神風のシャナク
鷹の精霊はこの地域ではメジャーな精霊だ。
成り立ちとしては、初代の鷹の精霊「メッサ―」から分岐する形で無数の鷹の精霊が存在を確立した。
精霊にはよくあるパターンだ。
とのんきなことを考えている場合ではない。
俺たちは絶賛蟻地獄に飲まれている。
もうすぐ鷹の精霊がいる場所に到着できるという手前、一帯が蟻地獄へと変じ飲まれた。
おそらくある程度の重量を感知することで発動するタイプのものなんだろう。
先行していたメルトだけが飲まれるという事態にはならなかったわけだし。
足場は流砂となり中心へとどんどん運ばれてく。
俺の魔法では抜けられそうにない。
マリナも然り。
「メルト、魔法で抜けられそうか?」
「足場を出しますね」
落ち着いた様子のメルトが魔力を練り上げた瞬間、蟻地獄の中心から主が姿を現す。
3対の脚に巨大な顎。人間ほどのサイズの体。
よくいる虫系統のモンスターだな。
メルトが魔法を発動させようとした瞬間、アリジゴクが夾角の間にある口から紫の液体を吐きかける。
足場も悪く回避し損ねたメルトの魔法がかき消される。
「魔法が!?」
「マジックキャンセルか!」
「ああー!もう、でかい虫キモイ!」
我慢の限界に達したマリナが矢を射かけていく。甲殻はそこまでの硬度は無いらしく、矢が直撃すると緑の体液をまき散らしながら藻掻く。
ただ、アリジゴクの方も無抵抗にやられるわけもなく、マリナに次々と砂を浴びせかける。
攻撃力はないが、鬱陶しいことこの上ない。
メルトも弓による攻撃を開始する。
こうなっては多勢に無勢。
しばらく攻撃を受けたアリジゴクは断末魔の悲鳴を上げこと切れた。
それにしても、マジックキャンセルか。罠にかかった獲物に逃げられないように進化していった結果の能力だろう。
死体の方もピイ助に引っ張り上げてもらい細部を観察していると、脚の繊毛と口部には毒腺が大量に存在していた。しかも毒液は麻痺毒と猛毒の二種類。
罠にはまり身動きが取れなくなった時点で詰みだ。
柔らかくてよかった。
しかし、このモンスターはあまり目撃例がないらしい。目撃例がないというよりかは目撃して無事に生き残れたものが少ないという気もするが。
サンプルに毒液を少し採集しておき、先を急ぐことにする。
目的地とは言ったものの、目印となるようなものは無いらしい。強いて言うなら魔力の密度が濃いくらい。まあ、メルトもいるし、魔力の感知に関してはペット連中も十分役に立つ。
しばらく進むと隆起した無数の岩が増えてきた。
「そろそろのはずなんだが、メルト何か感じるか」
「魔力は確かに濃くなっています。流れで言うならばあそこでしょうか」
メルトが指さしたのはその中でも一際高い岩。
麓から見上げると高さは十メルほどであろうか。
まあ、全員で登る必要もないし残りのメンツは下で待機してもらうとしようか。
「よし、ピイ助。一緒に上るか」
「分った。運ぶ?」
「いや、足場があるなら跳べるさ」
「じゃあ行こうー」
俺が跳ぶと同時にピイ助が羽ばたく。周囲の岩を利用し、次々と壁を駆けていく。まあこれくらいなら問題あないわな。
頂上に着地すると、数舜遅れてピイ助が到着する。
「ご主人早いね」
「まだまだ、お前たちには負けないさ」
「えー、今度は勝つよー」
直径2メルほどの狭い足場。
俺とピイ助が並び立つとそれだけで窮屈な場所。上に立ち始めて気づいたが、この場所自体が天然でできたものではない感じがする。
円が綺麗すぎる。
何のためにと聞かれると答えられないが、意図があるのは感じ取れる。
とはいえ登ったはいいものの、何をすれば良いのかはさっぱりわからん。
「鷹の精霊さんよ、いるなら出てきてくれよ」
「せーれーさーん」
呼びかけたところで反応はないか。
手持無沙汰になり、寝転がると、夜空が無限に広がる。
星の瞬きと明るく照らす月。
その月を何かが横切る。
