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「おい、何を手こずっている。さっさと仕留めんか」

「いま、やってる、よ」


 尊大な口調にせかされ、少年が短剣を振るう。短くも鋭い刃は、硬いストーンラビットの首をとらえた。ノウサギサイズの魔物は小さく声を漏らしたっきり、動かなくなる。


「はっあ、これで三十体……。任務完了だね」


 額の汗をぬぐった少年の名はレイ。髪も瞳も黒く、平凡な顔立ちだが笑うと愛嬌がある。

 冒険者を目指して田舎から出てきたが、身体はまだ薄く、顔つきにも幼さが残る。一仕事終えた安堵と達成感から、晴れやかな笑顔を浮かべて同行者を振り返った。


「ふん、たかがストーンラビットにどれだけ時間をかける。もっと速く終わらせろ」


 高慢ともとれる態度をとるのは年若い娘、レイの同行者であるファルディエッタだ。ぬばたまの黒髪を結わずに腰まで垂らし、紅玉のごとき瞳とは正反対に、肌は新雪よりも白い。肩と胸元が大胆にさらけ出されたドレスは身体に沿い、女性らしい丸みと魅惑的なくびれをあらわにしている。瞳はやや丸いが、眉間のしわのせいで冷淡さが際立っていた。


「ストーンラビットって硬いんだよ?」


 冷ややかな視線に気分を害した様子も見せず、レイはにこやかに答えた。

 ストーンラビットはその名の通り全身が石で覆われたウサギだ。こちらからしかけない限り向かってこないが、硬い身体と強靱な脚力でぶつかられるとかなりのダメージだ。

 積極的に人をおそうことはないが、放置しておくとどんどん繁殖し、ダンジョン外にまで食べ物をあさりに来る。定期的な討伐が推奨されているが、労力と報酬が釣り合っておらず、年中張り出されているのに人気が低い仕事の一つだ。


「硬いといってもたかが石だろう。早朝から出たというのに、もう夕方ではないか!」


 ファルディエッタが不機嫌もあらわに空をにらむ。

 ここにあるダンジョンはよくある洞窟型で、それを囲むように森が広がっている。森に朝日が差す頃に到着し、地平に沈もうという時間になるまで、レイはストーンラビット狩りにいそしんでいた。

 十体狩ればギリギリその日の暮らしをまかなえるが、相手は害獣だ。できる限り数を減らした方が街の人間も安心するだろうと、レイは毎日三十体狩るのを目標としていた。


「ごめんね、ファルディエッタ。明日はもっと速く終われるようにするよ」


 手伝いもせず、一日レイの仕事ぶりを眺めるだけであったファルディエッタに対して、レイはあくまで穏やかだ。文句を言うなら手伝えなどとなじることもない。

 討伐の証となる耳を落とし、ファルディエッタに預けておいた袋へと入れれば、本日の依頼は終了だ。あとは町に戻って冒険者互助協会(ギルド)へと袋を提出すると、働きに見合った報酬を得られる。


