吸血鬼 アキム―3
数刻前 アート視点
状況は悪くない。
ポチは善戦しているが、体力の消耗が激しい。どうにかもう一人くらいは増援に向かわせられれば十分勝機はある。
そして、マリナ。
メルトとのコンビネーションでローナを追い詰めていく。
こっちは安心できそうだ。
まずは俺の方をどうにかしないとな。
「疾風!」
ここは一気に攻める!
さっきまでの戦いで分かったのは、この状態であれば、アキムに対して一方的に立ち回れる。
心臓に一突きができるかは分らんが、腕を切り落とすことくらいなら十分できるはずだ。
「なんだその力は!貴様それでも人間か」
「残念ながら人間だよ。ちょっと強いだけのな」
押せる。
アキムは動揺の色を隠せなくなったのか、さっきまでセーブしていた魔法も頻繁に使用しながらこちらを追い立ててくる。
さっきみたいに足を止められるようなへまはしないが、攻めずらいな。
四の五の言ってられんな。
「やるな。だが、私の相手に気を取られていても良いのか?」
「どういうことだ」
アキムの視線の先。
そこには、首筋に牙を突き立てられたマリナの姿が。
「マリナああああああああああああああ!」
なぜだ!?
さっきまでそんなことになるような状況じゃなかったはず。
しかし、その理由は明白。
メルトの様子がおかしい。
魔力の使い過ぎ、いや体力か。目に見えて消耗が激しい。
連携が崩れたのか。
思わず体がそちらに向かう。
「行かせると思うか?」
「邪魔だ!」
怒りに任せて立ちふさがるアキムを力任せに振り払う。
スキル、バーサーカー。
確かそんなスキルがあった気もする。効果は怒りによりステータスの向上。ただ、デメリットもある。
意識が完全に一つのことに持っていかれること。
今はマリナの救出に全力を傾ければいい。それ以外はどうでもいい。
吸血鬼の吸血とは厳密には血は吸わない。魔力を吸い上げることが基本的な目的となる。魔力を急速に失うことで人体にはもちろん影響が大きい。急速な魔力の低下は最悪の場合死に至る。
そして、魔力を吸い上げられた状態で吸血鬼の血を体内に注入されることで肉体にへんかが生じる。
ある程度の魔力を持っている状態では抵抗することも可能だが、魔力を失った状態では抵抗が難しい。
魔力を吸われるだけなら何とかなる。
だが、その状態で血を注入されると手遅れになる。
今はそれを防ぐことだけを考える。
アキムが執拗に攻撃を仕掛けてくるがそんなものは気にしている余裕はない。
俺だけででなく、もちろんメルトもマリナの救援に向かうが、ローナに片手であしらわれる。今の状態じゃ無理だ。
急げ。急げ。急げ!
「どけ、メルト!」
メルトの身を案じる余裕すらない。
メルトが飛び退ると同時に、ローナに斬撃をたたき込む。
「かはっ!」
俺が切りつけた背中から鮮血をまき散らし、ローナがマリナを手放す。地面に倒れるその体をすかさず抱き寄せる。
「マリナ!目を開けろ。マリナ!」
血の気が引いた身体からは体温が感じられない。
まだ、息はある。
魔力欠乏による衰弱。
意識のない状態じゃポーションを飲ませることも難しいが、お叱りは後でいくらでも受ける。
ポーションを口に含み、口移しで無理やり飲ませる。
同時に魔力を譲渡していく。
どうだ。
その時、ふと首筋の噛み跡に目が行く。
二本の牙による噛み跡。そこからは放射上に青い筋が何本も広がっている。
血による浸食。
間に合わなかったのか!?
まだ手はあるはずだ。
魔力。
そうだ、ベル。
あいつなら。
「ベル!力貸せ!」
呼びかけたところで、アクセサリーからは反応がない。
なんでこんな時に!
ひたすら魔力を注ぎ込んでいく。
俺はまた、守れなかったのか。
あの時のアートの体の重みが重なる。
力なく横たわる友の体。
冷たいマリナの体。
この腕には友も、守ると誓った者も守る力はないのか。
ただ槍を振るうだけの腕には誰かを守る力もないのか。
怒り、悲しみ、失望。
感情がごちゃ混ぜになる。
嗚咽が漏れる。今が戦闘中だということなど既に頭に無い。
「うあああああああああああああああああああ!」
慟哭。
広間を震わせるほどの絶叫。
その最中、俺の腕の中が軽くなる。
SIDEマリナ
血が吸われていく感覚。
気持ち悪い。
今までに感じたことのない感覚。
寒気がする。
意識が遠のく。
「マリナさん!」
師匠の声が聞こえるけど、おかしいな目が見えない。
「 りな ん!」
あれ、師匠何か言ってる?
ヤバイ、ほんとに、意識、と…ぶ。
その瞬間あたしは意識を手放した。
気が付くと、目の前には魔法の才能を調べるときに出会ったあの女の人がいた。
懐かしい空間だけど、夢ってことかな?
