アランドルの街
冒険者
要するに何でも屋なんだが、この国ではひとつだけ決まりがある。
冒険者になるにはギルドに登録すること
ただそれだけのシンプルなことなのだが、これが意外と面倒くさい。
自分の魔法の素質を届け出る必要があるからだ。
魔法の習得にはおよそ3つの種類がある
1、素質
2、精霊との契約
3、禁術
素質。これは要するに生まれ持った才能のことだ。人により強弱はあるが基本的には二つの特性を持つ。
俺なら、風と強化の二つだ。
精霊との契約。こちらは後天的に得ることのできるもの。細かい条件や手順などは得る属性によって異なるが、魔法に対する素養と精霊との仲良し度という謎の条件がある。
そして禁術。こちらも後天的に得ることのできるもの。禁術という呼び名ではあるが、邪法の類ではなく太古の魔術であり、口伝のみで伝えられており一部の者しか再現できないのだが。
召喚の魔法自体も禁術の一種であり、これによって呼び出された者たちは、素質に加えて、禁術由来の魔法も使えるという。
自分の魔法の才能を調べるには
自身の深層意識と向き合うことで、その心を観察する必要がある。
ある程度魔力の扱いを心得れば、自分で心を覗き、その成長を見ることもできるが、最初のうちは魔導師と呼ばれる術士に頼るのが常だ。
共に心に潜り、その有り様を伝えるのが彼らの秘術だ。
昨日の実験でマリナの素質の一つはおおよそ見当が付いたが、もう一つは正直さっぱりわからない。
それを調べる必要がある。
「おじさん、おはよう〜」
ムニャムニャしながら、マリナが降りてくる。こいつ朝は弱いのか。
「おう。朝飯食ったら出るから、さっさと準備しろ。服はそこにあるの使え」
はーい、と答えながら洗面所に向かう。
茶を飲みながら戻ってくるのを待っていると、何かマリナの表情が曇っている。
「ねえ、おじさん」
何故かとても冷たい声。何か気に触るようなことしたか?
「なんで、この服、下着も含めてサイズピッタリなの。どうやって調べたの?」
「なんだそんなことかよ。そりゃお前が昨日寝てるうちに、サイズ測って--------」
バチコーン
いきなり鉄拳が飛んでくる。
顔面に直撃を受け、椅子ごと床に打ち付けられる。
「いきなり殴ることはねーだろ!」
「人が寝てる間に身体ペタペタ触った癖に、そんなことかよ言える立場じゃないでしょ!」
勘違いしやがって
「俺が測った訳じゃねーぞ。おい、リック。出てこーい」
指を鳴らすと、キッチンからフヨフヨと妖精が現れる。風の妖精 リック。
俺の師匠の忘れ片見の一つだ。
「アート、呼んだ?」
「マリナに紹介してなかったからさ。自己紹介してやってくれ」
「マリナさん、初めましてですよ。リックですよ」
ぺこりとお辞儀をする妖精を見て、パチクリするマリナ。
「こちらこそ、初めまして」
リックが差し出した手にオズオズとてを差し出す。サイズの問題があるから指を握り返す形になるが。
「じゃあ、サイズ測ったのはリックちゃんなの?」
空中で頷くリック。
「測るだけじゃなくて、服を作ったのも私ですよ」
「え、そうなの!?小ちゃいのに大変だったでしょ??ありがとう!」
リックの頭をよしよししながらはしゃぐいでいるが、俺のことは完全に忘れている。
「早速仲良くなってくれて嬉しいんだが、何か言うことがあるんじゃないか」
床にひっくり返ったままの俺を一瞥し、
ハッとした表情になる。いい加減尻が痛い。
「ご、ごめん。今起こすから」
「頼む」
朝食も食い終わり、支度も整った。
「ちょっくら街に出てくるから、リック留守番頼む」
「はいです。お土産期待してるです」