「客人か?」
どこからともなく声が聞こえる。
良く通る男の声。
「鷹の精霊に用があってな」
同時に俺たちの前に声の主が姿を現す。
有翼人の姿をした男だ。頭部は完全に鷹のそれ。腕を組み高みから俺たちを見下ろすその姿は妙なプレッシャーを感じる。
「我が鷹の精霊、神風のシャナクである」
どうやら当たりらしい。
「ここに来たということは貴様らも我が力を欲するのか」
「端的に言えばそうなるな」
両目を瞑り熟考すること数秒。
「ふむ。では一つゲームをするとしよう。我も退屈しておるゆえな。久々の来客で、少しテンションも上がっているのだ」
物言いは仰々しいが、俗っぽいな。
「分った、ゲームには付き合おう。何をすればいいんだ?」
「なに、単純なこと、競走でもしようではないか」
パチンとシャナクが指を鳴らすと、周囲の5つの岩の頂上に光が灯る。
「ルールは簡単だ。5つの光点を巡り、先にここに到達した方が勝ち。禁止事項はなし。我に攻撃しても魔法を使って妨害しても何でもよいぞ。当てられるならであるがな」
確かにルールは分かりやすいな。
「俺たちは二人同時に挑戦するのか?」
「いや、折角の遊べる機会だ。一人ずつお相手しよう」
準備運動を開始するシャナク。ずいぶん楽しそうだ。
「だってよ。ピイ助、どっちが先に行く?」
「僕がいく!」
「よし、じゃあ行ってこい」
ピイ助がシャナクの隣に並び立ち、お互いにスタートの時を待つ。審判は俺だ。
「それじゃあ行くぞ。よーい、スタート!」
俺の声を合図に二人は空中を猛スピードで飛び回る。ピイ助も善戦しているが、シャナクは余裕な感じだな。
「ほう、まだ若いのにやるではないか。今後の成長が楽しみであるな」
「むー、今だって負けないぞ!」
飛ぶだけでは勝てない。そう感じたのだろう、ピイ助は先ほど俺がやったのと同じように岩肌を蹴るようにしてさらに加速していく。その様子を見たシャナクは口の端に笑みを浮かべ更に加速していく。あれは俺の疾風と同じ原理だな。風を操り自らの速度を増していく。
1つ。2つ。光点を通りすぎるたびに二人の距離が離れていく。
やはり今のピイ助では厳しいのか。
少し手伝ってやるか。
距離の離れた今の状況では身体強化を施してやるのは難しいが、風での支援くらいならできるだろう。
追い風になるように風を吹かせてやると、ピイ助が驚いたようにこちらを見るが状況は把したらしく、さらに加速していく。
徐々に距離を詰めていくピイ助を視界の端に捕らえたシャナク。
「やるではないか。我も楽しいぞ!」
自身に纏う風を増加させ、さらに加速していく。俺の全力でも並べるかどうか怪しい速度だ。流石は風を司る精霊の一人といったところ。
最後の光点を過ぎ、距離を稼ぐシャナク。
少し遅れてピイ助が光点を過ぎる。
物は試しだ。最後にピイ助にもう一助けしてやろう。
「ピイ助気張れよ!」
少し距離はあるが、無理やりピイ助に疾風を纏わせる。
唐突に軽くなる身体に一瞬バランスを崩しそうなるが、体勢を立て直し、自分で疾風をコントロールしながら超加速していく。
今回みたいに疾風は少し特殊な使い方もできる。
風を纏わせるところまでは俺主導で行い、纏った風の制御は本人が行うというパターンだ。
初めてにしてはずいぶん上手く制御できているが、既に空けられた距離を埋めるほどではなく、シャナクが先にゴールする。
遅れてゴールしたピイ助は肩を落として俺の横に立つ。
「うー、負けちゃった」
「残念だったな。でも、よく頑張ったじゃないか」
「そうであるぞ。先ほどの飛翔見事であった。我も久々に本気を出したのである」
「本当?」
「うむ。我は嘘は吐かん。貴様はもっと高みを目指せる」
「良かったな。精霊のお墨付きだぞ」
頭をわしゃわしゃと撫でてやると気持ちよさそうな悔しそうな表情をするピイ助。
「ご主人、勝ってね」
敵討ちくらいはしてやるとするか。




