ステージ!
ステージの上は照明で一瞬眩しかったけれど、すぐに慣れて予定していた位置についた。
客席はテーブルは取り払われ、椅子が整然と並べられている。
その席も大分埋まって来ている。
私はいつものようにリュカと一緒に演奏を楽しもうと思う。
リュカに目配せをする。
リュカは頷いてフルートを構える。
最初の歌は『エターナルオーシャン』。
まずはリュカのフルート演奏からだ。
会場はしんと静まりかえる。
ワンフレーズ後に私は歌いはじめる。
低音から高音へと、歌声とフルートが絡み合い、ハーモニーを奏でる。私の主旋律、リュカの副旋律。
繰り返しの部分ではそれが入れ替わる。
会場は大海原であり、大いなる海底でもある。荘厳で何処までも優しく強く広がっていく。
私の歌声とリュカのフルートはキラキラと海を覆い輝きを増していく。
私が歌い終える。
リュカの旋律も静かに終わる。
リュカが微笑み、私も最高の笑顔で答える。
そして静まり返った会場から、熱気が溢れだした。大きな拍手が続く。
うわぁ!気持ちがいいな。
大勢の人たちの前で演奏するのは昨日以来だけど、みんなとても楽しんでくれているのが伝わってくる。
私の喜びもみんなに伝わって欲しいな。
そして、私達の演奏と歓声が聞こえたのか、会場には続々と観客が入ってきている。
私たちは礼をして、次の曲に備える。
会場からは声援が飛んでくる。
「「リュカさまー」」と、黄色い声が重なる。
わ、凄い。もうファンがついたのかあ。人気者だねリュカ。
「マリンちゃーん」て、言われた。
あわわ、なんなの?
恥ずかしいなぁ、困る。こういうのは馴れてないの。私のはいいから。やめて欲しい···。
声援と拍手が鳴りやみ会場に静寂が訪れる。
次の曲は『イルカたちの踊り』。
とにかく楽しく盛り上るよ。
さあ。みんなで踊ろうよ。
お祭りの始まりだよ~!!
演奏の始まりと同時に会場からは手拍子がはじまる。
そのうちにリズミカルに体を動かす人も!
イルカが楽しく踊るように私の声も高らかに踊り、リュカのメロディーも弾む。
歌声とフルートと歓声が融合して会場いっぱいに弾ける。
会場が楽しい雰囲気に包まれる。
イルカ達の『キュイキュイ~』という声が聞こえてきそう。
∴∴∴∴∴∴∴∴
本当にこの二人は凄い才能だ。
昨日初めて合わせたという二人の演奏に、夢中で聞き入ってしまった。歌声とフルートがえもいわれぬ音色を奏で、体と心に染み入る。一度聞いてしまうと、もっと聞いていたくなる。
舞台袖から見ているが、長年支配人をしていて、こんなに盛り上がるステージはそうはない。
たまにリュカにステージを任せたことはあったが、その時は技術は素晴らしいが、心がない演奏だったように感じていた。
機械のようだ。観客を惹き付ける魅力がないのだ。本人も楽しく演奏してはいないのだろう。折角の才能を開花させていない。
人との関わりを避けている節もあり、いつも一人でいた孤独なリュカ。
だが、今は何だ、この変わり様は!!
マリンという少女と組んだとたんにこれは!
