グールの住まう村ー1
「ひさびささに気持ちわるぅい」
トレントに追いかけられ森の中を我武者羅にすっとばしたおかげで、荷台の中は悲惨な状況だったらしい。
マリナは酔ったらしく、さっきから木の陰に隠れて出てこない。
びちゃびちゃと水音が聞こえる気もするが聞かなかったことにしよう。
メルトは一見平気そうにしているが、必死でこらえているだけらしい。
悪いことをしたな。
しかし、正直トレントとはやり合いたくない。
倒したところで得られるのはしょせん木材。その割には木を切るのは手間がかかるし、何より強い。
よくよく考えたらマリナに焼いてもらうという手もあったのだが森で火事になるのもそれはそれで問題な気もする。
過ぎたことは悔やんでも仕方ない。
「お前ら、そろそろ落ち着いたか?」
「うん、大丈夫ー」
「はい。なんとか」
村まではもうすぐだ。たぶん大丈夫だろう。ゆっくりするのは村についてからでいい。
なんて考えたのが運の尽きだったのか。
俺たちは今はグールの群れに追われている。
なぜこんなことになったのか。村に着いたところから振り返る。
「ふぃー、ようやく着いたあ。今日は早く休もうよ」
「そうだな、もう遅いし、聞き込みは明日でもいいか」
早速宿を手配し晩飯にありつく。
「それにしてもこの村はずいぶん静かだな。なんというか活気がないというか」
「そうですね、人がいる割には会話が少ないというのもあるのかもしれませんが。それになんだか、嫌な空気も感じます」
「嫌な空気って?」
「口では説明し辛いのですが、強いて言うなら特殊な魔力の流れというのでしょうか」
「俺にはよくわからんが。マリナは何か感じるか」
「あたしは全く分かりません!」
元気に言ってるんじゃないよ。
「ベルは何か感じる?」
ブレスレットに向けて話を振るが
「今は実体化していないので何とも。あとで部屋に戻ったら試してみましょうか」
流石にベルもブレスレットのままじゃ無理か。
それにしても、この宿屋もそうだがなんとも生活感がないというのか不気味な感じはするよな。
別に汚れてたり、建物が破損している訳じゃない。だが、必要最低限というか今座ってるテーブルもしっかり拭いてはあるんだが
部屋の隅に軽く誇りがたまっていたりするあたり、そこまで頻繁に掃除している印象は無い。
まあ、安宿だし仕方ないと割り切れば問題ないレベルではある。野宿よりは随分ましだ。
「おっちゃん、エール追加で頼む」
酒場のマスターに追加を頼むと、コクリとうなずき、ウェイターがむごんで運んでくる。
愛想は無いが味は悪くないし、別にいいか。
「おじさんの今日は随分飲むね」
「そんなに飲んでるか?どうにも今日はあんまり酔いが来なくてな」
「わざわざ酔わなくてもいいと思うけど」
確かにこれで六杯目か。今日はここらでやめとく方がいいだろうか。
最後の一杯を呷り勘定を済ませる。夜になると特に商店が開いているわけでもないし、もう寝るくらいしかすることがない。
「今日はもう寝ちまうか。メルトはどうする?」
「まだ少し寝るまでは時間もありますし、私は少し稽古をして汗を流してきます。マリナさんも来ますか?」
「あたしはパス。今日はすごい気分悪いから寝たい。ごめんんさい師匠」
「無理は良くありませんからしっかり休んでください。その代わり明日は厳しくいきますね」
「えぇー、手加減してよー」
「存分にしごいてもらえ」
「おじさんまでそんなこと言ってー。でも、今日はもう無理ぃ。早く寝よう」
「じゃあ、メルトあんまり遅くならないようにな。護衛代わりにポチ連れていくか?」
「ワン!」
今日は馬車の中でほとんど寝ていただけのポチは動き足らないんだろう。尻尾を振り振り、ついていく気満々だ。
「では、ポチさんは私と一緒に行きましょうか」
そう言って二人は村の外へと駆け出していく。
「それじゃ俺たちは宿だな。いくぞー」
「あーい」
この辺りは人目もないしベルを出しても問題なさそうな気もするな。
「おい、ベル出てきていいぞ」
「呼ばれて飛びて出てじゃじゃじゃーん」
ポンと陽気な台詞とともに出てくるベル。
「そういえば、さっき師匠が言ってた変な魔力の流れって感じる?」
「変といえば変。人間の中に別の魔力を感じる気はします」
「人間ってこの村のってことか」
「そうです。少なくとも私が今まで出会った人間からは感じたことのない魔力です。ごく微量ですが」
そんな話をしていると、一瞬背筋に悪寒が走る。まるで、誰かに見られているような。
しかし、周りの気配を探ってもやはり人の気配はない。
気のせいだといいが。
「感じたことのない魔力ね。そいつの正体までは流石に分らんか」
「そうですねえ。一つ言えることはその魔力は村の人全員に共通しているってことです」
「もとは一緒ってことか」
「そうなると思いますよ。原因までは特定できませんが」
となると外的な要因の方が強いだろうな。最悪操られている可能性もあるが、それなら俺たちがいままで襲われなかった理由が
分らん。そもそも襲われる理由もないんだが。
「マリナ、メルトが戻ってくるまでは俺の部屋に居ろ」
「え、何する気。襲うの?」
「アホか。むしろ襲われないために一緒にいるんだろうが」
「分ってるよ。やっぱりこの村雰囲気おかしいもんね」
「何があるか分らんが、体はしっかり休めておけ。番はしておく」
そういうわけで、マリナは早々に寝つき、しばらくは俺が周囲の警戒に気を配ることにした。
いくら日が落ちたとはいえ、まだ深夜という時間ではない。
そのくせやけに静かなこの村。
