は疲れて椅子の上で寝てしまって、リュカが運んでくれたんだった。
重くなかったかな?
メイクを落としたいし、お風呂に入っちゃおう。
湯船にお湯を溜めてゆっくりとお風呂に浸かる。
人間の生活って便利だよね。
温かいお風呂は本当に気持ちがいい。
朝から幸せ。
お風呂から上がってタオルで髪を乾かしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「マリン、起きてる?」
「リュカ、おはよう。開いてるからどうぞ」
「おはよう」
リュカが荷物を持って入ってきた。
「昨日貰ったお金と報酬を分けようと思って持ってきたんだ」
「あ、そうだったわね。そうだ、夕べはここまで運んで貰ってありがとう。重くなかった?」
「いや、軽くて驚いたよ」
話をしながらリュカはテーブルにお金と報酬を広げる。
「えっ!!また···」
「どうしたの?」
「一昨日は偶然かと思ったけど····お金が多いというか、金貨とか白金貨が入ってるんだ。こんな大金普通にぽんと出すなんてあり得ない。よっぽどの富豪か貴族位しか出来ない事だよ」
「貴族ってまさか?」
「伯爵···あり得ない話じゃないね」
「······」
「あくまでも憶測に過ぎないからね。とりあえず分けてしまうよ」
リュカが仕分けをして渡してくれたのは、二十万クランを越えていた。
「こんなにたくさん····」
「まあ、有り難く頂いておこう。あって困るものでもないし。ところで、マリンはカフェに行ったことはある?」
「ううん、ないけど」
「今日は特に予定もないし、朝食の後にでも散歩がてらに一緒に行こうか?甘いものが有名なんだ」
「え!甘いもの?!うん、行こう。凄く楽しみ!」
ここに来て、私はすっかり甘いものに嵌まってしまった。
前に貰ったクッキーも美味しかったし、アイスクリームも冷たくて最高だった。
今度は何かな?
目をキラキラさせていたらしく、リュカはクスクス笑っている。
食堂で朝食を頂いて、準備ができたら早速外へ繰り出す。
私達は今、カフェという所に来ている。白い品の良い外装で、室内も明るく居心地がいい。
海の見える窓際の席に案内され、注文したものを待つ間、またも私は物珍しいので周りを見てはニコニコしていた。
たくさんのお客さんがいるけど、若い女の子が多いね。
カップルもいるみたい。
みんな楽しそう。
そして、気がついたんだけど。
女の子たちの視線が···あれ、こっちを見てる?
こっちの子も、あちらの子も見てるね····。
あー、リュカに向いてるんだ。
凄いねえ。リュカってこんなにモテるんだ。
キョロキョロしているとリュカは不思議そうな顔をして「どうしたの?」と聞いてきた。
「お店にいる女の子たちがリュカを見ているのよ。モテるなあと思って」
リュカはカッコいいからね。モテるのはわかるけどね。
「気のせいだよ、きっと。それに知らない人にモテたって嬉しくないし余り興味がないから」
そうなのかな?リュカはホントに感心が無さそうだ。ちょっとホッとした。
ん?
しばらくして運ばれて来たのは、白く可愛いお皿に載ったショコラという小さなお菓子だった。
うわー!小さいけど一つ一つがキラキラ輝いてる。そして、みんな違う形で綺麗な細工。可愛いし美味しそー!
「うわぁ!可愛いね。どれから食べようかな?!」
「どれもみんな味が違うみたいだよ」
「え!そうなの?迷うなぁ」
一緒にミルクティーとコーヒーも運ばれて来た。
コーヒーは勿論リュカので、私はミルクティー。
早速、私はハート型のショコラを口に入れた。
その瞬間に口の中でとろけてふわっとミルクの甘さが広がる。
「ん~~。美味しい!甘~い!!うわー。これは凄いね、リュカ」
余りの感動にボキャブラリーの少なさを露呈しているのだけど、とにかく伝えたかった。
「まだ食べてもいいかな?」
「たくさん食べて」
リュカはコーヒーを飲みながら、私がショコラを堪能しているのを笑顔で眺めている。
「あ、これはキャラメルが入っているのかあ。こっちは、ガナッシュクリームだって。このオレンジのショコラも絶品!美味しいからリュカも食べて」
「うん。じゃあ一つ貰うよ」
甘いものを好きなだけ食べて、私は凄くご機嫌だ。
ミルクティーもショコラにあって、いい香りでとても美味しかった。
「マリン。これからの事なんだけど」
「うん?」
「ずっと今のホテルに泊まっている訳にはいかないから。今後の事を話しておこうと思って」
「クレアさんとも会えないし、そうね。それは決めておきたいな」
「マリンは何かやりたい事とかはないの?」
「私は目的があってここにきたの。この世界の色んな音楽に触れてみたいの。たくさんの楽器を見たいし演奏を聞いてみたい。私も歌いたいしね」
「そうなんだ······」
