精霊-1
ことことと馬車が音を立て、進んでいく。
荷台に乗るのは俺とメルトとポチ。今日の御者はマリナだ。
基本的には手綱を握るだけでいいのだからそこまで難しいことはない。そのうち一人で馬に乗れればと便利だと考えたが、よくよく
考えるとポチに乗って移動する方が早いあたりあまり意味はなさそうだ。
結局店で買い込んだケルフェアの実を齧っていると、ポチがクンクンと匂いを嗅いでくる。
「お前も食うか。ほれ」
俺が差し出した実を少し思案した後にパクっと一口。
口の周りが紫になっている。ちょっと怖い。
「旨いか?」
「わふ!」
満足そうな顔をしているあたり美味かったんだろう。
「ポチさん、お口の周り拭きますからこちらに」
すかさずメルトがポチの口回りをタオルで拭う。さすがに素早い。
「ところで精霊の調査に向かうのでしたか」
「ああ、昨日ギルドで聞いてきた。どうにもここらにいる土着の奴ではないらしいんだよな」
「精霊でしたら多少は私の方で口利きはできるかと思いますが」
「やっぱりエルフはそういうのは得意なのか」
「自然の中で生きる種族ですから知識が蓄積されていくのです。生きるための知恵ですね」
「精霊って種類はたくさんいると思うが相性とかもあるのか?俺なんかは風の精霊の加護は頂いていたりするが」
「エルフ族という括りに関しては、森の精霊とは種族単位で加護を頂いていますね。あとは村や地域によって別の精霊に加護を
頂く方々もいらっしゃいます。私は森の精霊だけですが」
精霊の加護とはすごくシンプルに言うと魔法の才能の一種だ。
精霊との契約は精霊をその身に宿すことで新たな属性を扱えるようになる。これは個人の資質と精霊との相性もあるため誰でも会得
できるものではない。
逆に精霊の加護は誰でも授かることができる。まあ、本人が嫌がると無理なんだが。
加護の効果は対象の魔法の耐性の向上。そして、本人の資質によっては対象の魔法を使うこともできるようになる。
例えば、マリナは炎の素質があるが火の精霊辺りの加護をもらえば使えるようになるだろう。
炎と火の違いは何だといわれると難しいが、魔法使いの連中から言わせると違うらしい。
ちなみに素質と同じ精霊の加護を得ることで魔法の性能が向上する。俺の場合はこっちだな。
「そういえば精霊ってどれくらいの種類がいるものなんだ」
「厳密にどれくらいというのも難しいのですよ。精霊は謂わば付喪神のようなものですから。最近は剣の精霊なんていうのも
目撃されるようになったそうですよ」
「それは冒険者の通り名とかじゃないのか」
「最初はギルドでもそういう認識だったのですが、どうやらその道を極めた方の武器から分離する形で精霊化するようですよ」
「俺のところにも槍の精霊が来ないもんかね」
「アート様の腕前なら案外早く来るかもしれませんね」
「そいつは楽しみだな」
「ねぇー、おじさんアレー」
馬車の前からマリナの声が響く。荷台から顔を出し状況を確認すると、何やら森の様子がおかしい。
濃霧というか一部が真っ白な霧にに覆われている。しかも不思議に様子に拍車をかけるのは、その境界が妙にはっきりしている点。
丁度目に見える範囲で半径五百メルほどの球状になっている。
なんだあれ。正体はおおよそ予測はついているんだが。
「なんか肌がピリピリする感じだね」
「可視化されるほどに濃厚な魔力の塊というところか」
「そうですね。あの霧の中心に件の精霊がいると見て間違いないでしょう」
「あそこって近づいても問題ないの?」
「まあ、魔力が濃いだけで人体には影響ないはずだ。強いて言うなら魔法の威力がめちゃくちゃ上がるって感じか」
「魔法の威力が大きくなるねぇ。じゃあ、あれ試してみようっと」
なんだ、このマリナのニヤニヤした顔。嫌な予感しかしないぞ。
「何する気だ」
「えへへ、秘密ー」
「マリナさん危ないことはしないでくださいね」
「大丈夫だよ。たぶん」
うわぁ、信用できねえ。
アホな会話をしていると霧の境界までたどり着いた。早速向かうか。
といよいよ乗り込むかというときに、視界の端を何やらフヨフヨと漂っていくものがある。
「あれ?妖精さんだ」
「本当ですね。そこの貴方、あまりここに近寄るのはおすすめしませんよ」
メルトが声をかけても、反応はない。というよりも自分の周りが見えていないというのが正しいのか。まるで何かにとりつかれたように
霧の中心に向かって一直線に進んでいく。
「様子がおかしいな。とりあえず追いかけてみるか」
そこそこ早い速度で進んでいく妖精の後を追い、俺たちも霧の中に踏み入る。
境界を越えた瞬間、肌に感じる魔力の濃度がぐっと高まる。マリナはぴりぴりと言っていたが、今ではチクりと痛むほどだ。
