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いまどきのマーメイド  作者: 万実
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リュカの願い

今日は朝から天気も良くて、散歩するにはちょうどいい。

潮風もそよそよと心地よく入り江の方向から吹いているな。


家の喧騒から離れて今は一人、夏の休暇中の気ままな旅の最中だ。

三年間の学生生活が許され、今は解放された気分で休暇を満喫しているが、何処にいても自分の孤独感は消えはしないのだった。


ここは、イアルマの入江。

美しい海と砂浜、透き通る水面にひかれてよくここには立ち寄る。

人気(ひとけ)のない入り江でゆっくりしよう。

入り江の周りには樹木が所々にある。日陰になる樹木の下に座り、潮風に身を任せて海を眺めることにする。


「気持ちいいなぁ」


僕は砂浜に波が寄せては返すのを眺めながら呟く。

イルカたちが迷い込んできたのか『キュイキュイ』と鳴く声が聞こえてくる。

珍しいな。

目を細めて見ると、一緒に女の子が泳いでいる。ピンクパールの髪色とエメラルドグリーンの瞳でとても目を引く綺麗な子だ。


「へぇ」


なんとなしに眺めているとその子は岩影に入り、ここからは見えなくなった。


急にその岩の向こう辺りから光の渦が立ち上るのが見えた。


「あれは魔法?」


自分も魔法を使うので、瞬間的にそう思った。でも、それきり特に動きもなく静かに波の音が聞こえるだけだ。


「気のせいだったかな?」


しばらくすると先程の女の子が岩の上に登り、辺りを見回しているのが見えた。

着替えでもしていたのだろうか、白いワンピースを着ている。


イルカたちはその子の近くにまだいるようだ。

不思議な子だな。

イルカと話しをしているようにもみえる。


歌声が聴こえる。


なんだ···この声!!

胸の中に入り込んでくる。

身体中を駆け巡り、細胞に染み込んでくる感覚。

心地のよい熱が通り、わずかに痺れるようだ。

凄いな。歌を聞いてこんな感覚に襲われるのは初めてだ。


もっと近くで聞きたい。気がつくと女の子のもとまで静かに近寄っていた。


彼女はイルカたちに歌っているようだ。

彼女もイルカたちもとても楽しそうに見える。

彼女の歌を聞いていて、頬に涙がほろりと流れた。

それを拭うのも忘れて歌に聞きいっていた。

歌が終わった時慌てて涙を拭き、拍手を送った。


女の子は驚いてこちらを振り向いた。

じっとこちらを見て岩を降りて目の前に立った。

間近で見るその子は、ふんわりとした腰の辺りまであるピンクパールの髪が風に靡き、エメラルドグリーンの瞳には優しい光が見える。透き通るような白い肌。ふっくらとした赤い唇。

惹き付けられて、見とれてた。


「綺麗な声だね。聞き惚れたよ」


やっと声をかけられた。内心はどきどきしている。


「あ、ありがとう」


彼女がしゃべった。歌声と同じで綺麗な声だな。

「マリン」という名前を教えてくれた。そしてもう一度歌を唄って貰えることになった。


『愛の歌』というその歌も素晴らしく、先程と同様に身体中に入ってきた。

どうしたらそんな風に歌えるのか。

そして、今。手元にフルートがないのが悔やまれてならない。

一緒に演奏してみたい。

心から演奏したいと思った。

今まで、自分にはこんな感情はなかった。器用なので、どんな難しい技術もすぐ身に付いた。簡単に出きることに情熱は湧いてはこなかったからだ。

だか、これは違う。

自分の魂が訴えているのだ。

凄いな。

僕はすっかり彼女の歌の虜になってしまったようだ。


彼女の待ち人が来ないので、住所のメモをもらいその人の家へ案内することになった。

彼女は凄く好奇心が旺盛で、あちらこちらを見回している。時折感心したり笑ったりして。とても楽しそうだ。

ちょうどお昼を過ぎた頃だ。

屋台からいい匂いが漂ってきている。

きっと彼女もお腹が空いているだろう。

クロワッサンのサンドイッチを売っている屋台があった。ここのお店の商品は美味しくて、ボリュームがあり人気だ。サンドイッチとオレンジジュースを二人分買った。

美味しそうに頬張る彼女はとても可愛い。

知らない事が多いようで、色々と聞いてくる。

どこぞの姫君かな?と思ってしまう。


訪ねた先の家は、小さいけれど、白い、感じのいい家だった。呼び鈴を何度か鳴らしても誰も現れないので、彼女は不安そうだ。

隣の人から事情を聞いたところ、訪ねた先の家人は行方が知れず、どうも彼女は困難に遭遇し行き場を失くしたらしい。一人で放っては置けないと思い、咄嗟に左手を差し出した。


「マリン、おいで」


彼女は右手を差し出したので、僕はその手を握った。

少し冷たい。先程の楽しげな様子から一転して、沈んでいる彼女を元気付けたくて、落ち着いて考えられる所に行こうと思った。


宿泊先の食堂で、温かい飲み物を頼んで彼女に渡すと、ほっとして少し回復したようだ。

良かった。

彼女の笑顔を見たい。

彼女の歌をまた聞きたい。

僕の提案に彼女は歌ってくれるという。

僕はバックヤードに行き、支配人に話を付けてステージを借り、置いてあったフルートを片手に彼女の元へ走った。

二人でステージに立ち、彼女の歌が始まる。

絶対音感の持ち主だ。

狂いがない音程にすぐにメロディを合わせる。

心が喜び、弾むようだ。

フルートをこんなに楽しく演奏したことは今までなかった。

歌とフルートの音色は交じりあい、一つなる。

僕の世界と彼女の世界が重なる。

なんて美しいんだろう。

孤独だった僕の世界が音を立てて崩れて行く。

そして生まれた暖かく、愛しく、優しさに溢れたこの世界。

ああ、奇跡のようなひとときがこのまま永遠に続くといいと願わずにいられない。

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