リュカは何か思案しているようで、右手を顎に当てている。
「リュカは何か考えているの?」
「僕はしばらくはここにいるつもりだったけど、マリンがそう言うなら元の生活に戻ろうかな?」
「それはどういう事なの?」
「イシュバルアカデミーって聞いたことある?」
「ううん、知らないわ」
「イシュバルの王都にある王立の学園で、武術、魔法、芸術、科学、医療など多くの学科があるんだ。各地から能力のある若者が学びに来る。それがイシュバルアカデミー。入学するのは難しいけど、王国が運営しているから特典も多いよ」
「リュカ、芸術って音楽もあるの?」
「もちろん」
「私、そこに行ってみたい」
「マリンはそう言うと思った。僕はそこの学生なんだ。今は夏の休暇中なんだけど早めに戻る事にするよ。アカデミーの音楽科を見たければ案内は出来るよ」
「リュカ、本当!?約束ね」
「嬉しそうだね」
「夢が叶うんだもの。嬉しいわ」
イシュバルアカデミーってどんな所だろう。
リュカがそこの学生というのも驚いたけど、案内してくれると言うし凄く嬉しい。
たくさんの楽器や色んな音楽が聞けるのか。楽しみだな。夢は膨らむ。
「リュカは何処に住んでいるの?アカデミーの近く?」
「そうだね。アカデミーの近くに家があるからマリンも一緒に暮らせるよ」
「え、そんな、リュカにお世話になりっぱなしな気がするなあ。いいのかな?」
「うん。割りと広いし、家にはあと二人居るけどね」
「ん?誰かと一緒に住んでいるの?」
「まあね」
「そこに私が入り込んで大丈夫なの?やっぱり遠慮するよ。住むところは自分で探すから」
「同居人のことは余り気にしなくていいんだけどね。あの人たちは絶対に文句は言わないから。まあ、今決めなくても実際に見てから考えて」
「うーん、そうね。じゃあそうしようかな」
リュカの家かあ。
同居人ってどんな人達なんだろう?
どんな家か興味があるな。
アカデミーといい、リュカの家といい楽しみが増えたなあ。
そして気が付くとリュカが支払いを済ませてくれていた。誘ったから当然だよと言って。リュカありがとう。
外に出ると、珍しく雲行きが怪しくなってきている。
「一雨きそうだな。マリン、ちょっと早いけど帰ろうか」
「本当だ。そうね、帰りましょう」
歩いている途中で、ポツポツと雨が当たる。
地上で見る雨ってこんな感じなのか。
雨の匂い、土の匂い、草木の匂いがする。
空や周りの景色をもう少し眺めていたいけど流石に濡れてきたね。
少し走ってホテルに着いた。
部屋に行く途中で支配人のバーレンさんが声を掛けてきた。
「お前たちにお客様がきてるぞ」
「?」
「お客様ですか?」
カウンターの横に燕尾服を着た初老の男性が佇んでいた。その男性は恭しく封筒を差し出すのでリュカがそれを受け取る。私達はその男性から少し離れた所で確認する事にする。
「これはベルリア伯爵の紋章の封蝋····。マリン、先に中を確認するから」
リュカはその場で封を開けた。
書いてある内容は何なのか、リュカの顔は険しい。一通り読んだようで書類から目をあげたリュカは困惑しているように見える。
「マリン、伯爵家から招待状がきたよ。演奏を直に聞きたいから明日の午後にお屋敷へ来るようにということだ。迎えの馬車も来るらしい」
「じゃあやっぱり···」
「伯爵の関係者が演奏を聞きに来ていたらしいね」
ベルリア伯爵というと、クレアさんのことで良い印象がない。
お屋敷に行くのも余り気が進まない。だけど、もしかしたらクレアさんの手掛かりが掴めるかもしれない。
「リュカ、伯爵家でクレアさんの情報を得られるかも知れないよね」
「そうだね。演奏をしつつ、その辺の探りを入れるため乗り込むことにしようか。ただ、危険なことも確かだから気を付けて行こう」
「そうね」
「貴族の相手は難しいからね。対応は僕がするから」
人間の貴族とか、よくわからないからリュカに対応して貰った方がいいね。リュカはそういうの得意なのかな?
それで、伯爵家の男性に明日伺う旨を伝えて、お帰りいただいた。
「おい、リュカ。話を聞いてしまったんだがな。伯爵家に行くのなら衣装が必要だろ?ステージ用ので良ければ使うか?」
「バーレンさん、いいんですか?助かります」
「ありがとうございます」
「気にするな。だが、心して行けよ。あの伯爵はいい噂を聞かないからな」
「そうですね。気をつけて行きます」
私達はバーレンさんにお礼を言って部屋へと戻った。
明日の事をもう少し詰めておいた方が良いということで、リュカの部屋に来ている。
「演奏の曲目はステージで演奏したのを変更せずにしようと思うけど、どうかな?」
「うん。それでいいと思う」
「あと、マリンは一言挨拶とお辞儀の練習をしておこう」
それで、リュカに礼の作法を教えてもらった。
これだけ出来れば大丈夫みたいだけど、どうなるのかな?