過保護な彼ら
カーテン越しに朝日が差し込んできた。
ふかふかのベッドは気持ちが良くて、睡眠もばっちりだ。
疲れもすっかりとれたので、今朝は早めに起きて、色々と新しい事をやってみよう。
まずは身支度。顔を洗って歯を磨いて、黄緑色のワンピースを着る。
そういえば、昨日の洗濯物があったなぁ。
洗濯ってどうやるんだっけ?
昨日、リュカが教えてくれたような気がする。
洗面器に水をためて、まずは小さなものや下着類から洗ってみよう。
洗濯用の石鹸を擦り付けて、ゴシゴシと洗うと泡がたくさん出てきた。
おお!シャボン玉だ。
虹色のシャボン玉はふわふわ浮いている。ふふ。
汚れが落ちたようなので、今度は水で流し洗う。
わぁ!綺麗になった。
大きめの衣類はこの洗面器じゃあ足りないな。あ、お風呂の中で洗っちゃおう。お水は張ってないしちょうどいいね。
うわ!シャワーの水が髪の毛にかかったよ。冷たいなぁ。
まあ、ちょっと濡れるけど、これも面白いな。
衣類の水気を絞っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「マリン。おはよう。起きてる?」
「あ、リュカ。おはよう。起きてるわよ!」
そう言ってドアを開くと、リュカは目をぱちぱちさせている。
「マリン、びしょ濡れじゃないか?」
「今洗濯をしていたの。直ぐに乾いちゃうわ。これはどこに干したらいいの?」
「ちょっと貸して」
リュカと一緒にベランダに出る。そこには簡易なロープが張ってあり、リュカは洗濯挟みを手に取り手早く洗濯物を干していく。
「リュカって何でもできるのね。ところでリュカ、歳はいくつなの?」
「あれ。言ってなかったっけ。僕は十八歳だよ」
「私より二つお兄さんね」
「マリンは十六歳か。ほら、できたよ」
「リュカ。ありがとう。明日からは自分でやってみるね」
「そうだね」
部屋に戻るとリュカはタオルを探して「ちょっと失礼」と言って私の濡れた髪の毛を拭いてきた。
「あー、こんなに濡れて」とか言ってる。
まただよ。
「もう、大丈夫よ。ホントにお兄ちゃんもリュカも!」
「ん、お兄ちゃん?どういうこと?」
リュカは私の髪を拭きながら不思議そうな顔をしている。
「·······」
過保護も大概にして欲しい。
なぜ世話を焼きたがるのか。
いつまでも子供じゃないのに。
「ほら、もう大丈夫だよ」
「あのね。私は子供じゃないんだから、そんなに過保護にしなくてもいいのよ。リュカもお兄ちゃんも本当に心配性なんだから」
「あぁ。そういう事か!マリンにはお兄さんがいるんだね。それで、いつもマリンの事を過保護にしていると」
「うん」
「子供扱いしているわけではないと思うよ。お兄さんは君の事が可愛くて仕方がないんだろうね」
「そうなの?」
「多分。で、僕に関して言えば、子供扱いしているわけではなく」
「うんうん」
「つい、構いたくなってしまうんだよね」
「?」
にこっと笑って頭を撫でられた。
「さあ。食堂に行くよ」
いつの間にか手を引かれて食堂に向かって行った。
そうなのか。リュカもお兄ちゃんも子供扱いしてた訳じゃなかったのか。····なんだ。ちょっと怒って悪かったな。
というか、お兄ちゃんのことはリュカには全く関係ないのに、八つ当たりしちゃったな···。
食堂に着くと、まだ朝も早いので広いホールは空いていた。
案内されて席につく。
「朝食、何かな?」
「何だろうね」
ニコニコ顔の私たちの前に運ばれてきたのは、バターロールとバゲットをスライスして入れたバスケットとホットミルクとコーヒー。イチゴのジャムとハチミツ付き。
ハムエッグとコールスローサラダ、野菜たっぷりのコンソメスープ。フルーツの盛り合わせ。
「リュカの飲んでるの、そのコーヒーっていい香りね。美味しいの?」
「美味しいよ。でも、マリンはどうかな?苦いから」
「私もちょっと飲んでみようかな?」
「大丈夫かな···」
カップに少し分けてもらった。
カップを近づけるととても良い香りで美味しそう。
そして一口飲んでみる。
「うえぇぇ。苦い。」
「ほら、これを飲んで。」
涙目になりながらもらったホットミルクを慌てて飲む。ミルクに追加でハチミツを入れてくれた。わ!これ甘くて美味しいのね。
リュカはクスクス笑っている。
ん?何か面白かったのかな?