 *********************************


 見張り番に挨拶して町に入ると、夕飯時の喧噪がふたりを包み込んだ。


「ちょっとあんた、これ、このにんじん! 高いんじゃないのかい? じゃがいもはいつもと変わらない値段じゃないか」

「いやいや奥さん、最近にんじんが減ってんだ! これでもずいぶん安くしてんだ」

「こっちも買うからもう一声!」

「いやぁ、旦那にゃ敵わねえ。勉強させてもらいますよ!」


 大通りに並んだ屋台からは食欲をそそる匂いが立ちこめ、そこかしこで盛んに値引き交渉が行われている。

 一日働いた身体は空腹を訴えるが、ギルドへの報告が最優先だ。


「ああ、そこのあなた! 油はいかがですか!」


 町の中心にあるギルドが見えてきたところで、声をかけられた。妙に甲高い声で呼びかけられ、つい立ち止まったレイに、矢継ぎ早に売り口上が投げかけられる。


「ここで売るは『ガマの油』! 食べても舐めてもいいし、ランプにも使えるよ! ひと瓶たったの二千キン!」


 両手でしっかりと抱えた瓶を差し出したのは赤ら顔の男だ。商売人らしく愛想はいいが、どうにも()()()()()()が漂う。


「あー、いや、僕は――」

「いやいや何を言いなさる! 私の扱う油はピカイチ、まあまあ一度買ってみて!」


 ずずい、と油壺を押しつけられそうになる。このままでは得体の知れない油に、一日の生活費を払うことになってしまう。

 商人もレイの態度に好機と踏んだのか、油壺を持たせようと手を取ってきた。


「そんなもの、誰が買うか。おい、さっさと行くぞ」


 容赦のない断り文句とともにレイの襟首が引かれ、ギルドへと引きずるように歩き出す。


「ありがとう、ファルディエッタ。助かったよ」


 猫の子のような扱いに不平を漏らすでもなく、レイは感謝を告げる。返ってきたのは鼻を鳴らす音のみだが、助けてくれたのは事実だ。おかげで生活費を守ることができた。


「だいたいおまえは押しに弱すぎるのだ! 私が見た限りですでに四度も壺を押し売られているだろうが!」


 週に一度のペースで不審な商売に引っかかりかけている。人が()くて押しに弱い性格はレイの長所だが、あくどい商人には恰好の的にしか写らない。

 困っている人を見たら手をさしのべるレイをカモにするのは商人だけではない。


「やっほー、レイくん。今日もウサギさんと遊んできたんでちゅか~?」

「よく頑張りまちたね~。オニーサンたちが褒めてあげまちゅよ~」


 あからさまにあざける言葉に下卑た笑いが重なる。ゲラゲラと品のない大声を上げて姿を現したのは五人の獣人だ。頭部が犬だったり、全身に毛皮をまとっていたり、人間に耳と尻尾が生えていたり。獣人としての特徴が色濃く出た彼らは、獣の身体を誇りにしている。同時に、何の身体的特徴も持たないレイを心底見下していた。

 もうすぐギルドに入れるというのに、獣人のパーティはレイたちを取り囲んでしまう。大柄で筋肉質な彼らに囲まれると圧迫感がひどい。


「ありがとうございます。今日もストーンラビットを狩ってきました」


 悪意しか感じ取れない言葉にも、レイは笑顔を絶やさない。頭一つ分は上にあるマズルに向かって、穏やかに戦果を教えている。

 ファルディエッタは獣人が依頼を受けているのを見たことがなかった。レイはほとんど毎日ストーンラビット狩りに出ているというのに。

 働かねば食い扶持は稼げず、小さなこの町で日銭を稼ぐ方法は冒険者くらいしかない。となれば、獣人が何を言いたいかは火を見るより明らかだ。


「なあ、レイくん? 今日もたっくさんウサギさん持って帰ってきたんだろ? ちょっとでいいからさ、オレたちに分けてくれよ」

「そうそう! ここに来たばっかのレイくんに親切にしてやったお礼。な?」

「オレたちのパーティメンバーがさあ、一人怪我して動けねえんだよ。そいつを助けると思ってよう」


 口々に言いながら差し出される、図々しい手のひら。鋭い爪を見せつけるように指を曲げた手もある。

 ファルディエッタは内心で舌打ちする。初めてこの行為を見たときは、あまりの恥知らずさに非難した。今も思いは変わらない。自分で汗を流すことなく、成果だけをかすめ取ろうという行いには心底反吐が出る。気高いと思っていた獣人が、知らぬ間に畜生に成り下がったという事実に心痛で涙が出そうだ。


