トレントの森
ポートレイクでの情報収集も終わりいよいよ目的のホールイートへ向けての旅路になる。
一度ポートレイクのギルドに顔を出すと、俺の顔を見るなり受付の職員がこちらにすっ飛んできてやたらとめんどくさそうな
クエストの張り紙を差し出してきた。どうにも噂が独り歩きした結果、めんどくさい依頼のたどり着く場所という扱いになっているらしい。
実体は、簡単なクエストがいつの間にかめちゃくちゃしんどいクエストになっていることの方が多いが。
流石に相手もしていられないので、おれは早々にその場を立ち去り、メルトとマリナにギルドでの情報収集を任せた訳だが。
ちなみにギルドでも有益な情報は得られなかった。無駄足だったか。
ホールイートまでの道のりは二日ほど。
途中に村があるからそこで宿にするのがいいか。
「ポチー、お留守番ご苦労様。はい、これお土産」
馬車の中でマリナがポチに餌付けをしている。昨日買った魚の干物だ。
ポチが匂いを嗅ぎ、こちらに視線を送ってくる。
「これ、食えるの?」
そんな声が聞こえてきそうな顔だ。俺が頷いてやると、恐る恐るという感じで一口かぶりつく。そういえばこいつは山狼だからな。
海の魚には縁がなかったのか。
その後は意外と気に入ったのか、むしゃむしゃと食っている。
というかこいつは好き嫌いとかあるのか。ケルフェアの実は食いつきがよかったが、あれは見た目に目をつぶれば俺でも美味いしな。
「メルトはホールイートって行ったことあるか?」
「いえ、私はないですね。鉱山の採掘で比較的経済の豊かな街だと伺っていますが」
「そうだな。俺も十年近くは訪れていないが、鉄の加工技術が優れていて富裕層の道楽で変な技術開発が盛んに行われていたな」
「鉄の加工ですか。エルフには縁遠いものですね」
「だろうな。あそこの主要な民族はドワーフだしな。そういえば、エルフとドワーフって仲が悪いと聞いたが実際どうなんだ」
「仲が悪いと言うと語弊があるかもしれませんね。我々エルフは自然の力を信仰し、共生する。対して、ドワーフの方々は己の磨いた技術を
第一として生活する。信条の違いで衝突することはありますが、目を合わせたら喧嘩するというほどのものではないですよ」
「なるほどなぁ。信条の違いか。獅子王のこともあるし、根深い話だな」
獅子王の反乱も突き詰めていけば人類側の亜人排他という思想が引き起こした惨劇でもある。
一概に獅子王を否定することはできないが、もっとうまいやり方はあったのかも知れない。それは俺たちがそこまで追い詰められる状況ではなかった
からそう考えるのかもしれないが。
数時間馬車を走らせ、休憩がてら料理を行っているとマリナがベルを召喚しメルトと三人で戦闘訓練を行っている。
ベル本人にはほとんど戦闘能力は無いのが現状だ。精霊未満の状態のベルには属性という概念がない。そのため、純粋な魔力の塊を放つことくらいしか
できないらしい。しかし、この魔力の塊を魔法を打ち込んでやると火力が増す。しかも精霊の扱う魔法は周囲からの魔力供給によって成り立つため
打ち放題。メルトやマリナの少ない魔力でも威力を十分に増すことが可能になる。
これは案外収穫かもしれない。
魔力の量を同量と仮定すると、俺たちの素質では、炎、森、風、光という順番になる。俺の魔法は込める魔力を大きくし威力を高めているだけで元来の
威力はそこまで高いものではない。
逆にマリナの持つ炎の性質は数ある素質の中でもかなりの高威力に位置する。マリナの魔法の強化ができるというのは戦力的な視点から見てもかなり
有難い。
もう一つ面白い事実が判明した。
マリナが先日放った出鱈目な光の魔法。曰くかめ〇め波。周囲からの魔力供給が前提となる魔法だが、マリナのアプローチは精霊が魔法を使用する際の
プロセスと酷似している。
そして、ベルから見ればマリナの方法はロスも多く、今後の修行次第では通常の空間魔力でも十分な量の魔力が確保できるはずだと。
その話を聞いたマリナは「あたしも遂にサ〇ヤ人に…」など訳の分からん事をつぶやいていた。聞かなかったことにしよう。
メルトも遂にもう一つの武器の調整に移っている。
マリナに教えることができるほどの弓の腕前はもとより、本来得意とするのは刀を用いた剣術だ。
そして今腰に帯びている刀は「始雷」。これはかつてソウイチが使っていた一振りだ。メルトを助け出した際に、既に聖剣を手に入れていたソウイチから
譲り受けたもの。最近までは馬車の中で眠らせていたようだが、ようやく帯刀した。
今までこの刀を使わなかった理由は純粋にこの刀を使うまでの技量に達していなかったとのこと。
始雷はソウイチの度重なる魔法の使用により特殊な性質を帯びている。魔力を注ぎ込むことにより、刀身に雷を纏うことができるというもの。