宿に戻ってもすでに受付に人はいない。何なら今はこの宿から人の気配すら感じない。
敢えてここで休む必要もないんだが、メルトが戻ってくるまでは移動もできないし仕方ない。
やることもないし、武器のメンテナンスでもしておくか。
俺のハルバートは見たところ問題なし。どちらかというとマリナの装備の方が心配か。
流石にマリナは自分の装備をメンテナンスできるほどの技術がない。知識はそこそこ叩き込んだが、今のところは俺がやるしかない。
弓の調整をしていると各所に細かな傷が目立つ。
魔法を使った近接戦闘をこなすあたり、少し装備にも負担がかかるのか。
破損というほどのものでもないが今度別の素材で強化はしておいた方がいいかもしれないな。
そしてミーシャから託された短剣。正銀の美しい輝きを放つそれは長年の使用を感じさせない。流石に良い武器だ。
俺もこの短剣には何度か救われたことがある。聖水を用いて鍛え上げられたこの銀の短剣はアンデットやゴーストにはかなりの効果を
発揮する。
何より、かつての四天王である、剛蛇アルマーダを打ち取ったのもこの刃だ。自身を呪いの力で半アンデット化し、半端ではない生命力を
備えていた奴の心臓を貫き、その力を封じ込め、とどめを刺した。
その生き血を吸い、生命の根源たる心臓を食い破ったことでこの武器自身も半精霊化している。剣自身の意思で不死のモンスターを攻撃する。
らしい。俺は使ったことはないから分らんが、ミーシャ曰く、急所を勝手に突くとのこと。
これで装備は一通り整備完了だ。
丁度、お客さんも来たようだ。
宿の二階にある俺たちの部屋に向けて足跡が近づいてくる。音の感じからして男性のもの。メルトではないか。
さあ、何がでるか。
「お客様、もうお休みでしょうか」
ん?宿屋の旦那か?
「いや、起きているが。何か用事か」
「少しお伝えしたいことがございまして。少々お時間を頂戴しても?」
「分った。連れが寝ているから下に行く。少し待っていてくれ」
「畏まりました。お待ちしております」
そう言って足跡は階下へと消えていく。さっきまで人の気配なかったのに急に出てきた気もするが。どういうことだ。
「ベル。留守番を頼む。その短剣ならお前でも扱えるはずだ」
「了解です。しばらくは実体化しておきます」
一回に向かうと、店主が机を用意し、俺を出迎える。
「お休みのところ申し訳ありません。わざわざ出向いていただき感謝いたします」
「前置きはいい。用件はなんだ」
「お話が早くて助かります。お客様は腕の立つ冒険者とお見受けします。既にお気づきでしょうがこの村は様子が変でございましょう」
「お世辞にも雰囲気がいいとは言えんな」
「ええ、今から一か月ほど前一人の男がこの村に訪れました。それからです。この村がおかしくなったのは」
そうして店主が語ったのは日に日に活気のなくなっていく村の様子。
村人の何人かが高熱を発症し、その男が治療に向かう。翌日には体調も回復しその男に感謝をしていたが、異変が訪れたのはその一週間後。
治療を受けた村人は日の光を嫌うようになり、口数も少なくなる。
しかしその症状が出る一週間の間に村人の六割は既に男の治療を受けた後。
二週間が経過したころには村の過半数は既に喋ることすらままならない状況だった。
そのころにはすでに男の姿はなく、村の惨状は回復の兆しすらない。
それがこの村の現状だと。
「大体予想がつくが、その男の特徴を教えてくれないか」
「特徴でしょうか。長い銀髪でそれは整った顔立ちをされておりました」
「他にはあるか?服装や装飾品なんか」
「服装は特に変わったものではなかったですね。普通の冒険者の方という印象でしたが。私はそこまで接することもなかったのですが、遊んでもらった
村の子供たちは獅子のお兄さんと呼んでおりました。なんでもライオンのネックレスをしていたとか」
やはりそうか。男の正体は吸血鬼で間違いないだろう。
そして、吸血鬼が村に残したものということは。
「この村で病を発症しなかった者と治療された者は見分けが付くか」
「それこそ、日中に集めれば発症していない者を集めることはできるかと思いますが。何か思い当たることがありますか」
「あんたに伝えるの少々酷な話になるが、治療されたという人々は既に人ではない。グールだ」
俺の言葉を聞いた店主は青ざめ、口元を抑える。嗚咽をもらし、瞳からは涙が流れる。
「やはり、妻はもう、人ではありませんか」
とぎれとぎれの言葉には絶望の色が濃く浮かぶ。
「この宿屋に居るのか」
「ええ、こちらに」
そういって案内された店主の自室には窓の外の月をぼんやり眺める女の姿がある。
微動だにしない彼女の肌は血の気がなく、青白い。
俺たちの接近にも何の反応も示さない。
瞳には光がなく焦点はでたらめだ。
これは、間違いないか。
「残念ながら彼女は…」
俺が言葉を濁すと店主は顔を伏せる。
「分っておりました。一日中この様子なのです。水も飲まず、食事もとらず。この三日間言葉の一つも発しません」
「彼女が治療を受けたのはいつだ」
「最初の者が治療を受けてから三日後のことです」
「あくまで俺の見立てだが、後一日もすれば彼女は完全に人ではなくなる。今はまだ、かろうじて人の部分が残っている状態だろう」
ってことは早い奴はもう完全にグールになっているということか。
「人であるうちに楽にしてやるのも優しさだ。つらい決断だが」
「いえ。私も妻もかつては冒険者でした。今でこそこうして穏やかに暮らして居りますが、命を捨てる覚悟はしていたつもりです」
「分った。俺がやろう。あんたにその役目は辛いだろう」