「わかったわかった。それじゃあ、よろしくな」
手を振る妖精に背を向け、二人で歩き出す。
街道に沿って、街に向け進む。
俺の住むリンネルネの村から街まではおよそ1時間。
歩きっぱなしは多少足にくるが、無理な距離ではない。
幸い街道沿いはそれなりに整備されており、整地とまではいかないが平坦な道だ。
街から離れるほど森が濃くなっており、リンネルンネと街の間は林と草原が広がっている。
この辺りには滅多にモンスターは現れないが、たまに森の奥からのはぐれが湧いてくる。
昨日のシルバーベアははぐれというには強力なモンスターだ。一応後でギルドに報告しておくか。
今日は現れないといいが。
「ねえ、おじさん、街に行って何するの?今日から冒険者だってゆってけど」
「説明してもいいんだが出来るだけ前情報なしの方がいいんだよなぁ。占い師のジさんのところに行くとだけ言っておくか」
「え、占いしてもらえるの!?」
「占いといえば占いだがな。それはそうと、あれ見てみろよ」
リンネルネから続く小高い丘を越えたところで、視界が一気に開けると、その先にはアランドルの街が広がっている。
「でかいねー。街の周りにあるのは壁?」
「ああ、ここは古い対戦の時の前線基地だったんだ。あの壁はその時の名残でモンスターの進行を防ぐ目的で建てられたもんだ。いまはこの街まで強力なモンスターが進行してくることはないから、ほとんど飾りだけどな」
「じゃあ、なんで残してるの?邪魔じゃん」
「生まれた時からあるからな。そんなこと考えたこともないわ」
言われてみれば不思議なもんだ。ところどに欠けやら穴やらが開いていた時期もあるが今ではすっかり補修されており、堅牢な壁がそびえたっている。
そんなこと話していると城門の前までたどり着いた。
「身分証のかくに、ってなんだよアートじゃねえか。元気にしてたか」
「お陰さんでよろしくやってるよ。お前こそ、奥さんの尻に敷かれてんじゃねえのか」
「余計なお世話だ。ちゃんと母ちゃんの言いつけ守って、夜も飲まずに帰ってるよ」
「敷かれまくってるじゃねえか」
ガハハと二人で笑い合う。
門番のグレイグ、俺が駆け出しの頃は一緒にパーティーを組んだりもしたが、結婚してからは街で奥さんと仲良く暮らしている。
「ところで、そちらのお嬢さんはどちらさんだい。始めて見る顔だが」
蚊帳の外でポケっとしていたマリナに視線を移す。
「マリナって言ってな。昨日拾ったストレンジだ」
笑っていたグレイグの顔がにわかに曇る。わかりやすい反応しやがって。
「ストレンジって、お前、、、、、、。相変わらず厄介ごとが好きだな」
「俺だって好きで巻き込まれてんじゃねえよ。そう言うわけだからギルドマスターに話通しておいてもらえるか。こっちは先に爺さんのところ行ってくるからよ」
「相変わらず人使いが荒いな。ささっと用事済ましてこい。ギルドマスターには伝令飛ばしておくよ」
グレイグは側机から羽ペンと伝令用の紙を取り出し、一筆したためると、指笛を鳴らす。
しばらくすると空から、黄色い鳥がグレイグの腕に舞い降りる。
「すごっ!今その鳥呼んだの?」
興味津々といった具合にマリナが食いつく。
「こいつはビーストテイマーなんだよ。今のはその辺にいる普通の鳥だけどな」
「普通ってお前、こいつはシルバーラインの入ったレアモンスターだぞ」
たしかによくみると首筋から尾にかけて銀色の線が2本走っている。
鳥のことはよく分からんが。レアものらしい。
モンスターはその身に蓄える魔力の量に応じて、体色が変化する傾向がある。
その量に応じて、銀、金、玉虫色と変わっていく。
