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異世界に落ちてきた男  作者: 岡本沙織
第1部 「異世界」
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第8回 「交渉」

 「帝国」という単語がこの国を示すらしく、正式な国号は長くて難しいので覚えていないが政府もメディアもほとんどの場合においてこの通称を用いているようである。リヒャルトは帝国の国防軍に所属する海軍大尉で、イースタシアの国境近くに配属された軍艦の副艦長をしているそうだ。

 彼は僕をイースタシアからの亡命を求める科学者だと推測していたらしい。ではなぜ人質たちと一緒に住まわせていたかというと、リヒャルトの最優先の任務は「上官の救出」であるため厄介な亡命者などは後回しにしていたようだ。僕の訪問について予期していたのも「亡命要請があるに違いない」と考えていたためで、まさか異世界人を名乗られるとは思ってもみなかったらしい。ただやはり科学者にしては若すぎること、イースタシアと使用言語が異なることから「宇宙人ではないか」との噂もあったそうだ。僕は高校に通う普通のティーンエイジャーだったこと、事故死の後に閻魔大王から異世界転生を告げられたことを懸命に伝えようと試み、リヒャルトは時々頷きながら黙ってじっと天井を仰いでいた。


 「話を聞く限りではあなたが異世界人であると考えるのがやはり論理的だろうと思う。そしてあなたを保護することが帝国にとって有益だと思うのだが、いかがかな。」


 彼がどこまで僕の話に耳を傾けていたのか甚だ疑問だったが、この身一つで異世界にやってきた僕には選ぶ余地などなく即答で承諾した。


 「わかった。でも僕は何をすればいいんだい。」


 リヒャルトは少し思案したような沈黙を挟んで静かに答えた。


 「すまないがそれは私にもわからない。まず夜が明けたら情報部に伝えるが、恐らくそこからは親衛隊の管轄になるはずだ。」


 とにかく海軍の管轄ではないことだけは理解できた。しかし知らない組織の知らない部署名を並べられても僕に得られる予備知識は皆無に等しく、いたずらに不安が煽られるだけである。もっともリヒャルトにしてみれば質問に正確に答えているだけだろうが。


 「その親衛隊とは一体何なんだ。」


 「親衛隊なら超自然を研究している部署があるはずだ。大丈夫、悪いようにはならない。」


 リヒャルトからなけなしの言質(げんち)を取れたところでいくらか気休めになったが、彼にとって僕の安全を保証するメリットは何もないはずだ。それよりもむしろ国益や彼自身の立身出世に僕に利用価値があるとすれば手段を選ぶとは思えない。


 「わかったよ。ありがとう。」


 (うつむ)いて返事をする僕を不憫に思ったのか、リヒャルトは僕に思いがけない申し出をした。


 「教授、あなたはオリガと仲が良かったね、もしよければ彼女を同行させよう。」


 オリガとは何週間も話していないが、知人が連れ添うならば異国での生活の不安も少しは紛れるはずだ。僕は「是非、そうしてくれ」と言うと、リヒャルトは「交渉成立だ」と握手を求めた。僕がそれに応えると彼は薄ら笑いのような気味の悪い笑顔を浮かべて言った。


 「情報部への通達まで日数がかかるだろう。その間にあなたの身上書を仕上げておきたい。悪いがオリガに読み書きを習っておいてくれたまえ。」


 彼が何か供述書のようなメモを書いていなかったのは少し不思議だったが、考えてみれば始めから担当外の面倒ごとを抱える気などないのかも知れない。さすがエリートとでも言うべきか、高校生の僕にでもこの人は処世術を心得ているな、と感じられた。

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