Wall of Religion
愛とは、恋とは、思想とはなんなのか。
それは空気のように、常に少女の傍にあった。呼吸と同じように題目を唱え、それは家族とともに心の支える柱の一つとなっていた。幼少の砌はそれでよかった。日々が充実していた。多くの同志とともに、崇高な使命の元成長していくのだと思っていた。思春期に差し掛かるころには多くのことを考えるようになった。自分とは異なる思想を持つ人々の存在、彼らの眼には自分たちはどう映るのか。社会に対して軋轢を感じていく中で心の支えになったのは幼い時分より身についた思想だった。そして志を同じくする仲間だった。そのことはさらに社会からの孤立を助長する。自分自身が安息する場所を求めると行き着く先は一つしかなかった。その中は心地が良かった。そして同じだけ辛かった。そんな宗教だった。
大学生になると少女の世界が急激に広がった。世の中には様々な思想の人がいて、各々心に時分だけの真実を抱いていた。幾何かの人たちは思想を抱いていなかった。自分自身が生きてきた道、それを信じて生きているように見えた。それを少女が最初にどう感じたのか、それはよく覚えていない。
少女たちはみな、お互いの思想に理解を示しつつも自分の道を逸れることはせず、互いを尊重して日々を暮らしていた。少女は勉学に励み、存分に運動し、多くの友人を得、恋をした。
思想の異なる男性だった。思想を、持っていなかった。青年の何が少女を引き付けたのかは定かではない。異なる思想を持ちながら、共通点を持っているところかもしれない。青年の真面目なところだったのかもしれない。優秀であったところかもしれない。君のすべてを受け入れると、そう言ってくれた言葉だったのかもしれない。
少女は恋をした。初恋だった。楽しかった。うれしかった。悲しかったし辛かった。でもやっぱり、楽しかった。一緒にいった場所、共有した記憶、優しい思い出、そのすべてが愛おしく、少女の心に強く、強く焼き付いた。少女の世界は輝いていた。その輝きが消えたのはある日突然、青年が放った一言によるものだった。
胸に刺さる、世界を壊すに足る一言だった。
君がその宗教をしていなかったら、結婚したかった。
裏切られた気がした。何故と、そう叫びたかった。こんなにも好きになってから何故、そんなことを言うのかと。あの日の言葉も、これまでの日々も、思い出も、何もかもが色を失っていくのを感じた。自分自身すら否定された気がした。
叫んでも、響かない。伸ばしてなお、届かない。大きな壁が目の前に横たわったのを実感した。
今更、自分の人生に大きく根を張る、生き方の根幹に触れる部分を変えられるわけがない。
愛か思想か選ばなければいけなかった。青年は自分の生き方を選んだ。少女の思想を否定した。
なら、少女は?
愛を選べば自身を否定することになる。思想を選べば愛する人との決別を意味する。苦悩の果てで少女は自らの生き方を選んだ。
幸せになりたかった。そのための思想、生き方、宗教だった。恋人だった。それらが恐ろしいほどの力をもって、少女を苦しめていた。
少女を苦しめたのは、青年か、宗教か。
答えの見えない暗闇の中、自らの思想を支えにまた、少女は歩き出した。
その先に光があるのか、それすらもわからない。僕には見えない。少女と同じ志を持つ者には見えるのだろうか。
僕は、わからない。宗教を持たない僕にはわからない。
彼女の心の隙間を埋めるために、僕に何ができるのだろうか。かつて彼女に立ちはだかった、宗教の壁が、目に見えない、しかし厳然と存在しているその壁が、今僕の前に現れている。
お読みいただきありがとうございました。
内容もよくわからないでしょうし、思い立ったままに一時間ほどで書き上げたので、つたない文章になっていると思います。その中で何か、心に残っていただける何かを拾い上げていただければ幸いです。