迷宮探索3層目
スクロールの使用は失敗だったなと思いながら二層目の攻略に移る。
モンスター除けの効果はばっちりだったが、モンスターだけでなく人間にもしっかり作用する。効果範囲にいる限り、なんとも言えない嫌悪感が続くのだ。
体は休ませることができたが、精神が休まらなかった。
今後の使用は控えるべきだという結論に達した。
案外元の使用者もそれで捨てていったのかもしれない。
二層目になると、スケルトンに交じり、ゾンビ系のモンスターも発生するようになった。
腐乱死体が動き回るゾンビ。
匂いもさることながら見た目がひどい。
「まじサイアク。近寄りたくないんだけど」
「お前はまだ弓が使えるからいいだろ。俺なんて槍だから近づかんとどうにもならんぞ」
「そうだけどさあ。魔法で一掃しちゃダメなの?」
「グールならまだしもゾンビには太陽はそこまで効果ないしな。炎で焼くならいいんじゃないか」
「臭いじゃん」
確かに。腐乱死体を焼くと、なんとも言えない悪臭が周囲に充満する。そして風の逃げ場のないダンジョンではその匂いが長時間籠ることになる。
「ゾンビって人以外もいるの?」
「もちろん。むしろ人間型が一番雑魚だな。装備によって強さは多少変わってくるが、知能の低いゾンビ系のモンスターは元の身体能力が強さの基準になるからな。そこらの人間よりはツノウサギのゾンビの方が強いこともあるくらいだ」
「だから、この階層だと人間ばっかりなのかな。下に行くほど強くなるんでしょ」
「そういうことだ。獣系のゾンビは動きが速いから十分気を付けるんだぞ」
そんな話をしながら探索を進めていく。
「ご主人。ここの奥に部屋があるよ」
行き止まりに差し掛かったところで、ピイ助が壁の奥を差し示す。
隠し部屋ということか。
ダンジョンの内部に隠し部屋。いかにもって感じだな。
周囲を観察すると、丁度壁のところに妙なでっぱりを発見する。押し込んでみると、それがスイッチになっているのか、行き止まりだった壁がせり上がり、奥へと続く道が開かれる。
奥には、小さな部屋がぽつんとあり、中には研究資料のようなものが山積みになっている。
そして、最も目を引くのが部屋の片隅に設置されている培養槽。
緑色の液体に満たされたその中には、ゾンビが格納されている。コツコツ叩いてみても反応はない。死んでいるのか。ゾンビは元から死んでるか。
「この研究資料は、アキムの研究を引き継いだもののようですね。モンスターの使役についての実験ですね」
ざっと目を通した限りだと、死亡したモンスターに仮初の命を与えることで意のままに操ることを目的に研究していた様子だ。
よくもまあこんな研究を。
モンスターに対して人道的にどうなんだ。人権がどう。とか言うつもりはないが、そこまでしてモンスターを戦力に加える必要があるのだろうか。
自分で言うのもなんだが、俺のパーティを見てみろ。
半分がモンスターだぞ。こんな研究するよりもテイムする方がよっぽど簡単なんじゃないだろうか。
吸血鬼がテイムできないというなら仕方ないんだが。それとも、他の理由があるのか。
「アート様、こちらを」
メルトが手渡してきたのは「スキルシステムについて」という研究のレポートだった。
目を通していくと中には興味深い記述がある。
スキルとは冒険者をはじめとする人類が日常的に使用している多種多様な能力を可視化するものであると同時に、人類がモンスターのの脅威に対抗するために編み出したものである。
発生の起源などは不確かな部分も多いが、伝承を信じるのであれば慧暦122年にゲオルグ・デニス・ベーベントによって体系化されたことで人類をはじめ、協力関係ににあった亜人も同様の能力を身に着けたとされる。
つまり、スキルとは人類という種にとって、先天的なものではなく後天的な能力体系である。
所定の条件を満たすことで該当するスキルが開放されるが、ここで興味深い事象が発生する。
人類に敵対するものに対してはスキルの開放が抑止されるとともに、開放されたスキルすらも使用が不可能になるという点である。
以前に行った実験において、人間として様々なスキルを得ている冒険者を吸血鬼に変じさせた際に、スキルの発動が不可能になった点。
比較的取得条件がはっきりとしているスキルを獲得できるか検証した際にも同様に取得が不可能であった。
つまり、我々吸血鬼は世界という枠組みからは人類ではなく、モンスターであると定義されていることがはっきりとした。
「スキルか。確かに考えたこともなかったが、モンスターがスキルを使えないという点については微妙だな。現にポチやピイ助もスキルを取得している訳だし」
「言われてみれば。人類に敵対するという点だけがトリガーであるなら理解できなくはないのですが」
「それなら極端な話、吸血鬼側に人間の協力者が一人でもいれば、人類に協力している状態になるような気もするぞ」
「考えれば考えるほど不思議ですね。もう少し判断材料が欲しいところですが」