「痛っ」
「我慢しろ、これくらいならすぐに慣れる」
「うん。我慢できないほどじゃないけど気持ち悪い感じだね」
とにかくここはすぐにおさらばしたいのが本音だ。妖精の後を追ってしばらく進むと霧の中心と思われる地点に到達した。
森の中だというのにこの空間には木が存在しない。空間ごとごっそりと刳り貫いたかのような奇妙な光景だ。
とりあえずその空間に向かおうとする妖精の襟首をつかんで止めてみても、前へ前へとただただ進もうとする。
「そんなにあっちにいきたいのかお前。絶対良いことないぞ」
もちろん俺の声も届かない。さて、どうしたもんか。
「ここに精霊がいるんだよな」
「ええ、確かに精霊の気配は感じます。しかし、どうにもこの空間そのものが精霊という感じがしますね」
「空間そのものか。厄介だな」
ちょっと実験してみるか。
「ウィンドブラスト!」
試しに魔法をぶっ放してみると、俺の放った魔法が周囲の空間と反応し、バチバチと何かがはじけているのは感じる。
「多少は反応があるみたいだが…」
「私もやってみましょうか。森の精霊よ我が声に応じその力を示せ。リーフスラッシュ!」
メルトの魔法は木の葉を大量に召喚し、鞭のように振るう。魔力によって形づくられた木の葉は刃物のような鋭さで獲物に襲い掛かる。
しかし、葉の刃も特に目立った効果は得られない。
「駄目ですね。この程度の威力では注意も引けないということでしょうか」
「純粋に相性の問題ってのもあるのかもしれんな。マリナ、お前も試しに炎の魔法使ってみてくれ」
「おっけい。ファイアボム!」
マリナの手から放たれた火炎の玉は空間の中心でボンと音を立てて爆発する。
その瞬間、爆発で魔力の吹き飛ばされた空間に魔力が流れ込む。お、こいつは今までの反応と違うな。
「ん?効いてるのかな」
「どうだろうな。そもそも敵対してるのかどうかもよくわからんが」
じゃあいきなり魔法ぶっ放すのはどうなんだという話なんだが、話もできないんじゃ仕方ない。せめて姿を現してくれないことには
どうしようもない。と、そんなことを考えていると、俺たちの反対側から別の妖精がフヨフヨと近づいてくる。
「あぶねえから近寄るんじゃっ」
俺が叫び終わる直前、妖精の周囲に霧が殺到し、その姿を飲み込んだ。
「何っ、今の!?」
「妖精を食ったのか」
「食べたというよりかは同化した感じでしょうか。おそらく周囲から妖精をここに呼び寄せ、取り込むことでここまで
膨大な魔力を蓄えたのだと思います」
「となると放置する訳にはいかないな。クソ、リックが言ってた妖精の行方不明はこいつが原因か」
そして先ほどの取り込んだ妖精の魔力がトリガーになったのか、ついに精霊がその姿を固定化する。
ゆらゆらと揺らめく菫色の炎のような体に大きな腕。魔力の塊だけあって、常に揺らいでいる。その体の中心には案の定というか例の
紫の玉が仕込まれている。
「あれが正体か。メルト、あいつは何の精霊か鑑定できるか」
「先ほどから何度か試していますが、取り込んだ妖精たちの数が多いせいか読み取れません」
「なるほど。まずはあの玉をぶっ壊してみるか」
身体強化を施すと同時に、疾風を展開し、一気に勝負を決めるべく、コアになっているであろう紫の玉を切りつける。
だが、刃には何の感触もない。
「ちっ、やっぱ物理じゃ効果ないか」
姿が固定化されているとはいえ奴は魔力の塊。実体が存在しない以上斬ろうが何をしようが物理的な攻撃は意味を成さない。
「おじさん。ここはあたしに任せてよ」
なぜか自身満々なマリナが一歩前に踏み出す。
「何する気だ。言っとくが弓も効果ないと思うぞ」
「ぬっふっふ。魔法なら効果あるんでしょ。まあ、見ててよ」
そう言って何やら奇妙な構えを取り始める。
精霊に向けて半身で立ち、両手の平を合わせるように、腰だめの姿勢。その両手の間に光の魔法で生み出した青い光が集中する。
「かーめー〇ーめー」
マリナが何かを叫びながら魔力を高めていく。そのまま、周囲の魔力をも吸収しながら、青い光は一層輝度を増していく。
「波ぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!」
気合とともに突き出された手の平からは、凝縮された光が精霊に向けて一直線に解き放たれた。
周囲の霧をかき分けながら、光の本流は精霊を飲み込み、紫の玉を一気に打ち砕く。
というかなんだ。このでたらめな威力の魔法は。いくら魔力の濃度が濃いからと言って限度があるだろう。
かめはめ波ですね。
基本的にはこの世界では本人ができると思えば案外何でもできます。
あくまで魔法の素質が合致すればですが。