別人のようなこの演奏。
音色は艶かに魅惑的になり、喜びに満ち溢れている。
マリンのソロは、もちろん言うまでもなく圧倒的だが、リュカのソロは今までと違い、なんと素晴らしかったことか。
美しくて、儚い夢を見ているようだ。
以前の彼を知っているだけに、本当に驚いた。
彼の幼い頃に戻ったような目の輝き。
彼の才能と、彼自身が花開く瞬間に立ち会え、ここの支配人をしていて本当に僥倖だ。
いつまでもこの素晴らしい演奏を続けて欲しい。
そして、幸せになって欲しいと切に願う。
∴∴∴∴∴∴∴∴
ステージもラストの一曲『愛の歌』。
私の歌から始まる。
会場は静まり観客は私達の演奏に耳を傾けている。
私は楽しさと喜びでいっぱいだ。
リュカに出逢えて、二人でこの素敵な演奏をする事ができて、なんて幸せなんだろう。
そして、私達の演奏を聞いてくれる人がたくさんいる。
みんな、ありがとう。
そんな、感謝の気持ちで歌おう。
リュカのフルートの音色からも、彼の喜びが伝わってくる。
会場は今までの曲の中で最高に盛り上がり、たくさんの歓声の中、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
私はリュカの元に駆け寄り、二人手を繋いで礼をした。
「大成功だったな!おめでとう」
「「ありがとうございます」」
私達がステージからバックヤードに戻ると、バーレンさんが拍手で迎えてくれた。
「俺の読みに間違いは無かったな!二人ともありがとう。お疲れさん」
「はい。ありがとうございます。お疲れさまでした」
演奏の興奮も冷めやらぬまま、手を繋いで互いを見つめる。
本当に楽しかった!!
無事にステージは終わり、またもお金を沢山貰ってしまった私達。
「お前たちにうちからも報酬を渡すぞ」
「「ありがとうございます」」
「今日はゆっくり休め」
「はい」
「マリン。疲れただろう?」
「うん。今日は流石に疲れたね」
「着替えて戻ろうか?」
「·····うん」
ステージであれだけ歌うと疲れるし、それに昼間の疲れもある。
夜も遅くて目を擦りながらやっとの思いで着替えをした私は、メイク用の椅子に腰掛けてリュカの着替えを待った。
「お待たせ。マリン?」
椅子に寄りかかってすっかり寝てしまっている。
余程疲れたのだろう。
「おいリュカ!マリンちゃん、送り届けやれよ。部屋の鍵は開けとくからな」
「ありがとうございます。お願いします」
寝ているマリンを僕は抱き上げた。
思っていた以上に彼女は軽くて驚いた。
あ、目が覚めてしまったかな?
「ん···?」
「そのまま寝ていていいから」
「···ごめん」
「気にしないで」
「あり··がと····」
ゆっくりと瞼を閉じる彼女を抱きかかえながら歩く。
昼に彼女を抱きしめた感触が甦る。
あの時は幸せな夢だと本気で思っていた。
まさか、本当に自分の腕の中に彼女がいるとは思いもよらなかった。
彼女の柔らかな体。甘やかな香り。
うっすらと頬を紅く染めて見上げる瞳は、しっかりと目に焼き付いて忘れられない。そして、離れがたくてつい強く抱き締めてしまった事を思い出す。
あの時、入江で彼女と出逢えたこと、そして演奏を一緒にしている今。不思議な偶然に感謝しかない。
そして、僕が今まで感じていた孤独な想いは消えてしまったのだろうか?
そう思う程に心に火が灯った様に暖かく、穏やかな気持ちでいられる。
幼い頃の母と共に暮らした日々を思い出す。あの頃もこんな風に穏やかだった。
彼女との生活でとうの昔に忘れていたことが思い出された。
この幸せがずっと続くのだろうか?
彼女との演奏は素晴らしいくいつも心が踊る。一緒に過ごすのはとても楽しくて、彼女は可愛くて··。
僕は近い将来、決断をしなければならないだろう。
そして、ケジメをつけなければ···。
···部屋にたどり着いてしまった。ベッドにゆっくりと彼女をおろした。
靴を脱がせブランケットを掛けて、顔にかかった髪を整える。
すやすやとよく眠っている。
しばらく僕は寝顔を眺めて側に佇んでいた。
綺麗だな。
ふいにふわっと笑って、夢でも見ているのだろうか?
ふふっとつられて笑う。
思わず彼女の額に口づけた。
彼女の唇に指を持って行きかけて、首を横に振る···。
いつまでも見飽きることのない彼女の寝顔。
静かに寝息をたてているのを見て、離れがたい感情を無理やり押し込める。
彼女の頭を撫でて、「お休み」と呟き僕は部屋を後にした。