シルバーラインということは通常個体よりも、魔力が強いということだろう。
そんなやりとりをしているうちに、足に伝令をくくりつけた鳥が飛び立つ。
「連絡しといたからささっと行ってこい。二時間もあれば向こうも準備できるだろう」
「助かる。マリナ行くぞ」
鳥さんばいばいーと手を振るマリナに先を促す。
城門が開かれ、メインストリートが目の前に広がる。
「うわぁ〜、お店がいっぱいだね」
メインストリートの両脇には露店や店舗を含め、ありとあらゆる種類の店が軒を連ねる。
「基本的に外から来た連中はこの道を通ることになるからな。自動的にここに店が集まるってわけだ」
聞いてるのか聞いていないのか、花屋を見ているかと思えば、反対側の魔導具店を凝視し、あっちこっちをキョロキョロしている。
初めて見るなら仕方ないか。俺も最初は気圧されたもんだ。
感慨に耽りながら歩を進める。
ボッタクリにあったポーション屋、装備のメンテをよく頼んだ武器屋、怪しい情報満載の情報屋。
あげればきりがないが、この辺りの店には随分世話になった。
武器屋にはソウイチの最終決戦の装備のレプリカも並んでいる。
レプリカとは言え、結構な値段がするな。質感や見た目は拘っているんだろう、本物と遜色ない。
占い師の爺さんの店はもうすぐだ。
「マリナそろそろ着くぞ。ってあれ」
マリナがいない。
よそ見してる間にはぐれちまったか。
仕方ない。探しに戻るか。
サイドマリナ
「おじさん、どこ行ったんだろう」
へんな道具の店の前で立ち止まっていたら、気づいたらおじさんとはぐれちゃった。困ったな。
待ってた方がいいのかな。すぐに気づいてくれるとは思うけど。
仕方ない。ウィンドウショッピングだ。
おじさんと合流するために仕方なく。仕方なくだよ。
まずはあそこにある、綺麗な瓶がいっぱい飾ってあるお店に行ってみよう。
お店の正面はガラスのショーウインドウになっていて色とりどりの瓶と、沢山の葉っぱや花が陳列されている。バスケットに入った薬草や小さな花壇に植えられているもの。種類は分からないけど、色々ある。日本でも見たことのあるような草もいくつかある。
ショーケースを見ていると、店の前のドアがチリンチリンとベルを鳴らし開かれる。中からお爺さんが出てくる。
紺色のローブを着たお爺さんだ。手には、バスケットをかかえて中には葉っぱや花が沢山入っている。
「おや、こんなところで出会うことになるとは」
と、突然おじいさんがこちらに声をかけてくる。
びっくりして言葉が出ないでいると
「すまない。突然で驚かせてしまったかな。私の名前はエンデル。
エンデル グランサ。しがない占師をやっているのだが、今朝の占いで君に出逢うと出てね。サガミ マリナさん」
「名前までわかっちゃうのか。占いってすごいね」
「ふぉふぉふぉ、そうじゃろ。ところでアートのやつの姿が見えんが」
「おじさんのこと知ってるの?」
「知ってるとも。アートのやつが、こんな頃から知っておる」
私の腰のあたりを指差しながらそんなことを言うお爺さん。
それって5歳くらいかな。おじさんもちっさい頃あったんだね。
「そうそう、あたし今、迷子なんだよね」
「そうじゃったか。であれば、私の家に来なさい。どうせアートもすぐに泣きつきに来るじゃろ。茶でも飲みながら待つとしよう」
「そういうことなら遠慮なく、お邪魔します」
数分大通りを歩くとお爺さんのお店にたどり着いた。
エンデル占い館
さっきのお店では何の気なしに読んでいたけど、看板の文字が読める。
見たことのない文字だけど意味はわかる。召喚された時の特典かな?