「わかりました。じゃあ、ギルドで換金してくるので少し待っていてください。すぐ戻ってくるので」


 獣人は口笛を吹き、肩をたたいてレイを労う。吐き気がする光景だが、黙っているのはレイにそう言われたからだ。

 最初に獣人を冷罵した際、当然ながら獣人たちは殴りかかってきた。器の小さい輩でなければ、後輩の冒険者にたかるなどという行為はできない。

 受けて立つ構えだったファルディエッタを、レイはかばった。獣人の拳は重い。ファルディエッタめがけて放たれた一撃に、レイは割り込んだのだ。

 かばうという行為は、弱者にするものだ。自分を弱者と侮るのかと、怒り心頭に発するファルディエッタに、レイは困ったような笑顔で言った。


「この人たちは先輩なんだ。それに、ファルディエッタは今会ったばかりだよね。よく知りもしないのに、非難するのは失礼だよ」


 殴られた頬は相当痛むだろうに、レイは獣人たちに誠心誠意頭を下げた。その場はレイの謝意とその日の稼ぎで決着したが、ファルディエッタの怒りは収まらぬままだ。

 生活の拠点としている宿の一室で、腫れ上がった頬を冷やすレイを、ファルディエッタは口汚くののしった。


「この意気地なしめ! 何が先輩なものか!! あのような下賤な輩、あの場で八つ裂きにできたものを! おまえもおまえだ。なぜ私をかばった? 私はおまえよりはるかに強い。おまえなどに守られるような弱者ではないとしかと心得よ!!」

「ファルディエッタを弱いとは思ってないよ。でも、ごめんね」


 すべての文句を黙って聞き入れるレイにさらに腹が立った。そまつなベッドに仁王立ち、胸ぐらをつかんでつるし上げた段になって、ようやく表情に苦しさが見えた。

 ファルディエッタが怒鳴っている間も、レイは柔和な顔を崩さなかったのだ。レイのゆがんだ顔を見て、少しだけ胸のすく思いがする。


「弱いとは思っていないだと? ならばなぜ、私をかばった。返答如何によっては、このままくびり殺してやる」


 冗談ではない証拠に、首に手をかけてやる。ファルディエッタにとって、非力な少年1人の首をへし折るのはたわいもないことだ。


「ファルディエッタが、女の子、だから」


 締め上げられて苦しそうにしながらも、レイは抵抗らしい抵抗を見せず、ファルディエッタにほほえみかけた。

 予想だにしない返答にしばし呆ける。女の子だから? だからわざわざ、頬を腫れ上がらせてまでファルディエッタをかばったというのか。相手を怒らせたのは自分ではないのに。


「おまえ……。筋金入りの阿呆だな」


 バカみたいに純粋な理由に、すっかり毒気を抜かれてしまった。落とされたレイは首元をさすっているが、ファルディエッタに何か言う気はないようだ。殺害予告をされても平然としているレイに、身勝手にも心配を覚えてしまったのは仕方ないことだろう。

 あれ以来、レイの行動には口を出さないことにした。あれは度の過ぎたお人好しか、あるいはネジの外れた異常者に違いない。そんな相手に何を言っても無駄である。


「お待たせしました!」


 換金を終えたレイが駆け寄ってくると、ストーンラビット十体分の金銭を差し出した。その半分程度で充分だろうと思えるが、レイは彼らのパーティメンバーが本当に怪我をしている可能性を捨てていないのだ。


「えー、ちょっと少なくない?」

「もうちょっと出せるでしょー」


 人の言葉を信じるようにしてるんだよ、と笑った彼を嫌いではないと感じたのは、悲しいかな、ファルディエッタだ。ならば、自分が限度を教えねばなるまい。


「悪いな、先輩どの(・・・・)。 今日渡せるのはそれだけだ。私たちにも生活があるのでな」

「いやさあ、何も全部よこせ、とは言ってねえよ? オレらもそんなオニじゃねえし。でもさ、もっと膨らんでたよね、袋」


 嫌らしく細められた目は、自身が捕食者であると疑っていない。うっかり視線に殺意を乗せないよう気を払いつつ、ファルディエッタはレイをかばうように進み出た。頭上にある獣の顔面に視線を合わせ、口角をつり上げた。紅など必要としない朱唇が、ゆうるりと弧を描く。そこには見る者をぞっとさせる艶があった。


「すまんなあ、あれはレイがうまく耳を切れんでな。いらぬ肉片も付いていたために膨らんでいただけのこと。今日の分はそれで終いだ」


 きゅう、と瞳を細めた笑顔は獣人よりもなお獣らしい。捕食者としての格の違いを態度で示すと、ファルディエッタは最後に一瞥してから獣人に背を向けた。制止の声はかからない。

 レイを促して宿への帰途を辿る。引き留められなかった時点で、奴らの負けは確定的だ。けれど明日も性懲りもなくたかりに来るのだろうと思うと、知らずため息がこぼれる。


「ありがとう、ファルディエッタ。僕は君に助けられてばかりだね」

「まったくだ。もっとしっかりして見せろ、おまえが強くならねば、私の腹は満たされぬのだからな」


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