自信の素質とは異なる魔法を扱うことになるためこの能力を使用するには相当の練度が要求されるわけだ。
この刀を抜くようになった理由は本人の口からは語られないだろうが、オーガに後れを取ったことも大きいのだろう。モンスターに敗れ、それでも尚
立ち向かっていく気概。それがあればメルトはさらに強くなる。
何より、モンスターに敗れながらも無事に戦線に復帰できることは冒険者にとっては最高の幸運だ。手加減など存在しない殺し合いの世界において
敗者には死が待つのみ。それを振り切ったんだ、過程はどうあれ結果は儲けものだ。
それぞれ戦力はアップしたという認識でいいんだろう。
俺は特に変わりないが。
ちなみにポチも魔法が使えるようになったらしい。
らしいというのは魔力は練って放出できるようになったらしいが、魔法としてどういう効果があるのかはいまいちはっきりしない。
基本的にモンスターの使う魔法は種族ごとに決まっているんだが、山狼などの低級のモンスターはせいぜい簡単な身体強化程度の魔法を使えるレベルだ。
身体強化はもとから使えるとして、わざわざ魔力を練り上げる必要はない。鑑定するにしても人間と同じ方法でいいのか?今度テイマー連中にでも聞いてみるか。
この件は保留だな。
そんなこんなで腹ごしらえも終わり、今日の後半戦だ。
といっても馬車に揺られていくだけなんだけどな。
御者は俺が務め、女子どもは馬車でお昼寝だ。ポチを枕に横になっている。気持ちよさそうにしやがって。
コトコトと子気味良い音を響かせながら、木漏れ日の中を進んでいく馬車。
ピクニック気分になるのも無理ないか。俺も寝れることなら寝たいくらいだ。
まあ寝るわけにもいかないしタバコでも吸っておくとしよう。
「あら、アートさんおひとりでお暇ですか?」
「うおっ、びっくりした。ベルか」
急に出てきやがった。危うくタバコを落としそうになる。
「ええ、マリナさんもお眠みたいなので私で良ければおしゃべりでもと」
「わざわざご苦労さんだな。というか勝手に実体化できるもんなのか」
いそいそと荷台からはい出し、俺の隣に座る。
「そうですね。今はかなり魔力を抑えた状態です。力なんかもほとんどないですし、省エネモードですね」
「なんだよ省エネって。またマリナの変な入れ知恵か」
「省エネっていうのは、お得なんだよ!と言っていました。私は魔力の効率が良い状態と解釈しましたが」
「省エネルギーってとこか。それで、何の精霊になるのか目星は付いたのか?」
「全くですね。私は世界のことを知らなすぎます。この前の街だって初めて見るもので溢れていました。知識では知っていてもこの目で見て、耳で聞いて、匂いを
嗅いで、触って、すべてのことが新鮮です。ですからもう少しこのまま、世界に触れていこうかと考えています」
「変わった精霊だな。その辺はお前が納得するまでやればいいさ。今更面倒を見る奴が一人や二人増えたところで大して変わらん」
「お優しいですね。アートさんは」
「褒めても何にも出ないぞ」
「本心ですよ。それはここにいるみんなが感じていると思います」
「そいつはどうも。まあ言われて悪い気はしないがな」
冒険者なんて命がいくつあっても足りない生き方だ。それでも俺にはこの生き方しかできない。
だからせめて同じ道を歩むこいつらはしっかり守ってやらないといけない。そんな気負いもある。
「ですがくれぐれもご自愛下さいね。アートさんが居なくなると悲しいですから」
俺の心を読んだかのような台詞だ。
「心を読んだ訳ではないですが、雰囲気と魔力の流れでなんとなく察することはできますね」
「なんだその特技。ちょっと気持ち悪いぞ」
「心外ですね。アートさんが分かりやすいのが原因ですよ」
言ってろ。
と、馬車の進行方向に周囲の気と比べて明らかに雰囲気の異なる木が一本生えている。
「なあ、あれって」
「トレントですね」
やっぱりか。できれば敵対することなくやり過ごしたいもんだが。
基本的には樹木だが、長年魔力を蓄えることによって疑似的に意識を持つに至ったモンスター。
地域によって様々な種類が存在する。
寒冷地なら針葉樹、温暖なところなら常緑樹、中には果樹園に生息するフルーツをたくさん備えたものも。
「残念ながら言葉は通じないですが、危害を加えなければ安全なはずですよ」
その言葉を信じ、その脇を通りすぎる。
基本的には温厚なモンスターなのだ。そう、危害を加えない限りは。
例えば、走る馬車がその根を踏んだり、荷台の屋根が葉を散らしたりしなければ。
やべぇ。無数の木の枝がこちらに迫ってくる。
「ちょっと揺れるぞ。捕まれええええええ」
鞭を鳴らし、馬車のスピードを上げる。
その後数体のトレントに追いかけられながらなんとか森を抜けた。
なんでこの森こんなにトレントいるんだよ。