意識ははっきりしてるけど。
「あれ、あたしどうしたんだっけ?」
相変わらず、すごくまぶしい。
「端的に言うと命のピンチってところ」
そうだった、ヴァンパイアに血吸われて。
「もしかしてあたし死んだ?」
「ううん。今は走馬灯を見ている状態に近いわね。余裕はないけど」
「チョーやばいってこと?」
「そういうこと。でもこのまま死んじゃうのは嫌でしょ?」
「当たり前じゃん。このままじゃ師匠もおじさんもポチもみんなやられちゃう」
「なら、強くならなくちゃね」
そう言ってウィンクしてくる。と同時に左肩のあたりが急に熱く感じる。
見ると心精紋が赤く輝いている。最近模様が複雑になったなぁとは思ってたけど。これが複雑になると魔法が強くなるんだっけ。
「あ、ようやくこちらにこれました!」
どこからともなくベルが現れる。
「あれ、ベルじゃん。どうしたのこんなところで」
「どうしたの。じゃないですよ。今結構ピンチなんですから」
「ベルは私が呼んだのよ。このピンチを乗り切るには彼女の協力が必要なの」
お姉さんがそんなことを言う。
この空間てあたしの夢の中って認識だったんだけど、ベルが来れるのってなんか不思議。
「ちょっと失礼」
ベルがあたしの心精紋に触れる。
心精紋が熱を帯びて、赤い紋様にゆっくりと赤橙色の線が一本追加される。
「なんか増えたね」
「成功ですね。よかった」
気づくと、ベルが薄くなっている。なんだか辛そう。
「あれ、ベル薄いよ?大丈夫?」
「ちょっと力を使い過ぎたので、しばらくは大人しくしていることになりそうですね」
その体がどんどん薄くなっていく。足元は既に光の粒子となり空間に溶けていく。
「また会える?」
「もちろん」
いつもの元気な笑顔とは違う、儚く優しい笑顔。
「約束だよ」
どちらからともなく、二人で小指を絡める。子供でも知ってる約束のおまじない。
この世界に来てできた初めての友達。
おじさんも師匠も二人は友達って言うには保護者って気がする。
ポチはペットだし。
でもベルはあたしにとっては本当に友達なんだ。
精霊と人間が友達になるなんて変な話なのかもしれないけど。
それでも。
だから、また会おうね。
約束だからね。
「「指切った!」」
同時にベルが光の粒子になって空中に霧散する。
「……ベル」
不思議と体に力が漲ってくる。
ベルが私に力をくれた。そういうことなんだと思う。理屈じゃないけど分るんだ。
それに赤橙色の紋様の意味。
感覚で理解できる。
力の使い方も。
分る。
目を覚ますと、おじさんの腕の中にいる。
しかもめっちゃ叫んでる。
心配してくれたんだよね。
でも、もう大丈夫だよ。サッと飛び起きて、自分の体を確認する。
首の辺りがめちゃくちゃ痛い。
噛まれただけじゃなくて、なんかすっごい気持ち悪い感じがする。昔、蜂に刺されてめちゃくちゃ腫れたときの感じに近い。
左手に魔力を貯めて、首筋にちょっと当ててみる。
お、楽になった。
やっぱりこれで合ってるね。
「おじさん。もう大丈夫。心配させてごめんね」
「マリナ?」
あれ、おじさん泣いてる。
せっかくそこそこカッコイイ顔してるんだから、キリっとしてほしいな。
ここは美少女JKマリナちゃんが一肌脱ぎましょう。今はJKかどうか怪しいけど。そこは気にしない。
「さっきはずいぶん苛めてくれたね。今度はこっちの番だよ」
まずは目の前にいるローナ。
首を噛まれた仕返しはしっかりしないとね。
「あら?確かに私の血を入れて差し上げたのですが。ずいぶんぴんぴんしてらっしゃいますね?そこの男が何やらポーションを飲ませてましたが、そんなに効果があったのでしょうか」
ポーションてあれかな、魔力回復するやつ。
そういえば口の中が苦い。
「それだけじゃないけど、そういうことにしとくよ」
魔力を練る。
新しい魔法の資質。
それを意識する。
イメージは簡単だ。
心に思い浮かべるのは、おじさんと初めて出会ったとき。あの時は落ちることに気を取られてたけど、それでも光景は目に焼き付いている。
どこまでも続く草原、青空、そして燦燦と輝く太陽。
人生で見た中で一番暖かい光をくれた。
右手に暖かな熱が溜まってくる。ぐっと拳を握り、そこに熱を集める。
「何をするつもりかは知りませんが、思い通りにさせるとでも?」
ローナが爪を構えて突っ込んでくる。
「あんまり近づかないほうがいいと思うんだけど」
「余計なお世話よ!」
振り下ろされる爪を避けて、反撃!
「サンシャインアッパー!」
新しい素質は、太陽。
厳密には新しいんじゃなくて、光と炎の素質が合わさって進化したんだけど。それはいいや。難しいことわかんないし。
細かいことは抜きにして、渾身のグーをローナに叩きこむ。
グーは拳が痛いかなと思ったけど、拳が触れた傍からローナの体が灰に変わっていったから全然痛くなかった。
「は?」
何が起こったのかわかってない顔のローナ。
胸のど真ん中にあたしの腕が突き刺さってるのは少しグロイ。
「こっちは師匠のぶん!」
突き出してくる爪に合わせて左の拳を振るう。
初めてやるけどできるかな。できるかなじゃないや。やるんだ。
右足に思いっきり魔力を集中させる。
「これはおじさん泣かせたぶん!!」
渾身のありったけの回し蹴り。
振りぬくと同時にローナの体は全てが灰になる。
ちゃんとできた。
足からでも魔法出せるんだ。
「俺は泣いてないぞ」
横に立つおじさんが強がってる。
いやいやさっき思いっきり目、真っ赤だったじゃん。
でも、ここは男心の分かるマリナちゃん。野暮なことは言わない。
「じゃあ見間違いだね。でも、あたしが倒れてる間、ポーション飲ませたり、魔力分けてくれたりしたんでしょ?ありがとね」
「お、おう」
なぜか目を逸らすおじさん。
なんで目を逸らす?
もうちょっとだけ、アキム戦続きます。