お店の中に入ると、一番最初に目に入るのは赤い布を敷いた机とその上にある大きな水晶玉。朝の星座占いとかはよく見てたけど、こういう
本格的な占いはやったことないからワクワクする。
「そこの椅子にかけて少し待っておるがよい」
そう言っておじいさんは赤い布の間仕切りの奥に引っ込んでしまった。
この部屋は自体はすごくシンプルで真ん中の机以外は、壁際に本棚があるだけ。背表紙のタイトルをみると占いの本だってことはわかるけど、エーテル診断、占星術、出逢うべき精霊などなど半分くらいは意味がわかんない。
本棚には本の他にも、カードの束や石、木の枝みたいなものがいくつか並んでいる。これも占いに使うものなのかな。
そんんふうに本棚を眺めていると、奥からお爺さんが戻ってくる。
「待たせたのう。さっきそこの店で買ってきたハーブティーじゃ。今朝摘んだばかりの新鮮なものじゃから良い香りがするぞ」
お爺さんのいう通り、湯気に乗って良い匂いが漂ってくる。
なんかすごい落ち着く感じ。
「お主はアートの連れのようじゃが、どういった関係なんじゃ?半年前に顔を出した時は浮いた話なぞなかったように思うが」
「あたしもよくわかってないんだけど、こっちの世界に召喚されたんだって。おじさんとは昨日会ったばかりなんだよね」
「召喚か。アートの奴がその手の魔法を使えるとは思えんな。ということはお主はストレンジか」
ストレンジ、確かおじさんもそんなこと言ってたような。
「であれば目的はアレかの。アートとはどこに行く予定か聞いておるか」
「ギルド行く前にジイさんのとこ行くとは言ってたけど、あんまり詳しく教えてくれなかったんだよね」
「ふぉふぉふぉ、それは僥倖。そのジイさんとはワシのことじゃ。どれ、アートが来るまでもう少し時間もあるじゃろう。先に済ませてしまうか」
「先に済ませるって、何するの?」
「お主の心の形と向き合うと言ったところかの」
よく分かんないな。ちょっと面白そうだけど。
「占いみたいなもんじゃから、気楽に構えると良い」
カップのお茶を飲み干した、お爺さんが水晶玉に手をかざす。パーっと手が光って水晶玉も光りだす。これ魔法ってやつだ。
「さあ、準備出来た。水晶に手をかざして、目を閉じるんじゃ」
言われた通りにやると、草原のイメージがパッと浮かぶ。何にもないけど、すごく風が気持ちいい。
「ほう、澄んだいい情景じゃな」
お爺さんが喋ってるんだけど、頭の中に直接語りかけてくる感じがする。
「そのまま集中するがよい。その中で最も心惹かれるものを探してみるんじゃ」
心惹かれるもの?
なんだろう。こんな草原でものなんかないけど....
草?は違うなあ。
あ、太陽。
お日様の光がポカポカ気持ちよくてアレが一番好き。
お日様に意識を向けて行くと、周りがどんどん明るくなっていく。
っていうか太陽が大きくなっていく。
近づいて来てる?
「怖がらんでいい。お主を傷つけるものではない」
お爺さんの声を聞くと少し安心できた。
そのまま近づいてくる太陽を眺める。
あたりはもう真っ白になっていて、草原かどうかはわからない。
太陽はそのままどんどん近づいてくる。
でも熱い訳じゃないから不思議な感じ。
よくみると、太陽の中心にだれかいる。
ドレスを来た髪の長い女の人?
会ったことなんてないのに、凄く懐かしい感じがする。
「やっと貴女に会えた。こうやってお話し出来る日をずっと待ってたのよ」
「誰?あたしはあなたに会ったことあったっけ」
「いいえ、こうして話すのは初めてよ。
でも私はずっと貴女と一緒にいたの。貴女の心の中にね」
「懐かしいのはそのせい?」
「そういうことよ。今はまだ小さいけれどこれから私と貴女の繋がりは強くなる。
これはその印」
女の人が私を指差すと、左の肩がポッと暖かくなる。見ると小さな紅の紋章が浮かんでいる。
「それじゃあ、また会いましょう」
そこでパッと目が醒める。
急に現実に戻ってきたみたいな感覚。
「疲れたろう。お茶を飲んでゆっくりしなさい」
お爺さんに言われて初めて気づいたけど、少し汗もかいてるし、息も上がってる。
お茶は冷めちゃってるけど、丁度喉が渇いてるから逆にアリ。
ゴクゴク飲んで、
「ぷはー!生き返った!」
復活!
あ、そうだ。
さっきの夢の中の出来事が気になって、袖を捲り上げてみる。
そこには、しっかりとさっき見た紋章が浮かんでいる。
「初めての邂逅で紋章を授かったか。お主なかなか見込みがありそうじゃな」
「ねえ、お爺さん。話がサッパリわかんないだけど、私が頭悪いから?」
「いや、説明しておらんのだから、わからなくて当然じゃ。この話はちと長くなるからの。もう少ししたらコッチに来るじゃろうからまとめて話をするわい」
そう言ってお爺さんが立ち上がろうとした瞬間、店の扉がカランコロン音を立てて開かれた。
「おい、ジイさん!ちょっくら頼みごとがっ!」
勢いよく飛び込んできたのは、おじさんだった。
「あ、いらっしゃいませ?」
何故かがっくりとおじさんが肩を落とす。
お帰りなさいとかの方が良かったのかな?