「マリン。今日も忙しくなるからたくさん食べて」
「うん」
たくさん食べて元気いっぱいになった私たちは、演奏の練習の為に入り江に向かった。
今朝も潮風が心地いい。
早速歌を唄う。
リュカは目をつむって聞いている。
一曲歌い終えると目を開いて「うん。今日も凄いね」と呟いている。
「じゃ、一曲目から通しで合わせてみよう」
昨日の練習の成果もあり、とてもいい演奏だと思う。
所々、リュカはアレンジを入れていて面白い。少しのことで随分曲の雰囲気がかわる。
本番はどうなるのかな。
楽しみだな。
「うん。この調子ならもう練習は十分だね。少し早いけど、クレアさんの所に様子を見に行こうか」
「うん。リュカ、ありがとう」
リュカは私の手を取って歩き始める。
リュカと手を繋ぐのはなんだか安心する。
優しくて大きな手だなと思う。
温かい。
ゆっくりと歩いてクレアさんの家に着いた。昨日と同じで、呼び鈴を何度鳴らしても何の変化もなかった。
あっ、隣のおばさんがいる。あれ?誰かと話しているみたい。
黒い服を着てなんだか怪しい二人組。
「マリン、ちょっと···」
リュカは小声でそう言うと私を庇うように物陰に隠れた。
「静かに····」
黒服の二人組はおばさんと話しが終わり、クレアさんの家をじろりと一瞥して帰って行った。
もう大丈夫かな?
「なんだかクレアさん、まずいことになってるみたいだね」
「·····私、隣のおばさんに聞いてくる」
「ああ、そうだね。マリン、僕が話すよ」
隣のおばさんはまだ家の外で掃き掃除をしていた。動揺する私の代わりにリュカが話してくれる。
「こんにちは」
「おや、あんたたちは昨日の?」
「はい。そのクレアさんの様子はどうかと思いまして」
「あんたたち。さっきの黒服を見たかい?クレアちゃんはあいつらに追われてるみたいだね。奴らはここらの領主の手の者だよ。下手に手は出さない方がいいね」
「ここの領主というと、ベルリア伯爵家ですか?」
「そういうことさ。厄介なのに目を付けられたもんだ」
「その黒服は確かにクレアさんを探していたんですか?」
「何でも、一回捕らえて逃げられたと言っていたね。クレアちゃんも馬鹿じゃないから、ここには戻って来ないだろうさ」
「そうでしょうね」
「あんたたちも、気を付けなよ」
「そうします。ありがとうございます」
リュカは私と手を繋いでくれている。
クレアさんは本当にトラブルに巻き込まれてしまったようだ。
不安げにリュカの顔を見上げて聞いた。
「ねえ、リュカ。私に出来ることって何かないのかな?」
「そうだな···クレアさんのことでできることは、騎士団に捜索願いを出すこと位かな。ただし、ここの騎士団は土地の領主の雇い入れた騎士で構成されているから、揉み消されるか、こちらまで目を付けられる可能性がある。なるべくなら関わらない方が懸命だね」
「そうなの?私たちまで捕まったら助けられなくなるわね」
「そうだね。だから今は自分たちに出来ることをしよう。僕らは今夜の演奏会をしっかりやる事だと思う」
「うん。わかったわ。今夜の演奏頑張る」
そうだよね。そもそもクレアさんの顔も知らないし、下手に動かない方がいいわね。
クレアさん。無事でいてくれるといいな。