研究室の資料などを一通り読み漁ってみたが、新しい発見と言えるほどのものはなかった。とはいえ、ここが吸血鬼どもの関連施設であるということははっきりしたので一つ収穫だ。
アキムのことも含め、人目に付かない部分で秘密裏に動くということに関しては未探索の遺跡は確かに条件が良い。
ダンジョン奥地にはさらに大規模な実験施設や研究所が設けられている可能性も高いだろう。
せっかく安全地帯にたどり着けたので、ここで一旦休憩にしておく。
中で待っていて持ち主が現れるならそれはそれで好都合だし。
交替で仮眠をとりつつ、たっぷりと休憩を取り下層に向けて再度進行を開始する。
途中で培養層の中のゾンビがピクンと動き、部屋中が悲鳴に包まれるというハプニングはあったが、結局動き出すようなことはなかった。死体からガスが発生して動くこともあるらしいのでそういう反応なんだと思うが。
悲鳴を上げて抱き着く半べそのマリナとメルトは可愛かったが。
第三層。
出現するモンスターに獣系のアンデットが追加された。
ボーンハウンド、ゾンビドッグ、どちらも犬型のアンデット。そして一番厄介なのが腐肉を漁る、ヘルタイガー。生肉ではなく腐肉のみを好んで喰らうモンスターで厳密にはアンデッドではないのだが、食性のせいもありその肉体は腐りかけという奇妙なモンスターだ。腐食性のくせにやたらと戦闘力が高いのが特徴だ。
「すばしっこい!」
そして現在ヘルタイガーと絶賛交戦中のマリナとメルト。
戦闘力は高いがここまで経験を積んだ二人であれば、十分に対処できる。
互いに援護し合いながら、距離に応じて武器と魔法を切り替えていく二人の連携は見事なもので、素早い動きのヘルタイガーも徐々に動きを鈍らせていき、二人の同時攻撃で仕留める。
「マリナさんも随分腕を上げましたね」
「師匠のお陰だよ」
「そういっていただけると鍛えた甲斐がありますが、私もうかうかしていられませんね」
「師匠も必殺技作ってみる?」
「一応、始雷も必殺技と言えばそうなんですが他にも有効打は欲しいところですね」
「それじゃあ、二人で何か考えようよ」
「二人でですか?」
「そうそう。合体技だよ」
「そういえば、アート様もかつてはソウイチ様と一緒に疾風迅雷なんて技を使っていらっしゃいましたね。最近はお一人でも使えるみたいですが」
「使えると言っても瀕死の時にしか使えないから、使い勝手は最悪だけどな」
雷の魔法は常時使えるわけでなく、ピンチにならないと使えないという制約付きだ。絶対に死ぬなという一種の呪いとも言える。
おかげで何度も命拾いした。
「合体技ねえ。攻撃に使えそうなので言うとメルトは森、マリナは太陽。メルトが出した植物を成長でもさせるか?」
「うーん。それなら師匠が一人でできちゃうしなあ。燃やすのもなんか違うし。難しい」
「ゆっくり考えましょう。焦ってもいいアイデアは出ないですから」
ちなみに合体技という点で言うと、地味だが探索中ずっと浮かんでいるコウコウは俺とピイ助の協力の賜物である。
俺が出力を担当し、細かい調整はピイ助が行う。
普段から空中を飛ぶピイ助の方がその辺の感覚は正確で、魔力総量は俺の方が上なのでお互いに得意な分野で役割分担している。二人とも風の素質が使えるからこそなんだが。
そのまま探索自体は順調に進んでいき、三層、四層と特に収穫は無かった。
そして五層に至る階段の前。
「五層か。気を引き締めていくぞ」
「五層だと何かあるの?」
「一般的な話だが、ダンジョンの内部は五層ごとにボスモンスターがいるんだ」
「コウコウがいたダンジョンは小さなダンジョンなので三層でボスがいたり、中にはボスの代わりにモンスターハウスになっていたり色々ありますね」
「なるほど。じゃあ、何かしらあるから注意しないとダメってことだ」
随分簡単に纏めてくれたが、話は早くて助かる。
五層に足を踏み入れると、そこは迷宮ではなく大部屋になっている。
ボス部屋か。
しかし、部屋には鎧がぽつんと放置されているだけ。
ボス部屋に鎧。
嫌な相手だな。
「あれ、何にもいなくない?」
「いいえ、あの鎧こそがボスですね」
そう、あれはリビングアーマー。鎧そのものが動き回るという性質から厄介なのはその耐久性。
人間が鎧を着けるのであれば極端な話、ハンマーなんかでどつきまわせば中の人間は気絶もするし、衝撃だけで命を奪うこともできる。
しかし、鎧が動くとなると話は別だ。
スケルトンよろしくその内部にあるコアを破壊するか、それこそ粉々にするしか倒す手段はない。
鎧を粉々にするってのはめちゃくちゃ骨が折れるので非推奨だが。
ここは適材適所で行くとしよう。
「ポチ。俺とお前でやるぞ」
「うん。でもなんでもポチなの?」
「鎧を叩き切るにはお前の大検が一番いいんだよ。攻撃は俺が防ぐからポチは攻めに専念してくれよ」
「わかった!」
後ろで「今回は出番なしだって」と観戦を決め込むマリナ。
確かに出番はないと思うが、地べたに座り込んで干し肉を齧り始めるのはいかがなもんか。
仮にもお前のペットが頑張るんだから応援くらいしてやれよ。




